電脳ロスト・ワールド

万卜人

文字の大きさ
74 / 77
掟破りの解決

しおりを挟む
 ぎしぎしぎし……。奇妙な軋み音に二郎はさっと周りを見渡した。
 何が起きている?
 音の正体を見て取り、二郎は驚きに身を強張らせる。
 シャドウの居城を構成する──いや、《パンドラ》プログラム本体だ──のブロックが、動き出しているのだ。大小無数のブロックが動き出し、壁から迫り出している。
 シャドウは二郎の驚きを楽しむように、邪悪な笑みを浮かべていた。
「どうだ! おれの《パンドラ》プログラムは、お前のバージョンに比べ、着実に進化している。この十年、おれは《パンドラ》の改造に取り組んできたんだ。この瞬間を待ち続けてな!」
 二郎はシャドウに対し、穏やかといっていい口調で話し掛けた。
「何を狙って改造したんだ? お前が《パンドラ》に加えた変更とは?」
 シャドウは吠えた。
「全ての〝世界〟を《ロスト・ワールド》に変更するプログラムだよ! 《蒸汽帝国》から《大中央駅》に繋がった〝門〟を通じて《ロスト・ワールド》のプログラムが書き換えを加えるんだ! さあ、始まるぞ」
 ひゅん、ひゅんと音を立て、空中に飛び出したブロックは、一斉に〝門〟を目指していく。〝門〟の先の暗黒にブロックは次々と飛び込み、消えていった。
 飛び込むとき、一瞬だが、暗黒の中に目映い光が閃く。光が閃くたび、二郎の体内に奇妙な衝動が貫く。
「どうだ、感じるだろう? おれの《パンドラ》プログラムが、全〝世界〟を乗っ取っているんだ。仮想現実は、おれのものだ!」
 シャドウは、うっとりと天井を見上げた。
「全〝世界〟の支配者、シャドウの誕生だ。おれは皇帝に即位してやる!」
 真っ赤な大口を開け、シャドウは高笑いを上げた。二郎は無言でシャドウを見詰めている。二郎の胸に、悔恨が酸性の毒のように育っていった。すべては無駄だった……。
 大小無数のブロックが次々と〝門〟に飛び込み、シャドウの居城は徐々に解体されていった。天井を構成していたブロックも続いて、隠されていた真っ赤な空が見えてくる。
 ひゅう……。
 風が吹き込み、シャドウの長い髪を弄んだ。
 目映い光に、二郎は目を細めた。
 光? 二郎は振り返った。見ると〝門〟が金色に発光している。二郎は目を瞠った。あの光も《パンドラ》プログラム改造の結果なのだろうか?
 いや、違う。いつの間にか、シャドウも〝門〟を見詰めているが、驚きの表情を浮かべているのを認めた。
 シャドウの目が、まん丸になった。
「なんだ、あれは?」
 いよいよ〝門〟の光は、強烈に輝いた。もう、まともに見ることも困難なほどだ。光には蒸汽軍も、真葛三兄弟も、もちろんタバサもゲルダも気付いていた。全員その場に立ち止まり、呆気に取られ光に顔を向けている。
 ゆらり……と、光の中に何かが動いている。人の形に見える。が、途方もなく大きい。ぐーっと人の形は、その場から立ち上がり、やがて光は弱まって、三面六臂の巨人が姿を表す。
 巨人はゆっくりと頭を動かし、二郎とシャドウに視線を向けた。シャドウは、ぱくぱくと口を動かしているだけで、声も立てられないほど驚いている。
「何だ、あれは?」
 やっと掠れ声が出た。二郎は答えていた。
「《裁定者》だよ。仮想現実の守り神だ」
 二郎が喋っている間に《裁定者》は一つ頷くと、ゆっくりと膝をついて、大きな顔を近々と寄せてくる。唇が開き、声が発せられた。
「お前たちが、この騒ぎの原因だな? ふむ、どちらも同じプレイヤーで、一人は〝ロスト〟した分身であるな。まったく迷惑至極なことではあるが、仮想現実の平和のためには余が乗り出すしかない」
 シャドウは反抗的な目付きで《裁定者》を見上げていた。
「何を偉そうに……。それじゃ、おれが〝ロスト〟したときはどうなんだ。あの時、どうしてお前は乗り出さなかった? おれ一人、どうなっても構わないというのか?」
 巨人は、ゆっくりと頷く。
「そうだ。個々人の不注意は、プレイヤー各々の責任として背負わなければならぬ重荷である。が、仮想現実の全領域に影響する今回のような場合は、余が乗り出すべきなのだ。さて、今回の騒ぎの原因は、そこの客家二郎および分身であるシャドウにある。余は、一大方便を使って、お前たちのお互いに対する憎しみを解決してやろう……」
《裁定者》の目が光り輝いた。光に貫かれ、二郎とシャドウは身動きができなくなった。《裁定者》の口が大きく開かれ、ある言葉が発せられた。
「色即是空、空即是色!」
 光は物理的な圧力を持って、その場にいた全員を打ちのめす。タバサも、ゲルダも、三兄弟も、更には蒸汽軍全員も、床にひれ伏し気が遠くなるのを感じていた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

