こう見えても実は俺、異世界で生まれたスーパーハイブリッドなんです。【序章編】【高校生編】

若松利怜

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高校生編

 第2話 アナザーフェイス(別の顔)

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 一人店を出た悠菜は、駅とは反対方向へアーケード街を速足で移動していた。

 既に空は琥珀色から藍色へ変化し始めている。

 暫く移動した所で急に足を止めた悠菜は、ジッと一点を見つめた。

 その視線の先はアーケード街から少し外れた路地。

 そこに数人の若い男達の姿があった。

 十代後半位の若い男二人と、彼らより少し年上に見える二十代の男が二人、学生服姿の女子高生二人を囲んでいる。

 そして更に年上の三十代の男が一人、少し離れた場所からその様子を見ていた。


「なあなあ~お前ら高校生だろ~? バイトしない? バイト!」

 十代後半位の男二人は、女子高生二人を挟む様にしてその両脇から声を掛けていた。


「あ……あの、私達、結構ですので……」

「バイトって言っても、凄い時給だからな⁉ キャバクラキャバでバイトするより儲かるんだぞ~?」

「登録はすぐ済むから一緒に来いよ! なっ?」

「い、いえ! いやです!」


 女子高生達は何とかその場を逃れたい様に見えたが、建物の壁を背にした女子高生二人の前には、更に他の二人の男がニヤニヤしながら立ちはだかっている。

 誰の目にも到底逃げられる状態では無いと見えたであろう。

 その様子から、先程愛美が話していた男たち数人に間違い無いと思えた。

 悠菜はその数名を確認すると、サッと店舗と店舗に挟まれた狭い通路へ入った。

 数秒後、その通路からスッと一人の少女が現れた。

 だが、その姿は悠菜の容姿とは程遠い、銀色の長い髪をした少女だった。

 しかもその姿を見た誰もが息を呑むだろう。

 短過ぎる短パンとタンクトップなのだ。

 学校のグランドであれば、陸上競技の選手に見えなくも無いが、ここはアーケード街である。

 明らかに場違いな姿だ。

 だが少女は躊躇う事も無く男達へ向かって走った。

 男達が女子高生に絡んでいるのを、通行人は気づかないのか、目を向けずに通り過ぎている。

 しかし、その銀色の少女はわき目も振らずに、真っ直ぐにその集団へ向かって、音も無く走った。

 流れる銀髪と銀色の瞳は、どちらも薄暗い中でも怪しく光っている。

 そして何の躊躇もなく、女子高生二人の前に立つ男二人とその女の子達との間に、スッと滑り込む様に割って入った。

 だが、その少女は男達に背を向けたまま女子高生を見つめている。


「うわっ! な、何だ、こいつ!」


 急に飛び込んで来た銀髪の少女に明らかに動揺して男が叫ぶと、次の瞬間、銀髪の少女は、女の子達を挟む様にして立つ左右の男二人を、銀色の瞳でチラッと見た。


「うをっ! いい足してんじゃん!」

「おおーっ! 中々良い格好だな!」


 男達は思い思いの事を言いながら、銀髪の少女を舐める様に見た。

 すると、銀髪の少女は何かを呟きながら、まるで綿埃わたぼこりでも掃うかの様に男二人を

 投げ飛ばしたのでは無く、その言葉通り掃った様に見えたと思うと、一拍遅れてヴァン、ヴァンと大きな風の音がした。

 もの凄い風圧と風音と共に、女子高生二人を挟む様に立っていた男二人が、瞬時に左右へ弾かれた様に飛ばされたのだ。

 その様子が余りにも現実離れした現象であり、銀髪の少女を見ていた近くの人々も、いや目の前の男達でさえ、それを理解するまで少し時間がかかった。

 そして、その一瞬をついて銀髪の少女は、目の前に寄り添う二人の女子高生にその顔を近づた。


「あなた達、動けるのなら今すぐここから離れて。動けないなら、その場で頭を抱えてしゃがんでいて」


 銀髪の少女はそう言うとクルッと振り返り、ゆっくりと背筋を伸ばして男達に向き直る。

 その後ろに立つ女子高生二人は、慌ててその場を離れようと手を取り合い、四、五歩離れたが、その足が縺れて二人はしゃがみ込んでしまった。

