ボクらがケモノをやめたなら

かかし

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手負いの獣みたいな男。
それが吉塚大地にとっての、高城レオンという男の第一印象であった。
カナダ人クォーターで、小学生の間は実際に海外で過ごしていたという帰国子女。
自前のの金髪と碧眼に通った鼻筋、185cmという恵まれた高い身長。
まるで漫画の世界から飛び出てきたようなその美しい男は、けれども時折何者を寄せつけないようなゾッと鋭い温度をしていた。

いつも同じ女子達を囲っているのも、獣みたいな印象を与えていた。
まるでプライドでメスを囲うライオンのようだと。
しかもてっきり日替わりに女を変えているのかと思えば、そうでもないらしい。
確かに時折新しい子が居る時もあるが、大半は三日と経たない内に高城から離れていた。

しかし吉塚にとっての高城の印象はそこまで。
陽キャである高城と、陰キャである吉塚。
自分とはまるで関わりのない世界の人間だと、ずっとそう思っていた。
吉塚の友人である康田誠也と、高城の友人である蒔田弘慈が愉快なことになるまでは。

気が付けば康田の世界と共に、何故か吉塚の世界もガラリと様変わりをしてしまっていたのだ。

甘ったる過ぎる二人の雰囲気に耐えきれなくなった吉塚を、高城が拾い上げたのがキッカケではあったのたが、そもそも何故高城は吉塚を救おうとしたのかが分からない。
ただ、高城に囲われている女子達は皆吉塚に優しくしてくれたし、高城も吉塚が喋らないでスマホばかり弄っていても何も言わない。
自分勝手な手負いの獣ばかりのプライドであったが、吉塚もまた手負いの獣みたいなモノだったので殊更居心地の好い空間だった。

―――これは、マズい

吉塚はぬるま湯に浸かるような心地で居ながらも、そんな危機感だけは常に胸に在った。
二年になったらクラス替えが入る。
高城はプライドを去った者達をけして追わなかったし、それがルールなのだろうと思った。
クラス替えでもしも別のクラスになったのならば自分は高城のプライドを去らねばいけないだろう。
そして自分が雄である以上、追わないどころか追い立てられてしまうのだろうと、吉塚は予想している。
この心地好いプライドを、取り上げられてしまう可能性。
それは恐怖以外の何者でもなかった。

「ヨッシー、かえろー。俺今日ひとりー。」

そんな吉塚の恐怖を知ってか知らずか、寂しい寂しいと駄々を捏ねる高城はぺっとりと吉塚の背中に張り付いた。
邪魔だと剥がしても戻ってくるので、鬱陶しくて最近では好きなようにさせている。
それにしても、最近放課後に高城が一人になる回数が増えている気がする………。

「また?高城なにしたの?」
「んー。俺にも俺の考えがあるのよ。」

しかし聞いてもいつもそう誤魔化されるので、吉塚はもはや深く考えないことにした。
これみよがしにデカい溜息を吐き背中に張り付いたままの高城を無理矢理剥がし、既にまとめ終わっていた鞄を手に取ってそれを高城に差し出した。

「なに?くれるの?」
「あげる訳ないじゃん。一緒に帰ってやるから、鞄くらい持って。」

早く、と言葉ではなく行動で示す。
そんな吉塚に高城は目を瞬かせて驚くも、すぐにニンマリと効果音が付きそうな笑みを浮かべて鞄を受け取った。
地味な眼鏡陰キャの吉塚と、見目の美しい陽キャの高城が肩を並べて歩く。
それはもはや珍しいモノではなく、他の生徒達も何も気にすることなくすれ違って行く。

「今日ヨッシーの家行っていい?」
「今日も、だろ?」

学園からの最寄り駅へ向かって歩きながら、今日の予定を話し合う。
とは言え、基本的にどこにも寄らずに吉塚の家でのんびりと過ごすことになるのだが。
どうやら高城は吉塚の家を気に入っているらしい。
共に帰るようになってからは、ずっと入り浸っている状態だ。

