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第八章 サトリ
一
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夕闇が、誾千代の部屋へ、そっと忍び入ろうとしていた。障子紙はまだ、夕焼けの最後の名残を受け、ほんのり赤みを帯びていたが、もはや明かりを灯さないと、手元が暗く、誾千代はそろそろ燈明皿に火を入れようか、迷っていた。
この時代、人々は暗くなれば寝所に潜り込み、朝方の光とともに起き出す。いや、朝の光を待たずとも、鶏の声を合図に、まだ暗いうちから活動を開始させる。
これは庶民も、武士も同じで、夜中に起きて活動する者は、修行僧の勤行など、特別な場合を除いて存在しなかった。
一同は多岐屋に戻って、休息をとり、筑前守との会見の余韻に浸っていた。
甚兵衛は筑前守の気さくな態度に、大いに感激をしたらしく、多岐屋に戻って主人に向かって、長々と話し込んでいた。
彌七郎といえば、相変わらず他人に対し、まるっきり無関心で、一人で何か考え込んでいた。誾千代は煙草の影響で〝サトリ〟の力を喪失していため、何を彌七郎が思っているのか、読むことはできなかったが、どうせまた、立花城に戻って、侍女のお寅との猥雑な夢想に浸っているのだろうと、この頃では、強いて彌七郎の心を読もうとは思わなくなっている。
どうしようかな……。
誾千代はぼんやりと、障子紙を見上げていた。
じわじわと煙草の影響が消えていき、周囲の人々の想念が、誾千代の心の中に押し寄せてくる。
眠るなら、今、もう一度煙草を喫い、〝サトリ〟の力を封印しなければならない。
多岐屋はさすが商売人の家らしく、暗くなっても、主人をはじめ、店の者の多くが、何やら目的を持って動き回っている。それでも夜が本格的に訪れると、皆、それぞれの寝所に戻り、眠りに落ち始めていた。
誾千代は燈明皿に、明かりを灯した。灯心が油を吸い込み、じりじりと小さな音を立てた。
誾千代の部屋の廊下に、ひたひたと忍びやかな足音が近づき、やがてぴたり、と静止した。
「姫様、まだ御寝なさりませぬのか?」
障子の向こうから、甚兵衛の囁きが聞こえてきた。
「今、眠るところです。甚兵衛もお先に、寝なさい」
誾千代は障子紙に向かって、声をかけた。
「はっ!」と、障子紙の向こうで、甚兵衛が畏まる気配がして、足音が遠ざかった。
甚兵衛の心を追いかけていくと、やがて寝に入ったらしく、もやもやとした想念が浮かび、すとんと深い眠りに落ちていくのがわかる。
誾千代は、周囲の人々の想念を探った。
みな、深い眠りに落ちている。
目覚めている人間は、一人もいなかった。
起きているのは、誾千代一人。
いや、もう一人、いた。
誾千代はすっと立ち上がり、からりと庭側の障子を引き開けた。
廊下に出ると、明かりの届かない、闇の中に向け、声をかける。
「そこにいるのは、判っています。出て来やれ」
微かな足音がして、闇の中から、人影がするりと前へ浮かび上がった。
痩身に、忍び装束を纏った男が一人。
佐田彦四郎だった。
この時代、人々は暗くなれば寝所に潜り込み、朝方の光とともに起き出す。いや、朝の光を待たずとも、鶏の声を合図に、まだ暗いうちから活動を開始させる。
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どうしようかな……。
誾千代はぼんやりと、障子紙を見上げていた。
じわじわと煙草の影響が消えていき、周囲の人々の想念が、誾千代の心の中に押し寄せてくる。
眠るなら、今、もう一度煙草を喫い、〝サトリ〟の力を封印しなければならない。
多岐屋はさすが商売人の家らしく、暗くなっても、主人をはじめ、店の者の多くが、何やら目的を持って動き回っている。それでも夜が本格的に訪れると、皆、それぞれの寝所に戻り、眠りに落ち始めていた。
誾千代は燈明皿に、明かりを灯した。灯心が油を吸い込み、じりじりと小さな音を立てた。
誾千代の部屋の廊下に、ひたひたと忍びやかな足音が近づき、やがてぴたり、と静止した。
「姫様、まだ御寝なさりませぬのか?」
障子の向こうから、甚兵衛の囁きが聞こえてきた。
「今、眠るところです。甚兵衛もお先に、寝なさい」
誾千代は障子紙に向かって、声をかけた。
「はっ!」と、障子紙の向こうで、甚兵衛が畏まる気配がして、足音が遠ざかった。
甚兵衛の心を追いかけていくと、やがて寝に入ったらしく、もやもやとした想念が浮かび、すとんと深い眠りに落ちていくのがわかる。
誾千代は、周囲の人々の想念を探った。
みな、深い眠りに落ちている。
目覚めている人間は、一人もいなかった。
起きているのは、誾千代一人。
いや、もう一人、いた。
誾千代はすっと立ち上がり、からりと庭側の障子を引き開けた。
廊下に出ると、明かりの届かない、闇の中に向け、声をかける。
「そこにいるのは、判っています。出て来やれ」
微かな足音がして、闇の中から、人影がするりと前へ浮かび上がった。
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佐田彦四郎だった。
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