 だが、すぐに思い出した様に、二人はその場で頭を抱えて小さくなる。

 先程弾き飛ばされた二人は十メートル程向こうに倒れているが、そのまま動く気配は無かった。

 だが、仲間が弾き飛ばされたと言うのに、二十代の男二人の表情は明るい。


「な、何だっ⁉ 変なのが飛び込んで来たぞっ⁉」

「お、こいつ目も銀じゃんかっ! お前何人なにじんだ?」


 銀髪の少女の前に立つ男二人は、それぞれが嬉しそうに歓喜の声を上げている。

 たった今、両サイドの男が飛ばされたのを見ていた筈だが、その事実よりも目の前の銀髪と銀の瞳の少女に好機を感じたのだろう。

 だが、銀髪の少女は無表情のままジッと男達を見つめている。


「日本人じゃ無いのか?」

「キャンユースピークジャパニーズ?」


 そう言いながら女の子に手を伸ばそうとした。

 だが、後ろから男達を見ていた三十代の男は少し違っていた。


「おい、待て! こいつ、合気道あいきやってるぞっ⁉」


 男二人をかき分ける様に、銀髪の少女の前に出ながらそう言った。

 すると銀髪の少女は無表情でジッとその男を見つめながら、何やら祝詞のりとの様な言葉を唱え始めた。

 だが、目の前に居る男にはその内容が理解出来ない様だ。


「お? お前カラコンしてんのか?」


 前に出て来た男は、嬉しそうにニヤニヤしてそう言うと、少女の腕を掴もうとして空を切る。

 銀髪の少女がスッとその身をかわしたのだ。

 男が再度掴もうとしても、尚もすり抜けられ、何度も男の手が空を切る。

 その少女に触れる事も出来ないのだ。


「こ、こいつっ! おい、お前らっ! 捕まえとけっ!」

「は、はいっ!」

「はいっ! おいコラ動くなっ!」


 男二人が少女の両側に近寄って来た次の瞬間、少女の身体はポッと赤いもやの様な物に包まれた。

 その瞬間、腰の辺りまである長い銀髪と、銀色をした瞳が怪しく光った様に見えた。


「――アポシナルモロギステ」


 祝詞を呟いていた少女が最後にそう言い放った瞬間、彼女の肩に触れた両サイドの男達が、急に悲鳴を上げてその場にしゃがみ込んだ。


「ぐっ、ぎゃあああああああっ!」

「がっ、ぐぁあああああああっ!」


 聞いた事も無いその悲鳴に、頭を抱えてしゃがみ込んでいた女子高生が、恐る恐る顔を上げてそちらを見ると、少女の横で二人の男がその場でうずくまっている。

 そして、股間を押さえる様にしたまま頭から路面に倒れ込むと、苦痛に満ちた表情をしたまま動かなくなった。

 今まさに気を失った様だ。

 その二人の下半身は失禁した様に濡れていた。


「なっ! 何だ、どうしたお前らっ!」


 最年長に見えたその男は、動かなくなった男達を目の当たりにし、動揺しているのが露わになっていた。


「て、てめえっ、何をしたっ!」


 動揺を払拭するかの様に、キッと銀髪の少女を睨みつけながら近づく。

 普段はこうして彼が近づけば、相手は恐れ慄いているに違いない。

 だが、今回だけは違っていた。


「――アポシナルモロギステ」


 少女がそう言葉を発してスッと片手を上げたその時、ようやく彼女の肩に触れる事の出来たその男は、不自然に膝からガクンと崩れ落ち、そのまま顔から路面に倒れたのだ。


「うっ、ぐぎゃあああああっ!」


 酷い叫び声を上げながら、下腹部を押さえてうずくまると、すぐに男は動かなくなった。

 そして先程の二人の様に失禁したのだろう。

 じわーっと濡れ始めた。

 先の男二人同様、苦痛に顔を歪めた表情だった。

 その後、ゆっくりと銀髪の少女は振り返ると、しゃがみ込んでこちらを見ている女子高生二人を眺める。

 二人は驚愕した表情でその少女を見ていたが、ゆっくり立ち上がると二人は手を繋いだままその少女に近づいた。

 男達の悲鳴が聞こえたのか、通行人も足を止めて様子を見ていたが、誰も声を発する間も無かった。


「あ、ありがとう」


 絞りだした様にそう言う彼女たちの表情が、少しづつ安堵の表情に変わっていった。

