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第八章 サトリ
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彦四郎の意外な言葉に、誾千代は虚を突かれていた。彦四郎は滑らかな口調で言葉を続けた。
「お出でになられるその場所は、決して書き物などで残されませぬよう、お願いしたい。そのためには、拙者の心にある、道筋をお読みになられればよろしい。おわかりかな?」
誾千代は硬い表情をつくって、彦四郎の言葉に頷いた。彦四郎は両目を軽く閉じ、唇を「さあ! お読みになられよ!」と声を出さずに動かして、誾千代を促した。
誾千代も両目を閉じ、彦四郎の心に、自分の心の指先を触れさせた。
彦四郎の心を探り、誾千代は震えるような驚きを感じた。今までさんざん、彦四郎の本心を探ろうとしてきたが、その度に彦四郎の固い守りに跳ね返されてきた。だが、今の彦四郎は、誾千代に対しまったくと言っていいほど、無抵抗で、開けっぴろげに自身の心を開いている。
誾千代は彦四郎の心にある道筋の、記憶を受け取った。彦四郎は一心不乱に道筋に関する記憶を思い浮かべているらしくその他の記憶に関しては心の奥深くにあった。誾千代は彦四郎のそんな深い記憶を読み取る誘惑を感じたが、そこは必死に我慢した。彦四郎は誾千代に道筋を教示するという約束だった。その他の、彦四郎の個人的な記憶を探るのは躊躇われた。
誾千代は大きく息を吐き出し、両目を開いた。
「もう、良いぞ。お主の道筋の記憶は、完全に妾のものとなった。礼を申す」
誾千代の言葉に、彦四郎は緊張を解き、両目を一杯に見開いた。
誾千代が彦四郎の記憶する道筋を完全に記憶したことを確認して、彦四郎の顔に、満足そうな笑みが浮かんだ。誾千代の目には、なぜか「一仕事やり終えた」とでも言いたげな表情に見えた。
「拙者の役目はとりあえず、これまでで御座る。どうか誾千代姫には、お達者で……」
さっと立ち上がった彦四郎に、誾千代は慌てて声をかけた。
「待て、彦四郎! 役目は終わったと申すのか? それではもう、お主には会えぬとでも?」
「それは拙者にはわかり申さぬこと。いずれ、そのような時が来れば、宿命によって、姫様の御前に参上仕ります。それまでしばしのお別れで御座る!」
彦四郎の言葉が終わるやいなや、誾千代の胸に、ある衝動が猛然と湧き上がった。その衝動に突き飛ばされるように、誾千代は無意識に立ち上がると、彦四郎の背中に武者ぶりついていた。
「姫様っ?」
彦四郎の背中が、驚きで強張った。誾千代は彦四郎の背中に顔を押し当て、絞り出すような声を上げて訴えた。
「彦四郎っ! 妾をこのまま、連れ出して……。妾は、そちと一緒に……」
彦四郎はゆっくりと誾千代に向き直った。
誾千代の両肩を、彦四郎の手のひらが優しく押し包んだ。
誾千代は顔を上げ、彦四郎の顔を近々と見詰めていた。彦四郎の顔に、誾千代がそれまで見たことのない表情が浮かんでいた。彦四郎の浮かべた表情は、誾千代への憐憫であろうか?
彦四郎はゆっくりと顔を左右に動かした。
「姫様、そのようなこと、口にしてはいけませぬな。一時の気の迷いで、取り乱されたのでしょう」
誾千代の鼻の奥が、つーんと痛くなった。こみ上がる悲しみに、誾千代の両目に、ぶわっと涙が溢れた。
誾千代の胸に、氷のような冷たい驚愕が突き上げた。
なぜ泣くのか?