妻への最後の手紙

中七七三
ライト文芸
生きることに疲れた夫が妻へ送った最後の手紙の話。

9時から5時まで悪役令嬢

西野和歌
恋愛
「お前は動くとロクな事をしない、だからお前は悪役令嬢なのだ」 婚約者である第二王子リカルド殿下にそう言われた私は決意した。 ならば私は願い通りに動くのをやめよう。 学園に登校した朝九時から下校の夕方五時まで 昼休憩の一時間を除いて私は椅子から動く事を一切禁止した。 さあ望むとおりにして差し上げました。あとは王子の自由です。 どうぞ自らがヒロインだと名乗る彼女たちと仲良くして下さい。 卒業パーティーもご自身でおっしゃった通りに、彼女たちから選ぶといいですよ? なのにどうして私を部屋から出そうとするんですか? 嫌です、私は初めて自分のためだけの自由の時間を手に入れたんです。 今まで通り、全てあなたの願い通りなのに何が不満なのか私は知りません。 冷めた伯爵令嬢と逆襲された王子の話。 ☆別サイトにも掲載しています。 ※感想より続編リクエストがありましたので、突貫工事並みですが、留学編を追加しました。 これにて完結です。沢山の皆さまに感謝致します。

はずれスキル念動力(ただしレベルMAX)で無双する~手をかざすだけです。詠唱とか必殺技とかいりません。念じるだけで倒せます~

さとう
ファンタジー
10歳になると、誰もがもらえるスキル。 キネーシス公爵家の長男、エルクがもらったスキルは『念動力』……ちょっとした物を引き寄せるだけの、はずれスキルだった。 弟のロシュオは『剣聖』、妹のサリッサは『魔聖』とレアなスキルをもらい、エルクの居場所は失われてしまう。そんなある日、後継者を決めるため、ロシュオと決闘をすることになったエルク。だが……その決闘は、エルクを除いた公爵家が仕組んだ『処刑』だった。 偶然の『事故』により、エルクは生死の境をさまよう。死にかけたエルクの魂が向かったのは『生と死の狭間』という不思議な空間で、そこにいた『神様』の気まぐれにより、エルクは自分を鍛えなおすことに。 二千年という長い時間、エルクは『念動力』を鍛えまくる。 現世に戻ったエルクは、十六歳になって目を覚ました。 はずれスキル『念動力』……ただしレベルMAXの力で無双する!!

復讐のための五つの方法

炭田おと
恋愛
 皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。  それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。  グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。  72話で完結です。

悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる

竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。 評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。 身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。

【完結】異世界で魔道具チートでのんびり商売生活

シマセイ
ファンタジー
大学生・誠也は工事現場の穴に落ちて異世界へ。 物体に魔力を付与できるチートスキルを見つけ、 能力を隠しつつ魔道具を作って商業ギルドで商売開始。 のんびりスローライフを目指す毎日が幕を開ける!

ガチャから始まる錬金ライフ

あに
ファンタジー
河地夜人は日雇い労働者だったが、スキルボールを手に入れた翌日にクビになってしまう。 手に入れたスキルボールは『ガチャ』そこから『鑑定』『錬金術』と手に入れて、今までダンジョンの宝箱しか出なかったポーションなどを冒険者御用達の『プライド』に売り、億万長者になっていく。 他にもS級冒険者と出会い、自らもS級に上り詰める。 どんどん仲間も増え、自らはダンジョンには行かず錬金術で飯を食う。 自身の本当のジョブが召喚士だったので、召喚した相棒のテンとまったり、時には冒険し成長していく。

【完結】仲の良かったはずの婚約者に一年無視され続け、婚約解消を決意しましたが

ゆらゆらぎ
恋愛
エルヴィラ・ランヴァルドは第二王子アランの幼い頃からの婚約者である。仲睦まじいと評判だったふたりは、今では社交界でも有名な冷えきった仲となっていた。 定例であるはずの茶会もなく、婚約者の義務であるはずのファーストダンスも踊らない そんな日々が一年と続いたエルヴィラは遂に解消を決意するが──

処理中です...