 すると、銀髪の少女は小さく頷き、倒れた男達をぐるっと見回した後、ゆっくり空を見上げた。

 そして深くしゃがんだかと思うと、次の瞬間、駅の方へ斜めに空高く飛び跳ねた。

 その速さがあまりにも早過ぎて消えた様にも見えた。

 その後すぐに、銀髪の少女が跳び去ったその方向から、カツカツと足音を響かせながら、二人の警官が走って来る。

 恐らく駅前の交番から来たのであろう。

 この異様な光景を誰かが通報したと思われる。


「君たちっ! 大丈夫かいっ⁉ 何があった⁉」


 一人の警官が倒れている男達をチラッと見てから、手を繋いだままこちらを見ている女子高生たちに声をかける。

 もう一人の警官は、肩から掛かった無線機を手にして、何やら興奮して話していた。


「あ、はい、女の子に助けて貰いました」


 安堵の表情を浮かべて女子高生の一人がそう言うと、無線で連絡をしていた警官が驚いて聞き返す。


「え? 女の子だって? この人達は? これ、女の子がやったのかっ⁉ で、その子は何処へ⁉」

「あ、あっちへ行きましたけど――」


 女子高生たちが示す方向は空だった。


「えっ⁉ 上っ⁉」

「空を飛んだって言うのかっ⁉」

「い、いえ、向こうへジャンプしたんです! 駅の方へ」


 咄嗟に二人の警官は示された方向を見るが、こちらを興味本位で眺める人達しか見当たらない。

 既に辺りには、警官と女子高生二人、そして倒れた五人を囲む様に人だかりが出来ていた。


「どんな服装だった⁉ 歳は幾つくらい? 特徴とか教えてくれないか?」

「でもっ、でもこの人達が私達を襲って来たんです! 凄く怖くて困っていたら、突然女の子が来て――」


 一人の女子高生が話し終わるのを待たずに、もう一人の女の子が訴える様に警官へ詰め寄った。


「そうなんですっ! 女の子がたった一人で助けてくれたんですっ!」

「え? 女の子が一人で?」

「他にも見ていた人は沢山いたんですけど……他の人は誰も……」


 そこまで言った所で女子高生二人は、自分達を取り囲む人だかりを見廻した。


「そうなんだよ! こいつらがその子達にちょっかい出したんだよ!」

「俺も見てた!」

「銀色の髪をした女の子が、その子達を助けたんです!」


 取り囲んで見ていた人の誰かがそう言うと、それぞれに賛同する声が聞こえた。


「ま、まあ、もう少し詳しく話を聞かせてくれないか?」

「あ、はい……」


 そう言うと警官たちは、改めて倒れている男達を見回した。

 倒れている男達は完全に意識を失っているが、見る限りではこれと言った外傷は無い様に思えた。

 しかし、暗闇でも顔色だけは良く無い事は確認出来た。

 彼らの顔はどす黒くくすんでおり、死亡しているのかとも思えた。

 そして遂に野次馬の中には、倒れている男の近くにまで来て、携帯で写真を撮る者も現れ出した。


「あっ! ダメだっ! 離れてっ! 写真は撮ったら駄目だ!」


 一人の警官が野次馬を制止し、もう一人の警官は慌てて無線を使い救急要請をしていた。

 暫くすると、警察車両と救急車が何台も到着し、辺りは騒然となっていた。

 その後も警官たちは、運ばれて行く男達を横目で見ながらも、女子高生二人に何度も状況を聞き直していた。


    ♢  


「いらっしゃいませー!」


 定員の声につられて店の入り口を見ると、悠菜が入って来た所だった。


「お姉ちゃんだ!」

「あ、来た! 悠菜、何処行ってたんだよー?」


 俺が悠菜にそう聞くと、愛美たちも心配そうに彼女を見た。


「忘れ物」


 悠菜は無表情でそう言うと、テーブルに置かれたドリンクを一口飲んだ。


「あ……」

「なに?」

「いや……」


 悠菜が飲んだのは俺のアイスコーヒーだった。

(関節キスじゃん?)


「て、てかさ、忘れ物って学校へか? それにしては早くね?」

「途中で忘れ物をして無い事に気付いて戻ってきた」


 悠菜はそう言うと、いつもの表情で俺を見た。

 だが、優菜がそんな間抜けな行動をするとは思えない。

(俺だったら分かるが、こいつがそんな間抜けな事するか?)

