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エネミースレイヤーズ

2-8「おお、マックでござるな……関西だとマクデでござる」

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 ダンジョン名『ダンジョンハウス』は発見者である僕が名前を変えたいと思ったら変更されたようで、鑑定してもちゃんと『ダンジョンハウス』と出るようになっている。

「キッチンの水道から水とかお湯とか出るんだけれど……」

「対面式キッチンだから料理中もリビングが見渡せる、交流を大事にした作りなんだお」

 僕はカップラーメンくらいしか作れないけれどね。電子ケトルも持ち込んでいるから一切キッチンに触れないです。

「個室全部のお風呂とお手洗いもあるんだけれど……」

「各部屋にあれば順番待ちとか気にしないでもOKだお、こんなに良い物件はなかなか無いんだお」

 ちなみに、水回りを流した先はダンジョンなので、勝手に消えてくれるようになっている仕組みみたい。

「B10まで潜っているのにギルドスマホのアンテナが立っているんだけれど……これって深い階層からも連絡が取れるって事?」

「電波状況も良いなんてますます良い物件でござるな」

 実際はダンジョンの1F部分だから、ギルドスマホで連絡可能なだけなんだけれどね。

「なんだか頭が痛くなってきたわ……」

 先輩は『ギルドハウス』のデタラメな便利さに唖然としている。さすがにスキルとしてはやり過ぎで無理があったかな?

「でも、これをギルドに便利に利用されて僕等が自由に動けなくなるのは避けたいんだお」

「そうでござる、拙者達は今まで通り3人で効率よく楽しくダンジョンを探索したいでござる」

「…………」

 先輩は黙って考えているようだ……確かに僕等が高レベルのスレイヤーズに同行して、荷物持ち兼、休憩所の役割をこなせば世界のダンジョン探索は大いに進むだろうが、そのかわり僕の自由は無くなってしまうかもしれない。

「あたしは家を守るためなのはもちろん、世界のために……ギルドのために尽くしてきたけれど、その為に誰かを犠牲にするのは違うと思うわ……安心しなさい、この事は報告はしないわ」

「先輩!!」

「名前」

 くっ、ここもダンジョン扱いか……

「あ、アイシャ、ありがとうだお」

 先輩はやっぱり僕等の自由を守ってくれた……やばい、これは惚れてしまいそうだよ。よし、僕も先輩のために精一杯頑張ろう。

「せっかくの快適な拠点があるんだから、もしも明日の休みの予定が無ければこのまま日を跨いで探索してみる?」

「それは良い考えなんだお……ちょっと家に連絡するんだお」

 家族とのプライベート会話を聞かれるのは恥ずかしいという理由で自分の部屋へ向かった……ジョブがキモオタのままだと口調がおかしいままだからね。

 それから僕は家に電話すると母さんが出たので、この世に存在しない男友達の家に泊まりに行くと説明をした……ううっ、最近嘘をついてばかりで心が痛むよ。母さんは友達の両親に挨拶したいと言い出したけれど、慌てて一人暮らしの友達だと言い訳してごまかした……危ない危ない。

「お待たせしたんだお、これで心置きなくお泊まりできるお」

「今までは帰りの時間を気にして夕方くらいまでの探索だったけれど、今回はご飯時まで探索しましょう」

「そうでござるな、集中力が落ちないギリギリの所まで攻めても良いかもしれないでござる」

 僕等はリビングのテーブルでおやつタイムを取りながら、ダンジョン探索について作戦を練るのだった。


 休憩時間も終わり、僕等は再び『デミヒューマンハウス』のB10に転移した。相変わらず周りには人がいない……でも、今後は転移の時の人目を考えないといけないね。

「そこでこの前作ったテントでござるよ」

 早瀬さんは自分の【アイテムボックス】から70cm程の長さのボストンバッグを取り出した。どうやら【リファイン】で色々便利な機能を追加した物のようだ。

「ファスナーを開いてからこのボタンを押すと……」

 中から部品が迫り出してきて、あっという間にキャンプ場でよく見かける4人用くらいの大きいテントが出来上がった。いったいどういう仕組みなのか? そんな野暮なツッコミはファンタジーに厳禁だろう。

「1時間くらいすると見た目が変わらずとも、ダンジョンの構造と一体化するので、中に入ればエネミーに襲われなくなるでござるので、エネミーの目の前で出入りは控えて、入り口を閉めればセーフティーエリア以外でも使用は可能ですぞ」

「一体化しちゃったら元に戻せないの?」

「中の解除ボタンを押すとバッグの状態に戻るでござるが、再使用まで15~20時間ほど掛かるでござる……ボタンが緑色になれば使用可能でござる」

「……ねぇ、これはギルドに売る事は出来る? 時間を拘束されない程度で定期的に提供できればダンジョン探索が格段に進むわ」

「今までは深いダンジョンってどういう風に探索されていたんだお?」

 本来深い階層へのダンジョン探索は、最下層が発見され次第100人以上の大規模な探索隊を組んで複数の拠点を築き、補給もピストン輸送で運んで徐々に下層を目指していく方法を採っていたようだ。そして最下層のボスには最上位ランクのスレイヤーズ達が戦いダンジョンを踏破するらしい。そんな大規模なダンジョン攻略がある時は低ランクから高ランクまで要請が掛かり一気に攻略するようで拘束時間も長いようだ。

