人参のグラッセを一個

かかし

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俺には双子の弟が居る。
一応一卵性双生児の筈だが、所謂モブ顔な俺と違ってめちゃくちゃ美形な弟。
それも可愛い系。
肉親の欲目とかではなく、周りからも下手な女より可愛いと評判な弟。
運動神経も良くて、頭も良い陽キャ。
陰キャで成績はなんとか中の中を保ってて運動神経クソな俺とは大違い。
………とまあ、周りから言われる日々はあまり心地好いモノではないのだが、悲しいかなすっかり慣れてしまった。
もう俺の心は新しい傷が付く隙間もなくボロボロだ、なーんてね。

「ただいまー………」

小さな声でただいまを言い、母親に見つからないようにスルスルと二階の自室に向かう。
どうせ俺の飯は用意されてないから、取り敢えず機嫌を損ねないようにだけを最優先に。
足音を立てず慎重に、どうせ盗まれたり壊されたりしても構わない教科書類を置くだけだ。
誰にされるって?
今は元気に部活に勤しんでる弟にだよ。
世間体ばかりを気にしまくる親に高校だけは行かせてもらってるが、それ以外は俺に無関心で弟にお熱。
弟もそんなあからさまな親の態度に俺を見下していい存在だと思っているのかやりたい放題。
別にいいけど。

物音を立てないように鞄を部屋に起き、学生服を脱ぐ。
俺の部屋と言ってもぶっちゃげここ物置だし、俺自身の私物なんて学校関連のやつだけ。
他はぜーんぶ捨て置かれたやつをリサイクルという形でなんとか繋いでる状態。
ただ、この環境でも一つだけ有難いのは、センスのない俺と違ってめちゃくちゃハイセンスな弟の買って飽きた服をお下がりとして貰えることだ。
おかげで俺は何も気にすることなく私服を纏って出かけられる。
弟の着方盗み見て覚えれば良いだけだし。

そんなことを考えながら手早く着替えて、洗濯物をビニール袋に詰める。
後はさっきみたいにそっと部屋から出て階段を下り、玄関を出れば………自由だァ!!!
なーんてな。
ここから先が、俺は忙しいのだ。

スマホも与えられない、飯だって用意して貰えない。
そんな俺が生きていくにはどうしたらいいか。
働くしかない。
しかしながら未だ高校生、未成年という俺が働ける場所なんて限られてる。
コミュ障だし、若干吃りの傾向もあるし。
そんな俺が働ける場所なんて本当にあるのだろうかとすら思うのだが、なんというご都合主義。
あったのだ。
犯罪スレスレだけど。

「おつかれさまです。」
「あ!ちぃちゃん!いい所に!」

自宅から徒歩一時間。
まだお天道様もロクに落ちてないと言うのに、煌びやかなネオンがこれでもかと主張する歓楽街。
バーだの居酒屋だのキャバだのホストクラブだのが立ち並ぶその街に、ひっそりどころか堂々と聳え立つ特殊プレイや同性同士の利用OKなラブホ。
そこが俺の職場だ。
肩を寄せ合いながら入っていくカップルを尻目に関係者以外立ち入り禁止な裏口を小さく挨拶しながら潜れば、耳聡い社員に大声で呼ばれる。
あーあ、嫌な予感しかしない。

「………今度はなんっすか、渡邊さん。」
「数字が合わないの!助けて!」

オーナーに殺されちゃう!と叫ぶのは一応事務を任されているらしい正社員で、渡邊愛永さん。
マナト、と読むらしい。
ちなみに俺、こと、杉村千草にちぃちゃんなどという巫山戯たあだ名を付けたのはこの人だ。
そして一応俺の上司で、【飼い主】になる。

「また単純な計算ミスじゃないんっすか………てかいい加減Excel使いましょうよ………」

『初心者でも分かる表計算!』とかいうすごい分かりにくい本を片手に俺が必死に計算式を入れ込んだというのに、何故か渡邊さんは頑なに使いたがらない。
なんでも苦手だし信用できないらしい。
でも電卓使っての計算自体も苦手で間違いまくるんだから、その辺苦手意識克服して欲しい。
あと信用できないの意味がまるで分からない。
ぶっちゃげオーナーと俺は渡邊さんの計算能力そのものを信用してない。

でもじゃあなんでオーナーはこんな人間を事務なんて繊細な業種に就かせたかというと、顔が良すぎるからだ。
アホみたいな理由だと思ったろう?
でもな、この人ホントそこらの芸能人なんて目じゃない位に甘いマスクしてるし、体格も良い。
うちは無人じゃなくて有人受付でやってるから受付として置いてたらしいけど、所謂惚れられトラブルが続出。
とうとう出待ちだのストーカーだのが発生したらしく、(オーナーの胃痛的に)泣く泣く裏方に回したらしい。
多分、理由はもっと違う複雑なのがあるんだろうなとは思うけど、ぶっちゃげ興味はない。

「貸してください。打ち込み、な、直しますから。」
「ひぃぃん………ちぃちゃん優しい………お願いしますっ!
ついでに今日も帰りに俺の部屋を助けてください!」

ただ、この人が困っているのならば俺は【助けなければならない】。
だって恩人なんだ。この人は。
家にも学校にも居場所がなくてさ迷ってる俺を拾ってくれただけじゃなくて、こうして時折変なところで吃ってしまう俺に何も言わないでいてくれる。
職を紹介してくれた。
金曜日には必ず散らかりまくった自宅に呼んでくれて、居場所を与えてくれた。
俺の不器用な掃除を、不味くもなければ美味くもない料理を、嬉しい嬉しいと喜んでくれる。
それ以上の幸せがあるだろうか。

「ついでがデカすぎ。メインじゃないんっすか?」
「いやねぇ、ちぃちゃん。どっちもメインよ!」

ヘラヘラとしながら消し跡だらけで見にくい紙を渡してくる渡邊さんに、上辺だけのため息を吐く。
この幸せだけは、奪われたくなかった。
弟にも、誰にも。
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