 明らかに変なのだが、不思議と悠菜の行動には、必ず理由わけがあると俺は信じている。

 これこそが家族という信頼関係なのだろう。

 きっと愛美も悠菜を信頼している筈だ。


「ねね、ゴールデンウィークだけどさ、どっか行かない?」

「は、はあ?」


 急に愛美が言い出したが、きっと不穏な空気を察しての事だろう。

 急な話の展開には面食らうが、愛美はこういう空気を察するのが上手いと言うか、こういう状況が昔から苦手な様だった。


「まあいいけど? 何処へ行くんだ?」

「んーどこがいいかなぁ。ねね、佳苗は何処がいい?」

「え? あたしだったら? 水族館とか?」

「水族館かぁ~いいかも!」


 愛美と佳苗のそんなやり取りを見ながらも悠菜の視線に気づいた。


「ん? どした?」

「鈴木君」


 無表情でそう言われて、ハッと思い出す。

 そうだった、鈴木に誘われていたのだ。


「あ……思い出したっ!」

「な、何を?」


 突然声を上げた俺に、愛美が不思議そうな顔をする。


「なあ、愛美。俺、鈴木に誘われてたんだ。お前も連れて来いって」

「え? そうなの? 何処へ?」

「親戚の祭りに付き合ってくれってさ。人数は多い方が良いとか言ってたけど、泊りで行くらしい。しかも二泊」

「えー⁉ 泊りなの? まあ、あたしはお兄ちゃんとお姉ちゃんが一緒ならいいけど? ねえ、佳苗も一緒に行ける? 二泊だって」

「え? あたし? 二泊かー。お母さんに聞かないと分んないけど……」

「で、何処行くの?」

「あ、わかんねぇ……」

「はぁ~? 何それー」


 そう言えば場所は聞いてない。

 凄い田舎とは言っていたが。


「明日詳しい場所は聞いておくけど、凄い田舎だと思う。宿泊費と食費は必要ないとか言ってたな」

「んー、じゃあ、分かったら佳苗にメールするね?」

「ん、分かった」

「あ、杉本さんは交通費とか気にしなくていいからね? 鈴木に用意させるから」

「え? い、良いんですか?」

「いーのいーの、気にしなくて」

「はい、すみません、ありがとうございます。お母さんに聞いてみます」


 佳苗は苦笑いしながらも、しっかりと頭を下げた。

 うん、この子はいい子だ。


「あー、もう七時過ぎちゃうし帰ろうか。送って行くから」

「あ、はい。おねがいします」


 さっき話していた男達が、まだ近くに居るかも知れない。

 ここは男の俺がしっかりと送って行かなければなるまい。

 店を出るとすぐに、アーケード街を駅方向から反対方向までよく見渡したが、それらしき男達の姿は無かった。

 内心、俺はホッとしながらもすっかり日の落ちた街並みを、常に周囲に気を配りながら歩く。

 すると、歩き始めてすぐの事だった。


「うわっ!」


 周囲に気を配りながら歩いていた為か、急に手を握られて声が出てしまった。


「な、何よ! びっくりするじゃん」


 急に手を握られてビクッとしたが、愛美は普段から一緒に歩く時には、こうやって手を握って来る事が多い。


「びっくりしたのは俺だけどな……」

「ねえ、お兄ちゃん。あれ、警察?」

「え?」


 繋いだ手を軽くゆすりながら愛美が聞いてきた。

 見ると、警察車両が赤い光を発しながら、ゆっくりこちらへ走って来ている。


「ああ、パトカーかな?」

「あっちも! ちょっと多くない?」


 十字路の反対側からもパトカーが来ていて、丁度そのパトカーがすれ違う所が見えた。


「まあ、確かに……」

「こんなに居るんだったら、さっきみたいなの取り締まって欲しいよね~」


 愛美は、悠菜と並んで後ろを歩く佳苗に、俺と手を繋いだまま振り返って言った。

 まあ、パトカーでドライブしている訳ではないだろうが、こうして警察車両が走って居たり、商店街に警察官が立っているだけでも、犯罪は未然に防げるのかも知れない。


「あ、佳苗の家、こっちだから」


 そう言って俺の手を引っ張ると、そのまま路地を曲がって行く。

 この十字路をまっすぐ行けば俺達の家なのだが、今は佳苗を無事に自宅前まで送り届けるのが目的だ。


「ありがとうございます! 愛美、ホントにありがとう」

「いーの、いーの」


 しばらく歩くと、俺の手を握った愛美の手が止まれと命じた。

 住宅街でもあり、あちこちに色々な家が立ち並んでいるが、目の前にも一軒の家がある。

 ここか?


