男装オメガと獣人アルファ~純白の聖女と漆黒の暗殺者は何色の花を咲かす~

のがみさんちのはろさん

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第78話「祝福」《最終回》

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 それから数ヶ月後。
 毎日のように降っていた雪も止み、暖かな日差しが顔を出すようになってきた。

 自分の家に戻ってきたアンジュは、いつものように家の周りの雪を掻き、両親の墓を綺麗にする。
 クルクスと相談して、フローガの方で準備が整ったらいつでも転移できるようにしておかなくちゃいけない。

「……お父さん、お母さん、おはよう」

 アンジュはニコッと微笑み、両親に挨拶を済ました。
 時折クルクスが様子を見に来て、狼族のことを話してくれる。

 学園から去り、里に戻ったフローガはすぐに暗殺業を辞めることを一族の人たちに告げた。突然のことに皆は驚いていたが、それを拒否する者はいなかったという。
 むしろ騒がれたのは、頭領であるフローガが一族以外の人間を娶ると言ったことだった。誰もが狼族の血が廃れることを懸念し、多くの者が反対をしていたが、フローガの強い思いにようやく全員が納得してくれるようになったそうだ。
 しかも相手は亡国の姫君。本人にその気がなくても、周囲はそういう目で見てしまう。
 いくら保護対象になったとはいえ、命を狙われる一族。そこに聖女が加わったら、余計に狙ってくる輩も増えるだろう。
 アルクス国の人間は全て皆殺しにされたと言われているが、万が一のことはある。
 だからアンジュはクルクスに頼んで聖女の魔力に気付かれないように以前付けていたような認識阻害の魔法を施したネックレスを今でも着用している。

 いずれ、聖女の力が特別なものでなくなればいいと思っている。
 誰もが当たり前に回復の力として使えるようになればいい。ごくありふれた魔法として、広まればいい。
 アルクス国はこの力を自国のものだけにしようと聖女を縛り付けていたが、そんなことはもうしない。アンジュはこれから、自分の子供が生まれたら自由に生きてもらいたいと願っている。
 その子が好きになった相手と結婚して、子供を産んで、その子にも自信が望んだ生き方を選んでほしい。聖女の力を継いだ子が生まれたら、それを特別扱いしないで育ててほしい。
 そうやって、聖女の力でなく普通の回復魔法として残していければいい。
 もうリーヴェのような思いを、誰にもさせたくない。アンジュは両親の墓の前で、そう強く願った。

「……私はもう、普通の女の子として生きたい。普通に、好きな人と当たり前の毎日を過ごしたい……おばあ様が、きっとそう望んでいたように……」

 アンジュは目を閉じて、祈るように手を合わせた。
 もう我慢なんてしたくない。望んだことを素直に伝えたい。後悔をしたくない。
 バレックを見て、リーヴェの想いを知って、強くそう思った。二人の後悔が、手を取り合うことが出来なかった哀しみが、あの悲劇を招いた。
 今、それを繰り返さないためにクルクスが頑張っている。フローガも共に歩ける未来を築いてくれている。
 待つことしか出来ない自分が情けなくて、時折寂しくて涙を流すこともあるが、信じて待っていてほしいと願う人がいる。
 学園に来たばかりの頃は先のことなんて何も見えなかった。だけど今は違う。信じていれば、手を差し伸べてくれる人がいることを知っている。
 誰よりも、何よりも愛おしい人が来てくれることを。

「アンジュ」

 その声に、アンジュは迷いなく振り返り、地面を蹴るように駆け出した。

「フローガさん!」
「すまない、遅くなった」
「いえ、待ってました……!」

 フローガはアンジュをギュッと抱きしめて、顔中にキスを降らせた。
 ずっと待ち望んでいた彼の温もりに、アンジュの瞳から涙が零れる。

「やっと準備が整った。里のみんなもお前を受け入れてくれるはずだ」
「はい!」
「早くイデアに会いたかっただろうに、遅くなって本当に悪かったな」
「……兄の容体は?」
「まだ正気は戻っていないが……でも最初の頃より顔色は良くなってきたように見える。あとは、お前が毎日一緒にいれば、すぐ元気になるだろ」
「よかった……」

 アンジュがホッと胸を撫で下ろすと、彼を転移魔法で送ってきたクルクスが離れた場所で手を振っているのに気付いた。

「やぁ、アンジュ。早速だけど、この家ごと転移させちゃうよ」
「え、そんなことまで出来るんですか?」
「荷物まとめる方が面倒でしょ? ちゃんと向こうにも空いてる土地確保したし、問題ないよ」
「ああ。俺の屋敷の敷地内だから心配しなくていい」

 さらっと屋敷という言葉が出たことに、彼が一族の長であることを思い出す。
 急なことで心の準備がまだ出来ていないが、ここでゆっくりのんびりしている理由もない。アンジュはフローガの腕に抱きつき、小さく頷いた。

「それじゃあ、行くよ!」

 クルクスの掛け声に合わせて、家全体に魔法陣が展開される。
 まばゆい光に包まれ、アンジュはぎゅっと目を瞑った。


――――
――


 狼族の里に着き、アンジュは森に囲まれた集落にまず驚く。
 それから流されるままに里の皆への挨拶を済ませ、数ヶ月ぶりにイデアと再会を果たす。

「お兄ちゃん、久し振りだね」

 フローガの屋敷の一室ですやすやと寝息を立てるイデアの手を握り、アンジュが声を掛ける。
 別れ際に見たときより、確かに顔色が良くなっている。今まで暗い地下にいたからか、自然の綺麗な空気がゆっくりと彼の心を癒してくれているのだろう。

「魔女が言ってた。目が覚めて、もしまた学園で勉強をしたいと言ったら、すぐ復学できるようにしてあるって」
「本当ですか? よかった……」
「お前はいいのか?」
「私は、元々勉強がしたくて学園に来たわけではないですし、基本的なことはクルクスさんが教えてくれましたから」
「そうか」
「それに、これからは……フローガさんの、奥さんですから」

 恥ずかしそうにそう言うアンジュに、フローガは嬉しそうに彼女の肩を抱き寄せて髪にキスをした。
 これからは、二人で新しい未来へと歩んでいく。
 多くの障害が待っているかもしれない。それでも、二人は繋いだ手を離さない。
 何があっても、絶対に。

「一生、大切にするよ、俺の花嫁」
「はい、私もです。大好きです、フローガさん」
「ああ……愛してるよ、アンジュ」

 二人はそっと口付けを交わし、愛を誓い合う。
 この運命に、感謝をしながら。



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