戦国姫城主、誾千代の青春

万卜人

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第一章 姫城主

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「昔、炭焼きの親爺が、山に入って、焚き火で餅を焼いていたそうじゃ。いい塩梅に、餅が焼けてくる頃、奇妙な生き物が目の前に座った。形は人間だが、一つ目で、見るも恐ろしい姿をしておったそうじゃ。それが〝サトリの化け物〟だった……」
 馬に揺られながら、道雪は誾千代に昔話を語り始めた。
 道雪の脳裏に、恐ろしげな〝サトリの化け物〟の姿が思い浮かべられた。
 ぼろぼろの着物に、巨大な体躯、猿に似た姿形をしている。顔にはぎょろりと一つの目が爛々と光って、口には真っ白な牙が生えていた。
「親爺は化け物を見て思った。『こいつ、おらを取って食うつもりかな?』すると、向かい側に座った化け物が口を開いた。『親爺、お前、おらがお前を食らうつもりかと、思ったろう?』親爺は驚いた。『こ奴、おらの心を読むのかな?』化け物は、また口を開いた。『おらが、親爺の心を読むと、思っておるだな?』」
 道雪の語りに、誾千代の背中に、寒気が這い登った。道雪の語る〝サトリの化け物〟の話は、誾千代には極めて身近な真理が含まれていた。
「親爺は怖くなり『恐ろしい、恐ろしい……こんな奴は、相手にせぬのが安心だ』と思った。化け物は『おらを恐ろしがっておるな?』と言い当てて見せた。親爺はもう、化け物と顔を合わせているのも怖くなり、背を向けてしまった」
 道雪は言葉を切った。誾千代は、唾を飲み込み「それで、どうなったので御座います?」と、続きを促した。
「親爺は焚き火で餅を焼いていた。その焚き火に炙られて、一本の枝が爆ぜた。爆ぜた火の粉は、化け物の、たった一つの目に当たってしまった。化け物は『わあ、おらの一つ目が見えなくなった! 人間は、おらが思いもせぬ時に、火の粉を使って退治する。もう、こんなところには、居られぬ!』と泣きながら、山に帰ってしまったそうな……」
 道雪が語り終え、誾千代は俯いた。道雪の語る〝サトリの化け物〟の話は、誾千代には厳しく応えていた。
「何やら、不思議な話で御座いますが……誾千代様はなぜ、サトリなる言葉をお知りになったので御座いますか?」
 甚兵衛が、無遠慮な感想を述べた。
 誾千代は急いで、左右に、顔を振った。
「良いのじゃ。ちょっと小耳に挟んだのじゃ。気にするな!」
 誾千代は言外に「これ以上は聞くな!」という命令を含ませていた。誾千代の言葉に、甚兵衛はさっと背筋を伸ばし「失礼致しました」と、軽く頭を下げた。
 道雪は横目で、誾千代を見ている。誾千代は道雪には、正直に話すつもりだったから、目顔で頷いた。誾千代の反応に、道雪はゆっくり、頷き返した。
 誾千代の心は、激しく波立っていた。
 思えば、誾千代は、幼い頃には他人の記憶と自分の記憶を区別できず、しばしば奇矯な(と他人には思える)言動を繰り返してきた。
 城の家来の日常のあれこれを言い当て、気味悪がられた体験は、無数にあった。
 そのうち、周りの人々は、他人の心を読み取る能力がなく、自分のみに特異な能力があると気付くようになった。それ以来、誾千代は、自分に沈黙を強いるようになった。
 父親の道雪もまた、誾千代の力を早くから見抜き、軽々しく読み取った内容を口にしないよう、厳命してきた。道雪の語った〝サトリの化け物〟の昔話は、誾千代の運命でもあった。
 道雪が、今まで誾千代に、〝サトリの化け物〟の話を物語らなかった理由は、充分に身に沁みた。幼い頃に聞かされたら、誾千代は恐ろしさに震え上がったろう。
 佐田彦四郎は、誾千代以外にも人の心を読み取る力を持つ人物を知っているような口振りだった。
 自分と同じ能力を持つ人間は、どこにいるのだろう?
 道雪と、誾千代が黙りこくってしまって、甚兵衛は気まずいようだった。しきりと、誾千代と、道雪の横顔を、盗み見ている。
 甚兵衛の視線が道の先に向かい、救われたように声を上げた。
「御覧なされ! あそこに見えるのは、宗麟殿の丹生島城に御座いますぞ!」
 指先を向ける甚兵衛に、誾千代も顔を上げた。話題が変わって救われたのは、誾千代も同じだ。
 海に突き出た丹生島の全域が城となっている構造で、陸側からは大手門と、搦手門の二つが城を守る形になっている。周囲をぐるりと海に囲まれているので、攻め難く、守り易い。
 大手門の櫓には、見張りが常駐していて、接近する道雪たちの行列に気付き、動きがあった。
「誾千代。お主は牛車に入れ!」
 道雪が誾千代を振り向き、命令した。誾千代は急いで下馬すると、牛車を曳く足軽に、停車するよう身振りで伝えた。牛車が停まると、足軽たちが誾千代を牛車に乗せる手伝いをしようと、手を伸ばす。
「良い! 妾一人で、乗れる!」
 鋭い叱声で断ると、足軽たちは「へっ!」と恐縮して下がった。誾千代は身軽に、ひらりっ、と足を挙げ、牛車に飛び移った。
 再び牛車が、ごろごろと車輪の音を立て動き出した。
 誾千代は大慌てで身支度を整えた。狭い車内での着替えは、誾千代に無理な姿勢を強制するが、それでも何とか、大手門に近づく頃には変身が終わった。
 さあ、これで良しと誾千代は安堵したが、鏡を覗き込んで「あっ!」と小さく叫んでいた。
 髪の毛の、白髪はまだだった!
「染め粉、染め粉……!」と誾千代は呟き、白髪染めの染料を探した。相手は大友宗麟、白髪を残したまま、対面する見っともない振る舞いはできない!
 やっと白髪を染めて、どこからどう見ても、十四歳の娘として通る、と鏡を見て満足した。落ち着きを取り戻し、誾千代は牛車の御簾から、顔をそーっと突き出し、様子を窺った。
 牛車は停まっている。前方に大手門が立ちはだかり、道雪が馬の蹄をかつかつと鳴らし、近づいた。
「筑前立花城より、戸次道雪と、誾千代が参り申した! 御開門をば願いたいーっ!」
 息を大きく吸い込み、道雪が叫ぶと、巨大な大手門扉が、ぎいーっ、と大きく軋み音を上げ、開き始めた。
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