「じゃあ佳苗ー、また明日ね!」

「うん、愛美、ありがと! お兄さんとお姉さんも、ありがとうございました」

「いえいえ! じゃあまたね」


 佳苗は深々と頭を下げると、玄関を開けてこちらを振り返り、再度頭を下げた。

 その様子を手を振りながら、佳苗が家の中へ入るのを確認すると、俺達は来た道を引き返す。


「お兄ちゃん、お姉ちゃんありがと! 助かった~」

「はいはい。怖かったな、もう大丈夫だ」


 家の近くまで来ると、急に赤い光がチラチラ見えだした。


「あ、またパトカーだ」


 近くにパトカーが来ていたのだ。俺達の姿を見つけたからなのか、パトカーはその場で停まると、中から警官が一人降りて来た。


「君たちは、学校の帰りかい? 少しいいかな?」


 歳は若そうではあるが、警官の制服というのは、どうしてこう威圧感があるのだろう。


「はい? なんですか?」

「君たちは……高校生?」


 笑顔でその警官は尋ねてくるが、目が鋭く見えるのは暗闇の中、向こうに見えるパトカーの赤灯のせいだろうか。


「僕とこいつは高二で、こっちは妹で中三です」

「君たちは兄妹で、君は同級生か。申し訳ないけど、生徒手帳見せてくれないかな」


 俺と愛美を指差した後に、悠菜を見ながらそう言った。


「ちょっと待ってください」

「ああ、ごめんね」

「はい、どうぞ」


 俺から順番に生徒手帳を確認し始め、確認が済むとそれぞれに手帳を返してくれた。


「どうもありがとう、君もこの近くが家なんだね?」

「ええ、この子は裏に住んでる幼馴染です」

「じゃあ、二人共家が傍なの?」

「ええ。すぐそこですけど」


 そう言いながら家の方向を示すと、その方向を見ながら警官は微笑んだ。


「そうか、そうか。ごめんね、呼び止めて」

「何かあったんですか?」

「ああ、ちょっと聞いてもいいかな?」

「はい、何ですか?」

「長い銀色の髪をした女の子を見なかったかい?」

「銀色した髪の毛? 女の子?」

「白い短パンで白いランニングを着てるんだけどね」

「え? いいえ、見ませんでしたけど……」


 銀髪とは珍しい。

 見かけたら気付かない筈は無い。

 しかもジョギングでもしてた人かな?


「そうかい? ありがとう。気を付けて帰るんだよ?」


 そう言って、その警官はパトカーへ足早に引き返した。


「女の子で、銀髪って余り居ないよな」

「うん……お婆さんの見間違い?」

「お婆さんがジョギングするか?」

「あーそっかー」


 そう話しながら警官が乗り込んだパトカーが走り去るのを見送ったその後、暫く話しながら歩いた俺達は自宅前で立ち止まった。


「じゃあ悠菜、一人で大丈夫か?」


 予想通り悠菜は無表情で頷く。


「お兄ちゃん、今夜はお姉ちゃんを送ってあげたら?」

「やっぱ、そう思う?」


 愛美にそう言われて送ろうかとすると、スッと悠菜が手を上げた。


「もう一度ここへ来ることになるから、ここでいい」


 そう言って悠菜は歩き出した。

 俺が悠菜を送って家まで行けば、今度はあいつが俺をここまで送るという事か?

 それじゃキリが無いよな。


「まあ、大丈夫だろうけど……」


 俺は思わずその場で立ち尽くしてしまった。

 悠菜の家はここの真裏にあるのだが、玄関まではぐるっと敷地を回り込まなければいけない。


「まあ、お姉ちゃんなら大丈夫か!」


 後ろ姿を見送っていた愛美が、そう言うと俺に微笑みかけた。


「だろうな……」


 実は俺もそう思っている。

 普段から地味で目立たない悠菜に限って、何かある訳無い。

 何の根拠も無いが無意識にそう感じてしまっていた。


      ♢   

「ただいまー!」


 家の玄関を開けると、奥からドタドタと足音を鳴らしながら、慌てた様子で父さんが廊下を走って来る。


「愛美っ! 無事だったか!」

「お父さ~ん、お兄ちゃんと帰るってお母さんに言ってあったでしょ?」

「そうなんだけどね……」

「ちょっと大袈裟過ぎない?」


 ダイニングへ向かう愛美を追いかけながら、父さんは何かを弁解している。


「そ、そうだけどな。さっき駅のアーケードで事件があったとか、巡回してた警官が言ってたからさ」

「事件⁉ 何があったのっ⁉」


 ダイニングまで来ると、母さんと父さんの顔を交互に見ながら愛美が聞く。


「ついさっきね、近所の奥さんから聞いたんだけどね――」

「男が五人も重体らしい!」


 母さんの言葉に被せる様に父さんが言う。


「え? 事故か何か?」

「それがな、通り魔らしい」

「えーっ⁉ 通り魔⁉」

「でもな、被害者の女子高生は無事で、やられたのが加害者の男五人だったらしいぞ?」

「なに? どういう事? 女子高生に返り討ちにあって、通り魔が重体って事?」

「いや、そうじゃなくて……」

「もう~、お父さん、何言ってるんだか分かんないよ~」

「何かね、女子高生二人にしつこく絡んでいた男五人組が居たらしいんだけど、それを助けた人が居てね。絡んでいた男達が皆やっつけられちゃったらしいの。で、その助けてくれた人の行方が、その後分からないんですって」