自分でもわからなかった。
誾千代は額を彦四郎の胸に押し当てた。彦四郎の胸は分厚く、誾千代の鼻に、微かに汗のにおいが届いた。
「姫様。あなたは立花城の城主で御座る。姫様を恃む沢山のご家来衆、それに領民をお忘れになってはなりませんぞ!」
彦四郎の言葉に、誾千代は身を震わせた。
「嫌じゃ、嫌じゃ! 妾はこのまま、彦四郎と別れとうは、ない! 彦四郎、そちは妾を……」
誾千代は彦四郎を見上げた。
彦四郎は唇をぐいっとひん曲げ、何かの衝動に必死に耐えているようだった。
誾千代は彦四郎の目を見詰め、訴えた。
「今ほどそちの心を読んだとき、お主は妾のことを愛しく想っておったはずじゃ! な、そうであろう?」
彦四郎はさっと手を挙げ、誾千代の口を押さえた。
「姫様! それ以上口にしてはいけませぬ!」
彦四郎は厳しい表情で誾千代を睨み据えた。彦四郎の態度に、誾千代は震えあがった。それほど、今の彦四郎の表情は厳しかった。
「拙者の想いは、拙者のもの。姫様がどれほど〝サトリ〟の力を持とうとも、勝手気儘に探ることは許されませぬぞ!」
彦四郎の怒りに、誾千代は悄然となった。
が、彦四郎の怒りの感情が、急激に熱情と変わった。
彦四郎の逞しい両腕が誾千代の身体に巻き付き、息も止まるほど抱きしめて来た。彦四郎の胸に押し付けられた誾千代は、恍惚となって目を閉じた。
唇に彦四郎の唇が押し当てられ、誾千代の歯を抉じ開け、彦四郎の舌が割り込んできた。
誾千代は無我夢中になり、彦四郎の愛撫に応えた。
しばらく二人の唇は重なったままだった。
ふわっと誾千代の身体が浮き上がり、彦四郎は軽々と抱き上げた誾千代の身体を布団に横たえた。
誾千代の着物は気が付かないうちに脱がされ、彦四郎の熱い身体が押し付けられてきた。
それからあとは、あっという間だった。
ことが終わって、誾千代は甘い痛みを感じていたが、不意に彦四郎の気配を感じ取れないことに気づいた。
彦四郎は姿を消していた。
「お出でになられるその場所は、決して書き物などで残されませぬよう、お願いしたい。そのためには、拙者の心にある、道筋をお読みになられればよろしい。おわかりかな?」
誾千代は硬い表情をつくって、彦四郎の言葉に頷いた。彦四郎は両目を軽く閉じ、唇を「さあ! お読みになられよ!」と声を出さずに動かして、誾千代を促した。
誾千代も両目を閉じ、彦四郎の心に、自分の心の指先を触れさせた。
彦四郎の心を探り、誾千代は震えるような驚きを感じた。今までさんざん、彦四郎の本心を探ろうとしてきたが、その度に彦四郎の固い守りに跳ね返されてきた。だが、今の彦四郎は、誾千代に対しまったくと言っていいほど、無抵抗で、開けっぴろげに自身の心を開いている。
誾千代は彦四郎の心にある道筋の、記憶を受け取った。彦四郎は一心不乱に道筋に関する記憶を思い浮かべているらしくその他の記憶に関しては心の奥深くにあった。誾千代は彦四郎のそんな深い記憶を読み取る誘惑を感じたが、そこは必死に我慢した。彦四郎は誾千代に道筋を教示するという約束だった。その他の、彦四郎の個人的な記憶を探るのは躊躇われた。
誾千代は大きく息を吐き出し、両目を開いた。
「もう、良いぞ。お主の道筋の記憶は、完全に妾のものとなった。礼を申す」
誾千代の言葉に、彦四郎は緊張を解き、両目を一杯に見開いた。
誾千代が彦四郎の記憶する道筋を完全に記憶したことを確認して、彦四郎の顔に、満足そうな笑みが浮かんだ。誾千代の目には、なぜか「一仕事やり終えた」とでも言いたげな表情に見えた。
