戦国姫城主、誾千代の青春

万卜人

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第八章  サトリ

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「誾千代様にはお変わりもなく、息災でお喜び申し上げます」
 彦四郎は大仰に体を折り曲げ、挨拶をした。くいっと顔を持ち上げ、大きな唇をひん曲げ、皮肉そうな笑みを浮かべる。
「そんな詰まらない挨拶をしに来たのであるまい! お主には、たんと聞きたいことがあるゆえ、さっさとこちらへお上がりなされ」
 誾千代は、彦四郎の、剽げた挨拶に取り合わず、つんけんとした態度で命令した。
「これはこれは……大変な剣幕で御座るな」
 彦四郎は呟きながら、それでも草履を脱ぐと、懐から取り出した手拭いで足の裏を拭い、軽々とした動作で、座敷に上がり込んだ。
 そのままどっかりと尻を落ち着かせ、まるで数日前からそこに居座っているかのように、誾千代を待ち受けた。
「さて、どのようなお尋ねで御座ろう」
 彦四郎に向き合った位置に座り込んだ誾千代は、眉をひそめ、囁き声になった。
「そのように大声で話して、大丈夫なのですか?」
 彦四郎はにやっと、笑って見せた。
「今晩は、誰も起きてまいりませぬ。それはこの彦四郎、請け合い申す」
 誾千代は微かに頷いた。
「なにやら、術を使ったのですね。この家にいる者たちの、意識が急激に眠りに落ちたので、妙だと思ったのです」
 彦四郎は誾千代の質問には答えず、ただ軽く頷いただけだった。
 誾千代は大きく息を吸い込み、彦四郎をまっすぐ見詰め、口を開いた。
「彦四郎! そなたが、妾に会わせると約束した〝サトリ〟は、筑前守殿であったのか?」
 彦四郎は「くすっ」と軽く笑った。
「違い申す。拙者が誾千代姫にお会わせ申し上げたい〝サトリ〟は、別におられます」
「では、なぜ……」
 非難の言葉をつづけようとする誾千代を、彦四郎は軽く右手を上げ、制した。
「誾千代姫は、筑前守に戦勝の祝いを申し上げる、という口実がなければ、上洛などでき申さぬ。拙者が誾千代姫にお会わせ申し上げたいお方は、この京洛の地を離れることができ申さぬゆえ、何としても誾千代姫がお動きできることが、肝心であったのです」
 誾千代は胸の中で、なぜそれを説明してくれなかったのか? と思った。その質問を予想していたのか、彦四郎は続けて口を開いた。
「筑前守が〝サトリ〟であるからです。事前に誾千代姫に、お相手の詳細をご説明してしまうと、筑前守に誾千代姫のお心を通じて、知られてしまいます。誾千代姫が知らないでいれば、危険を冒すのは、拙者の存在だけで御座います。今のところ、誾千代姫にお会わせ申し上げたいお方の存在は、絶対、筑前守に知られてはなりませぬ」
〝筑前守〟と口にするたび、彦四郎の心に、微かに憎しみの炎が燃え上がるようだった。
 そういえば……。
 父親の、道雪が、佐田彦四郎という忍者は、毛利に関係しているらしい、と漏らしていた。その毛利を、筑前守は攻め立て、遂に当主の切腹、という勝利を得ている。彦四郎が、筑前守に対し、憎しみの感情を持っているのも、やむを得ないのかもしれない。
「姫様に申し上げます。拙者がご紹介申し上げる〝サトリ〟のお方にお会いなさるその前に、喫煙は控えますよう、お願いいたす」
 彦四郎は、改まった物言いで誾千代に言い渡した。
 誾千代は素早く問い返した。
「その訳は?」
 彦四郎は微かに笑みを浮かべ、答えた。
「それは姫様が筑前守にお会いなされた経験から、お分かりで御座いましょう。煙草は姫様の〝サトリ〟の力を封じます。同時に他の〝サトリ〟も封じます。それでは姫様にお会いなされるお方の本意を、伝えることができませぬ」
 誾千代はきっと彦四郎を睨んだ。
「彦四郎! なぜ煙草が、妾の〝サトリ〟の力を封じることを知っておる?」
 彦四郎は微かに笑った。
「それは姫様だけの秘密では御座いませぬよ。姫様に紹介申し上げるお方は、すでに煙草の秘密を存じております」
 誾千代はふっと肩の力を抜いた。
「彦四郎、教えてほしい。そもそも妾が〝サトリ〟であると、どうして知ったのじゃ? さらに、妾に会わせると申す、もう一人の〝サトリ〟と、お主はどのような間柄か……」
 彦四郎に向かって喋り続けるうち、誾千代は次々と疑問が湧き上がってくるのを覚えた。
「なぜそちは、妾をここに呼び寄せた? 彦四郎、答えよ!」
 彦四郎は誾千代の詰問に対し、鷹揚に構えていた。微かに笑みを浮かべ、ゆっくりとかぶりを振った。
「姫様のお尋ねには、いずれ拙者がお引き合わせるお方が、すべてお答えなさるでありましょう。それまでのご辛抱で御座る。それよりまず、京でお訪ねになられる道筋をご説明いたす。姫様、まず拙者の心をお読みになられよ!」
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