 見兼ねて母さんが説明をした。


「ああ、助けてくれた人がそいつらを倒したって事ね? でも、助けた人は何処行ったのか分からないって訳?」

「うん、そうそう!」


 父さんがホッとした様に頷く。


「通り魔じゃないじゃん」

「でも、その男五人が意識不明の重体らしいの」

「あちゃ~、一体どんな人がやっつけたんだろうね。やっぱ、空手家とか?」

(男五人組……)


 やり取りを聞いていた俺は、何と無く薄々感じていた。

 もしかしたら、愛美たちに声をかけて来た奴らかも知れない。

 誰かの逆鱗に触れて、制裁を加えられたとも考えられる。

 むしろそうであって欲しい。

 だが、通り魔って何だよ。

 まるで制裁を加えた方が犯罪者みたいじゃないか。


「そう言えば、私も佳苗と駅へ向かう途中に、嫌な人たちに絡まれたんだよね~」

「な、何だとっ! 何も無かったのか⁉」


 落ち着きだした父さんが、また動揺して愛美に聞く。


「何も無いからこうしてるんだけど?」

「そ、そうか……」

「お店に入ったら諦めてどっか行ったみたい」

「うんうん! そう言う時は何処でもいいから、近くの家にでも飛び込むんだよっ⁉」

「わかってるよ~、あっ! あの人たちも五人位だった!」


 そう言って愛美が俺の方を見た。


「悠斗! 愛美を頼むよ⁉ 父さんずっと一緒には居てやれないから!」


 父さんが俺に哀願するように言う。


「俺だっていつも一緒とか無理だけどさ。でも、五人組ってそうかもな。助けられた女子高生って、愛美達の後に絡まれたのかも知れないし」

「あーそうかもね。時間的にも場所的にも、あの人たちって可能性高いかも」

「まあ、その五人もニュースにでもなれば確認出来るかもね」


 その五人組が単なる被害者ではなく、女子高生を襲った加害者で、その制裁を受けたとなれば公表されるかもしれない。


「あっ! そうだ、お母さん。ゴールデンウィーク何だけど、お兄ちゃん達と泊りでお出かけしてもいい?」

「えー? 何処へ行くの?」

「あーまだ分かんね」


 母さんが俺に聞くが、この俺も何処へ行くのかをまだ知らないのだ。


「えっ⁉ 愛美も泊りで出掛けるのか⁉ こんな事があったばかりなのに⁉」

「ちょっと、お父さんは大人しくしててね?」


 父さんは愛美に言い包められてシュンとしていた。


「あのさ、同級生の鈴木に祭り行こうって誘われてんだけど、凄い田舎としか聞いてないんだよね。ちょっと今、聞いてみるよ」


 そう言って携帯を取り出すと、鈴木にメールを入れ、その携帯をテーブルに置こうとしてビクッとした。

 携帯がメール着信を受信してブルッと震えたのだ。

 それを確認して見ると、鈴木からの早すぎる返信だった。


「は? 鈴木のお父さんの実家らしい」


 俺は携帯のチャットメールを見ながら答えた。


「鈴木君のお父さんのご実家は何処なの?」

「伊豆だってさ」

「伊豆かぁ、いいじゃない! でもどうして鈴木君のお父さんの実家へ誘われたの?」

「うーん。そこは俺にも分からん。頼むから祭りに付き合ってくれだってさ。ただ、人数は多い方が良いとか言ってたな」


 鈴木からのメールには細かな住所と、当日の集合時間などが書かれていた。


「多い方が良いんじゃ、俺も良いのかな?」

「え?」

「お父さんは駄目でしょ!」


 父さんが母さんに伺う様に聞いたが、母さんが訊き返した瞬間、すかさず愛美に突っ込まれた。


「まあ、鈴木の父さんの実家って事は、もしかしたら田舎の大屋敷って事なのかもな」


 勿論根拠など無いが、鈴木が付き合ってくれと頼んで来たんだ。

 俺達が行っても、狭くてどうしようもないとかは無いだろう。

 だがその時、同時に昼間に聞いた悠菜の言葉を思い出していた。

 鈴木が何かを企んでると、悠菜は言っていたのだ。

 だが、あの鈴木が俺に危害など加えるとは到底思っていない。

 むしろ、その企みが何なのかを、今はきっちり確認したいとも思っている。


「田舎のお家って広いでしょうね~」


 母さんがそう言うと、少し寂しげに父さんがしみじみと言う。


「俺はこの家が一番良いけどね」

「あら、あたしだってこのお家が一番よ?」


 そう母さんに宥められた父さんはニヤニヤとし始め、そのまま二人は見つめ合っている。