「これからは単体PTでのダンジョン攻略する時代が来るかもしれないわ」

 ちなみに、縦ロールのPTは何と執事との2人PTだが、執事は次元収納を持っている上に、一通りの支援魔法が使えるので補給も不要。そして縦ロールは代々継承されているユニークスキル【ナイツ オブ ザ ラウンド】という、全SPの8割を消費するが自身の半分レベルの強さを持つ光の騎士達を最大12体呼び出して戦わせる事が出来る強力なスキルらしい。

 自身のジョブ特性である指揮能力もかみ合っていて、自分よりも高レベルの迷宮も力押しで攻略した事があるようだ……それならあれだけ自信に満ちていたのも納得できるよ。この情報も縦ロールの家で代々継承されていた者だからこそ、ある程度オープンになっているようだ。

「補給の点では収納能力を持つ人には及ばないけれど、ダンジョン内で安全で快適に休息を取れるのなら、今まで以上にダンジョン攻略が進むはずよ」

 なんだか凄く大きな話になってきたな。ただ単に僕等が安全に快適にダンジョン探索できればと思っていただけなのだけれども。

「そうでござるな、必要な素材を提供してもらえて、拙者のペースで作るのならかまわないでござる……そして、これは拙者達の実績ともなるでござろうか?」

「金銭での報酬を選ばないで実績として考慮する事は出来ると思うけれど……もしかしてあたしの事を考えて言ってくれているの? そんな事は気にしないで、自分の事を考えればいいのよ」

「拙者達はアイシャ殿のような世界の為にとか、そういう目的は持ち合わせてはいないでござる。それでもアイシャ殿自身の為になるのなら力になりたいでござる」

「まだ出会って間もないけれど、せ、あ、アイシャの正義感や仲間を思いやる心とか尊敬できるお。僕もアイシャの力になりたいお」

「もう……急にそんな事言わないでよ……そんな風に言われたのあたし初めてだわ」

 先輩は感激してしまったのか、両手で鼻と口を覆っている。お祖父さんが引退した後は、先輩はずっと一人で頑張って来たのだもんね……仲間が出来て気が緩んじゃったのかも? なんだか心が温かくなってくるね……家族以外でこんな感覚は初めてかもしれない。

「と、とにかく、そういうことならあたしは巧くギルドに説明しておくわ……時間が勿体ないからそろそろ探索を再開しましょ」

「「了解だお」ですぞ」

 先輩は照れくささを誤魔化すように探索再開を促した。一致団結をした事だし、改めてダンジョン探索を開始しようか!!


 休憩を取って気力も十分な僕等の探索はスムーズに進んで行った。本来なら戻る事を考えないといけない時間になっても休まず進む。ここは敵のレベル=ダンジョンの深さなので、エネミーの強さは問題は無くなんとB25まで進む事が出来たのだった。ちょうどセーフティーエリアを発見できた所で早瀬さんが時間を確認している。

「そろそろ夕飯時でござるな」

「さすがにお腹がペッコペコだお……今日は『マクデービット』のハンバーガーを買ってあるお」

「おお、マックでござるな……関西だとマクデでござる」

「ダンジョンでファーストフードとか……ううん、考えるのは止めるって決めたんだったわ」

 周りには誰もいないけれども、予行演習として先程のとは別の予備で持ってきていたテント……通称『Dテント』を準備すると、中に入ってから『ダンジョンハウス』へ転移した。

「先にご飯を食べちゃうお、それでは【ピュリフィケーション】!!」

 皆に浄化魔法をかけると、テーブルに着いてもらい【アイテムボックス】からチーズダブルバーガー、ポテト、ドリンク(ゼロカロリーコーラ)の入った袋を渡していく。皆の好みは分からなかったから無難なラインナップだと思う。ちなみに明日の朝はサンドイッチとコーヒー牛乳を用意している。

 ダンジョンでの立ち回りから学校のスポーツテストの事まで色々な事を話しながら楽しい夕食の時間を過ごした。

「浄化魔法を使ったから服も体も綺麗なのだけれど、一応、お風呂に入れるようタオルとボディーソープを渡しておくお……愛用の物があるのなら次から持ち込んでほしいお」

「至れり尽くせりすぎるわよ……本当に今日初めて使った能力なのかしら? あー、何でも無いわ」

 ぎくり……先輩は色々不可解な部分もあるけれど、あえて不問にしてくれたようだ。とりあえず明日は7時出発に間に合うよう起きると言う事で、後は好きに過ごす事に決めた。

 ……のだったけれど、2時間くらいしたら二人とも僕の部屋にやって来た……しかもパジャマで。早瀬さん? もしかして先輩の分も準備していた? お風呂にも入っているようでボディーソープの良い香りがする……くんかくんか……はっ、いけないいけない!

 淡いブルーでひらひらの付いたパジャマを着た先輩の姿に僕はドキドキだよ。早瀬さんは色違いで薄いピンクのパジャマなのだけれど、僕のスーパーアイで腐女子では無い早瀬さんを想像してやっぱりドキドキしてきた。

 部屋で流していたアニソンについてベッドに腰掛けていた先輩は興味深そうに聞いてくると、同じく隣にいる早瀬さんは得意げに説明をする……僕は机のPCを見ている姿勢のまま、人生で初めて異性と同じ部屋で夜を過ごす事実にキョドりながらも表向きは冷静を装っていた。



 ちょっと、夜眠れなくなったらどうしてくれるのさ!!



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