「拙者の役目はとりあえず、これまでで御座る。どうか誾千代姫には、お達者で……」
さっと立ち上がった彦四郎に、誾千代は慌てて声をかけた。
「待て、彦四郎! 役目は終わったと申すのか? それではもう、お主には会えぬとでも?」
「それは拙者にはわかり申さぬこと。いずれ、そのような時が来れば、宿命によって、姫様の御前に参上仕ります。それまでしばしのお別れで御座る!」
彦四郎の言葉が終わるやいなや、誾千代の胸に、ある衝動が猛然と湧き上がった。その衝動に突き飛ばされるように、誾千代は無意識に立ち上がると、彦四郎の背中に武者ぶりついていた。
「姫様っ?」
彦四郎の背中が、驚きで強張った。誾千代は彦四郎の背中に顔を押し当て、絞り出すような声を上げて訴えた。
「彦四郎っ! 妾をこのまま、連れ出して……。妾は、そちと一緒に……」
彦四郎はゆっくりと誾千代に向き直った。
誾千代の両肩を、彦四郎の手のひらが優しく押し包んだ。
誾千代は顔を上げ、彦四郎の顔を近々と見詰めていた。彦四郎の顔に、誾千代がそれまで見たことのない表情が浮かんでいた。彦四郎の浮かべた表情は、誾千代への憐憫であろうか?
彦四郎はゆっくりと顔を左右に動かした。
「姫様、そのようなこと、口にしてはいけませぬな。一時の気の迷いで、取り乱されたのでしょう」
誾千代の鼻の奥が、つーんと痛くなった。こみ上がる悲しみに、誾千代の両目に、ぶわっと涙が溢れた。
誾千代の胸に、氷のような冷たい驚愕が突き上げた。
なぜ泣くのか?
自分でもわからなかった。
誾千代は額を彦四郎の胸に押し当てた。彦四郎の胸は分厚く、誾千代の鼻に、微かに汗のにおいが届いた。
「姫様。あなたは立花城の城主で御座る。姫様を恃む沢山のご家来衆、それに領民をお忘れになってはなりませんぞ!」
彦四郎の言葉に、誾千代は身を震わせた。
「嫌じゃ、嫌じゃ! 妾はこのまま、彦四郎と別れとうは、ない! 彦四郎、そちは妾を……」
誾千代は彦四郎を見上げた。
彦四郎は唇をぐいっとひん曲げ、何かの衝動に必死に耐えているようだった。
誾千代は彦四郎の目を見詰め、訴えた。
「今ほどそちの心を読んだとき、お主は妾のことを愛しく想っておったはずじゃ! な、そうであろう?」
彦四郎はさっと手を挙げ、誾千代の口を押さえた。
「姫様! それ以上口にしてはいけませぬ!」
彦四郎は厳しい表情で誾千代を睨み据えた。彦四郎の態度に、誾千代は震えあがった。それほど、今の彦四郎の表情は厳しかった。
「拙者の想いは、拙者のもの。姫様がどれほど〝サトリ〟の力を持とうとも、勝手気儘に探ることは許されませぬぞ!」
彦四郎の怒りに、誾千代は悄然となった。
が、彦四郎の怒りの感情が、急激に熱情と変わった。
彦四郎の逞しい両腕が誾千代の身体に巻き付き、息も止まるほど抱きしめて来た。彦四郎の胸に押し付けられた誾千代は、恍惚となって目を閉じた。
唇に彦四郎の唇が押し当てられ、誾千代の歯を抉じ開け、彦四郎の舌が割り込んできた。
誾千代は無我夢中になり、彦四郎の愛撫に応えた。
しばらく二人の唇は重なったままだった。
ふわっと誾千代の身体が浮き上がり、彦四郎は軽々と抱き上げた誾千代の身体を布団に横たえた。
誾千代の着物は気が付かないうちに脱がされ、彦四郎の熱い身体が押し付けられてきた。
それからあとは、あっという間だった。
ことが終わって、誾千代は甘い痛みを感じていたが、不意に彦四郎の気配を感じ取れないことに気づいた。
彦四郎は姿を消していた。
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