「はいはい。じゃあ、ゴールデンウィークはお兄ちゃん達と伊豆に二泊ね。あ、佳苗も誘ったからメールしてみる!」


 愛美はそう言うと、二階にある自分の部屋へ上がって行った。


「もう決定したのか⁉」

「悠菜ちゃんが一緒なら大丈夫よ」


 心配そうな父さんに母さんが涼しい顔でそう言った。


「あら、あの子、ご飯はいいのかしら?」

「どうだろ、ハンバーガー食ってたけどね。俺は少し食べるかな~」


 そう言いながらテレビのチャンネルを弄りながら、ダイニングの椅子に座りなおした。


「なあ悠斗、愛美大丈夫かなぁ」


 テレビを見ながら唐揚げを口へ運んでいると、不意に父さんが聞いて来た。


「え? 何が?」


 見ると、父さんの表情がかなり深刻そうで若干驚く。


「何がって、さっきみたいな事件だよ。危ないだろ? 何かあったら大変だろ?」

「そりゃそうだけどさ。心配し過ぎも良くないと思うよ?」

「お前は男だから、危険も愛美に比べたら少ないとは思う。だけど、愛美は女の子だからな?」

「まあ、それはわかるけど……」

「それに、お前には悠菜さんがいつも一緒に居るじゃないか」

「そうは言っても、悠菜あいつも女の子だよ?」

「そ、それは……そうだけど、でも、いつも二人で居るじゃないか? 愛美は一人で居る事も多いんだよ?」

「そりゃそうだね。まあ、暫くは帰りを一緒に帰る様にしてみるよ」

「うんうん、そうしてくれよ。そうすれば悠菜さんも一緒って事だし」


 悠菜も一緒だから安心って訳か。

 確かに俺よりもしっかりしてるけどさ。


「お母さんからも、出来たらそうして欲しいな」


 傍でやり取りを聞いていた母さんも、今回ばかりは父さんに賛同してきた。


「ああ、わかったよ。俺もその方が良いとは思うし」


 俺だって愛美に何かあったら、それこそどうにかなりそうだ。

 と、その時だった。

 突然ピンポーンと、来客を知らせるインターホンの音がリビングに鳴り響いた。


「あら? 誰かしら」


 そう言って母さんがインターホンに出ようとすると、父さんがそれを止めた。


「いいよ、俺が出る」


 そう言い、真剣な表情をした父さんが受話器を上げる。


「はい、どちら様でしょうか?」


 父さんは若干緊張した口調で、受話器の向こうの見えない相手に問いかける。


『影浦です~夜分にすみませ~ん』


 受話器から聞き覚えのある声がこぼれてきた。

 それは裏に住む悠菜の母親、沙織さんだったのだ。

 俺達の緊張感は一瞬で解けた。

 特に俺の心は躍り出した。

 最近どうも沙織さんの姿を見たり、あの声を聞いたりするとドキドキするんだよ。


「あ、沙織さん! すみません! 今開けますからっ!」


 急に明るい声になった父さんは、慌ててドタドタと玄関へ向かうと、追いかける様に母さんもその後を追う。

 影浦と言うのが沙織さんの苗字ではあるが、昔から沙織さんと俺達は呼んでいる。

 恐らく今日の出来事を悠菜から聞いて、心配して来てくれたのであろう。
 

「こんばんわ~さあ、どうぞ~」


 父さんと母さんがそう言って促すのが聞こえた。

 まあ、こういうのは慣れている。

 昔から沙織さんがこの家に居る事も多かったからだ。


「悠斗くん、こんばんわ~」


 ダイニングへ入って来た沙織さんは、俺に微笑みかけながら声をかけた。

 この笑顔にドキドキするんだよ。


「沙織さん、こんばんわ~」

「どう? 新しいクラスにはもう慣れたの~?」

「うん、鈴木も一緒だしね」

「そっか~」


 そう言いながら、沙織さんはダイニングチェアーに腰掛けた。


「何か観たいのある?」


 そう言ってテレビのリモコンを見せた。
 

「あ~それよりもね~今日の帰りの事~」

「あ、悠菜に聞いたの?」

「うんうん、愛美ちゃん達が怖い目にあったんですって~?」


 このおっとりした口調は昔からだ。


「ええ、そうらしいんです。でも、似た様な奴らが逆に襲われたとか、さっき聞いて」

「そうなの~? でも、愛美ちゃんに何事も無くて良かったわ~」

「ええ、ありがとうございます」

「でね、暫くは愛美ちゃんと一緒に帰ってきたり、何とかお願い出来ないかしら~?」

「え? あ、まあ、さっき父さんと母さんにもそんな事言われて、そうするつもりです」

「あら~それは良かったわ~」


 両手を合わせてそう言うと、満面の笑みになった。


