男装女子の秘密な自警団日誌

あまみ

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 王都の西地区中央通りから、ひとつ離れた我が家。
 小さな扉は、昨日の昼に出かけたまんまでボクを迎えた。

 今日は本当に疲れた……眠いし、報告書は終わらないし、眠いし、ディグは自分の分担だけさっさと終わらせて先に帰るし、眠いし。
 いつもながらディグは無駄に要領が良いのがむかつくなあ、あの裏切り者め。
 ボクが徹夜で走り回ってくたくたで今すぐにも眠りそうな頭を振り絞って根性で仕上げた警護報告書を隊長の机に提出すると、時刻はすでにお昼近かった。
 朝ごはん食べそびれた……眠い。
 腕を動かすのも億劫なくらいぐったり重たい身体で、のろのろと玄関の鍵を開ける。

「ただいまー」

 同居人――というより、向こうが家主でボクが居候――は長期出張中で留守なのに、扉を開けながら呟くのはもう習性だ。
 あの人、そういうのにウルサイから。家事はてんでダメで、目玉焼きも作れないくせにさー。

 あくびをしながら内開きのドアを閉め、カチリと鍵を下ろす。
 ひとりの時はすぐに戸締りしろっていうのも、家主の言葉。
 王命を携えた調査団に随行するって言うのに、自分の準備もそこそこに留守番が守るべき七箇条とかを書き置いて廊下に大きく掲示して行った心配性だ。

 ひとつ、如何なる時も施錠怠るべからず。

「はいはい、やりましたよ」

 ボクは第一条の前を通り過ぎながら返事をしてあげる。
 早寝早起きしろとか、肉を食べろとかが続く七箇条だ。そう言えば肉を食べろは二回繰り返されてたから六箇条じゃないだろうか?  
 まあ、どっちにしろ、18歳にもなったボクをつかまえて、いつまでも子ども扱いしてさ。

 頭の中が眠い眠いで満杯になりそうだから、ふかふかのベッドはすごくすごーく魅力的なんだけど、仕事終わりにせめて汗を流そうと風呂場へ向かう。
 街を覆う甘ったるい魔気の匂いが髪にも肌にもへばりついているようで、鈍く頭が痛んだ。ボクはこの魔気にことさら弱い体質らしい。

 世界を黄昏色にうっすら覆う煙の効果のほどは知らないけれど、最近、夜警で喧嘩の仲裁が多いのは、この魔気が影響してんじゃないかと思ってる。みんな不安なんだろう。
 ほんと、早く解決してくれないかなあ。

「……一人暮らしも、飽きてきたし」

 言いつつも、どうせひとりだからと横着して、歩きながら団服を脱いでしまう。
 腕を抜いた上着を手に持って、アンダーシャツの袖と襟ボタンをふたつ外し、胸のサラシと腰のベルトを順に緩める。
 ほっと息をつく瞬間だ。


 だから――ちょっと油断していた。

 風呂場に続く脱衣所に入って、扉を閉める。
 うちの脱衣所は二人暮らし用の小さな家にしては珍しく、錠前がついてるんだけど、これは家主がこだわって取り付けたものだった。ボクはいらないって言ったのにさ。
 これまた家主に言われ続けた習慣で、扉を閉めた手が鍵を落とす。

 すると、後ろで音がした。

 風呂場の扉が開いて、漂う清々しい水と石鹸の匂い。


「おかえり、遅かったな」


 あんまりにも自然な声音だったから、つい時と場所と場合を忘れる。ついでに相手が誰かも。

「うん、ただいま。昨日は喧嘩が多くって――って、何してんだよディグ!」

 よう、とタオルを一枚腰に巻きつけて、我が物顔で風呂上がり姿を晒しているのは、先に帰ったはずの同僚だった。


 なんでー!?
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