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第77話「一歩」
しおりを挟む翌朝。日が昇り始めた頃、クルクスがアンジュを迎えに来た。
誰もいない学園の校門前。アンジュとフローガ、そして彼の後ろでイデアを背負うザジがクルクスを出迎える。
あらかじめ、生徒たちが起き出す前に出発した方が良いだろうと、昨日のうちに話していた。昨日の出来事をクルクスが記憶操作してくれたのに、ここで変に騒がしくしたら意味がなくなってしまう。
「アンジュ、準備はいいかい?」
「はい。昨日のうちに友達にも挨拶しておきましたから」
「アンジュが話をしていた子だね。あの子にだけは事情を話して、記憶を消したり弄ったりしてはいないから安心しな」
「ありがとうございます」
アンジュはホッとして胸を撫で下ろした。
講堂でイディックと別れの挨拶を済ませた後にクルクスがその場にいた皆の記憶を操作したので、彼も自分のことを忘れてしまったかもしれないと思っていたが、クルクスの配慮のおかげでイディックとまた会おうという約束を果たすことが出来る。
「それじゃあ……まずはアンジュを家まで送るよ。そのあと狼のところに顔出すから待ってておくれよ」
「……ああ」
「クルクスさん、狼族のところに行かれるんですか?」
「うん。イデアのこともあるし、今後もお世話になる予定なんでね」
何のことか分からず首を傾げると、隣に立っていたフローガがポンとアンジュの肩に手を置いた。
「俺たち狼族を正式な保護対象として認めさせるんだとよ」
「保護対象?」
「ああ。然るべき機関でしっかりと保護の対象になれば、もう狼族の体を素材として使われることはなくなる」
「本当ですか!」
今まで希少な素体として狙われ続けていた狼族が救われる。そのことにアンジュは目を輝かせるが、フローガとクルクスは少し困った表情を浮かべていた。
「まぁ、あくまで表立っては動かなくなるってだけで、闇取引やら何やらはされちゃう。それは狼族に限った話じゃないんだけどね。この世界には狼族みたいに特殊な種族は沢山いるし、彼らみたいな力をみんなが持ってる訳じゃない。だから私は、そういう種族を今後は守る活動でもしていこうかなって」
「そうなんですね、素敵です」
「言うだけなら簡単さ。でも、実際は一介の魔法使いに出来ることなんて少ない。まぁでも、私なりの贖罪だと思って頑張ろうかねって」
そう言って笑うクルクスの表情は、憑き物が落ちたようにスッキリとしていた。
彼女自身、バレックとリーヴェのことで思うところがあったのだろう。親友の悩みに気付けず、悲しい結果になってしまった彼女に対して、今の自分が出来ること。それは、同じように悲しい思いをしている人を救うこと。
自己満足かもしれない。それでも、少しでも誰かの悲しみを軽くすることが出来たら、過去の自分を許せるようになるかもしれない。
「俺としてはお前みたいな胡散臭いやつに頼りたくはないんだけどな」
「あーら、イデアの生命維持の他にもお里の結界強化とか色々サポートしてあげるって言うのに、随分なこと言うじゃないの?」
「うるさい。それもこれもお前自身のためでもあるだろ」
「はいはい、そうですね。それじゃアンジュ、そろそろ」
「あ、はい」
アンジュはザジの背で眠るイデアの手をギュッと握り締めた。
「またあとでね、お兄ちゃん」
「兄君は責任もって我々がお世話します、ご安心を」
「ありがとうございます、ザジさん」
ザジは頭を下げ、一足先に里へと戻る。
いつものように一瞬で姿を消した彼を見送り、アンジュはフローガの方を向く。
「フローガさんも、また……」
「ああ。すぐ迎えに行く」
「はい、待ってますね」
軽い口付けを交わし、アンジュはクルクスの隣に立つ。
やっと帰れる。全てが終わった。ここから、新しい一歩を踏み出すことができる。
クルクスが魔法陣を展開し、転移魔法を発動させる。
光に包まれながら、アンジュとフローガは見つめ合い、微笑んだ。
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