「愛美の心配までしていただいて、本当にありがとうございます」


 母さんが沙織さんにそう言うと、父さんと母さんは揃って深々と頭を下げた。


「いえいえ、愛美ちゃんだって大切なご家族ですもの。当然ですよ~」


 自分の娘も心配ではあるだろうが、愛美に対してもそれ以上に気にかけてくれている。

 本当に優しくて、俺はこの人が大好きだ。

 その時だった。


「ちょっとこれ見てーっ!」


 突然、愛美が二階で声を上げ、タンタンと階段を駆け下りて来た。


「お兄ちゃんっ! ちょっと、これ見て! こいつらだよ、あたし達に声かけて来たのってっ! あ、沙織さん! こんばんわ~」


 慌てて駆け下りて来たのだが、ダイニングに居る沙織さんを見ると、急におっとりした挨拶を笑顔で彼女に投げかけた。


「あらあら~愛美ちゃん、こんばんわ~」


 愛美は沙織さんと話すと、どうしてもその口調が沙織さんと似てきてしまう。

 昔から一緒に居て、話す事も多かったからであろうか。


「ねね、これ見てっ!」


 そう言うと、自分の携帯を俺に差し出した。

 そこに映っているのは、路上に横たわる数名の男。

 どれも顔色はどす黒く、まるで死人の様でもあった。


「これは……」

「ハッキリと顔は覚えてないけど、この服の柄は覚えてる!」

「そうなのか? こいつらだったのか?」

「うんっ! 絶対にそう! 佳苗も間違いないって言ってる!」


 野次馬の誰かが写したであろうその男達は、その後、救急車に乗せられる所までを、写真や動画で色々な角度から写されていた。


「被害者の女子高生も映ってたけど、こうやって見ると何か怖いね。リアルすぎる!」

「ああ、何でも写してネットに載せちゃうんだな」


 情報としては凄い時代ではあるが、同時にある意味怖い時代だとも感じた。


「どれ? お父さんにも見せてご覧」


 父さんが携帯を見ている横から、母さんもそれを覗き込んだがすぐに目を背けた。


「やだっ! 死んじゃってるの?」

「いや、命に別状は無いって聞いたぞ?」


 両親が話す横で、愛美が沙織さんへ話しかけた。


「ねね、沙織さん。お姉ちゃんは? 大丈夫そう?」

「愛美ちゃんありがと~悠菜ユーナちゃんは大丈夫ですよ~」

「そうなの?」

「今はお風呂入ってくつろいでるの~」

「そうなんだ~やっぱお姉ちゃんは凄いな~」


 何だよ、その俺と比べるような口調は。


「愛美ちゃん、明日からは暫くお兄ちゃん達と帰って来てね~?」

「は~い」

「お父さんとお母さんと、そうお話してたの~」

「うん、お兄ちゃんよろしくね~」


 笑顔でそう言われては、俺も自然と笑みになる。


「ああ、分かった。駅で待ち合わせる感じか?」

「うん、そうだね!」


 まあ、そうすれば普段の通学にも支障は無い。

 駅から四、五分歩いた場所に愛美の中学校があるのだ。


「では、私は帰りますね~」

「え? もう?」


 愛美は寂しそうな表情で沙織さんの腕を掴んだ。

 うん、愛美、その手を離すな!


「こら、愛美? 無理言ったらいけないわよ」


 だが、母さんにそう言われてその手を緩めた。


「う……分かった」

「愛美ちゃん、また明日ね? では皆さんおやすみなさ~い」


 そう言って席を立つ沙織さんを、俺達は皆で玄関先まで一緒に出て来た。


「あなた、裏まで送って差し上げて」

「あ、ああ、分かった」


 母さんに言われて、父さんは沙織さんの後を追いかけていった。

 俺が送って行きたいんだけど……。

 それを寂しく見送った後、ダイニングへ戻って来ると、携帯にメッセージが入っているのに気付いた。

 相手はあの鈴木だった。

 夕方の事件の事を知らせて来ていたのだが、興奮した様子がメッセージの文面から感じ取れる。

(ふっ。今回は俺の方が早く知ったぞ)

 あいつのネット情報は早いのが取り柄だが、今回ばかりは俺の方が先に知った様だ。

 俺は何となく勝った気分になり、自然と笑みがこぼれた。


「ちょっと、お兄ちゃん何ニヤニヤしてるの?」


 急に愛美が覗き込む様に俺を見た。


「うわっ! 何でも無いよっ!」

「え~? 怪しいなぁ~」


 その様子を母さんは微笑みながら見ていた。
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