「お前、俺の家好きだよな。」
「ヨッシーの傍は好きだよ。」

あんな空間の何がいいのだろうかと吉塚は首を傾げる。
何度も来ている高城は、吉塚の家の歪さを知っているどころか身を以て経験している筈なのに。
そうは思うも、吉塚は高城の来訪が嫌な訳ではなかった。
寧ろ有難いとも思っている。

「変な奴」

それでも、素直でない口は可愛くない言葉を吐く。
その度に吉塚は表情に出さないだけで自己嫌悪に陥るのだ。
プライドに居る子達はあんなにも素直で可愛いのに、どうして自分は………と。
このままでは高城にも、あの子達にも、自分は相応しくない存在になってしまう。
否、もうなっているのかもしれない。
そんな思考がぐるぐると頭を回り―――

「そんな変な奴を傍に許してるヨッシーも変な奴だね。」

ニコニコと高城が言った言葉に、吉塚の思考は飛散する。
高城はいつも吉塚が素直ではない言葉を吐くと嬉しそうにする。
毛色が違う子を構いたいのか、ドMなのか。
出来れば前者の方がいいなと、これまた可愛げのないことを思いながら夕陽に伸びる影を見つめるように視線を逸らした。
顔の良い男の笑顔に、ついついときめいてしまいそうだ。

「ねぇ、それよりもヨッシー。もう嫌なことされてない?大丈夫?」
「お前電車に乗る度に言うよな。そもそもアイツ康田のストーカーなんだから俺に興味無いよ。」

改札を抜けると同時に言われた言葉に、吉塚は若干ウンザリしながら答えた。
言い方が悪いかもしれないが、高城はプライドに居るメンバーを守ろうとする習性のようなものがある。
例えば女子達が自分から他の男子に近寄ったり彼氏を作ったりすることは当たり前のように許すが、男子達の方が下心も持って近寄る事は許さない。
相手に女子達が好意を持っていなければ、尚更だ。
また、くだらない嫉妬で彼女達を害しようとする女子が近寄る事もけっして許さない。

その条件付けは、どうやら吉塚にも当て嵌るらしい。
話の流れでポロッと言った【康田のストーカーから睨まれていた】という事実に、高城は当事者である吉塚よりも焦り気を揉んでいた。
とは言えあれから康田のストーカーと吉塚が鉢合わせすることはなかったし、元々どこにでも居るような平凡な容姿をしている吉塚をわざわざ注目するような人間は居ない。
高城が一緒に居る時は、高城自身が目を光らせているし。

ふわりと欠伸をしながら、我が事ながら興味が無いという態度を崩さない吉塚に、高城はやきもきしながらもしっかりと辺りの気配におかしいところがないかも目を光らせた。
そんな高城を呆れたように見ながら、吉塚はじんわりと感じる嬉しさに自分の前髪を弄って誤魔化す。
気を抜いたら、ニンマリと唇を歪めてしまいそうだ。

「気にしすぎ。」
「あのね、ヨッシーが気にしなさすぎなの。」

吉塚の言葉に、今度は高城が呆れたように返した。
随分と、真剣な顔をして。
そこまで心配されると、なんだか軽く考えている自分が悪いように思えてしまう。
まあ吉塚自身、気弱な眼鏡少年に見えるので所謂不良タイプの人間からはのカモであるという自覚はある。

「まあ高城がそこまで言うなら、気を付ける。」
「そうして。本当は、俺が言わなくても気を付けて欲しいけど。」

不服そうに言う高城に、吉塚はそこはもうちゃんとすると言ったのだからいいじゃないかと不貞腐れてみせた。
そんな吉塚に本当に気を付けるつもりはあるのだろうかと高城は不満にも思ったが、これ以上言った所で更に不貞腐れてしまうだけだろうと言葉を飲み込む。
なんだかんだで、高城は吉塚に対して甘かった。
多分吉塚が感じている以上に、そして高城自身が自覚している以上に。
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