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想い出は永遠{とわ}に
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がんがんと杭打ちハンマーで頭を殴られるような痛みに、キャシーは呻き声を上げた。
「……つう……!」
ごろりと寝返りを打った。
「また、呑みすぎたのかい? まったく、お前はどうして、そんなに酒が好きなんだろうね」
穏やかな声音に、キャシーは「えっ?」と顔を上げる。
聞き覚えの有るその声。朦朧とした視界に、一人の痩身の老人の姿が映ってくる。
老人は窓辺に籐の椅子を出し、顔全体を覆うゴーグルをを掛けて何かファイルの調べ物をしているようだ。何やらぶつぶつ呟きながら指先を宙にさ迷わせ、老人だけに見える視界でメモリの世界へ遊んでいる。
キャシーが起き上がると、老人は顔を上げ、ゴーグルを外して微笑んだ。笑い皺に囲まれた、キャシーそっくりの灰緑色の瞳。
「お祖父ちゃん?」
ベッドに起き上がったキャシーはぽかんと口を開いた。
がん、と頭の奥を蹴飛ばされたような痛みに、キャシーは目を閉じた。
「ベッド・サイドに水を出しておいたから、呑みなさい。二日酔いには冷たい水が一番だ……。それと、酔い覚ましの薬も」
言われて、そちらを見ると、成る程、確かにサイド・テーブルに水差しと錠剤が置かれている。水を口に含み、錠剤を飲み込む。体内のアルコール分解生成物であるアセトアルデヒドがたちまち薬剤の効果で消えていくと頭の痛みもすっきりとする。
なんとか世間の荒波に立ち向かう気力が湧いて出た。
「お祖父ちゃん、どうして……ここは、どこなの?」
老人は奇妙な表情を浮かべた。
「どうした? 自分の家を忘れたのか?」
キャシーは、辺りを見回した。
天井の太い木の梁、やや黄色みがかった壁、その壁には無数の写真が飾られ、家具は古ぼけているが丁寧にワニスが塗られ、時代がかった艶が出ている。書棚にはきちんと整列した小さな箱が整列していた。箱には色々な字が表示されている。「スペース・パラノイア」「中央突破」「ライト・サイクル」「悪徳警官」。どれもこれも、数百年前のゲーム・ソフトだ。本物の、手でコントローラーを握ってやるコンピューター・ゲームである。祖父のフリント教授はこういったレトロ・ゲームのコレクターであった。
ここはキャシーの育った家である。少なくとも、そう見える。
呆然とキャシーは立ち上がり、床に降り立つ。
老人は面白そうな表情を浮かべた。
「どうしたね? まるでここがどこか、判らないようだったぞ」
キャシーは頭を振った。
違う! ここは自分の家なんかじゃない!
なぜなら自分の家は……。
きっとキャシーは老人を睨んだ。
「誰なの、あなた?」
老人はぽかんと口を開いた。
「おいおい、キャシー……わしの顔を見忘れたのかね?」
キャシーは叫び返した。
「忘れる訳、ないわ! 確かに、あなたはあたしのお祖父ちゃんそっくりよ。だけど、お祖父ちゃんは……」
不意に込み上げた嗚咽にキャシーは口を噤んだ。鋭い胸の痛みが、あの時の悲劇を思い起こさせる。
「お祖父ちゃんは死んだ! あたしの目の前で……」
「わしが、死んだ? 馬鹿なことを言うんじゃない。わしはこれ、この通り、ぴんぴんしているではないか」
背後の気配に、キャシーは振り返った。
どっしりとしたデザインの、灰色のプラスチックの肌をしたロボットが立っている。角ばった身体つき、両目はいかにもロボットらしく、ガラス製のレンズの奥が暗い赤色に光っている。
「フリント教授、お呼びですか?」
ロボットの声は硬質で、きしるような響きを持っている。フリント教授と呼びかけられた老人は頷いた。
「ああ、シルバー。そろそろ例の実験を始めようと思う。準備はできているかね?」
ロボットは重々しく頷いた。
「できております。わたくしの記憶移植も、すべて準備は整いました」
老人は立ち上がった。
「よし、それでは、お前のバージョン・アップを始めよう! 喜べ、シルバー。今日からお前は、人間と同じ感覚を持ち、生きるという意味を知ることになる!」
ロボットは再び頷く。
「楽しみです。わたくしはずっと、自分が人間と同じ感覚を持ちたいと思ってきました」
キャシーはゆっくりと首を振った。
「やめて……」
老人は眉を上げた。
「どうした、キャシー。顔色が真っ青だぞ」
「やめて、お祖父ちゃん、その実験はやめて! 恐ろしいことが起こる……」
老人の口許が笑いに広げられた。
「大丈夫だよ、キャシー。何も起きんよ。さ、行こうかシルバー」
ロボットと連れ立って部屋を出て行こうとする老人を止めようとするが、キャシーは自分の身体が凍り付いていることに気付いた。
一歩も動けない!
キャシーの視線は狂おしく、辺りを彷徨った。
何か違う……この場面は何かが足りない……。
はっ、とキャシーは顔を上げた。
ヘロヘロがいない!
あの二本足の、黄色い顔をしたロボットがここにはいない!
ヘロヘロはキャシーが生まれたときから一緒だった。あの時も、ヘロヘロはキャシーの側にいたのに……。
「ヘロヘロ! どこ?」
キャシーは叫んでいた。
「……つう……!」
ごろりと寝返りを打った。
「また、呑みすぎたのかい? まったく、お前はどうして、そんなに酒が好きなんだろうね」
穏やかな声音に、キャシーは「えっ?」と顔を上げる。
聞き覚えの有るその声。朦朧とした視界に、一人の痩身の老人の姿が映ってくる。
老人は窓辺に籐の椅子を出し、顔全体を覆うゴーグルをを掛けて何かファイルの調べ物をしているようだ。何やらぶつぶつ呟きながら指先を宙にさ迷わせ、老人だけに見える視界でメモリの世界へ遊んでいる。
キャシーが起き上がると、老人は顔を上げ、ゴーグルを外して微笑んだ。笑い皺に囲まれた、キャシーそっくりの灰緑色の瞳。
「お祖父ちゃん?」
ベッドに起き上がったキャシーはぽかんと口を開いた。
がん、と頭の奥を蹴飛ばされたような痛みに、キャシーは目を閉じた。
「ベッド・サイドに水を出しておいたから、呑みなさい。二日酔いには冷たい水が一番だ……。それと、酔い覚ましの薬も」
言われて、そちらを見ると、成る程、確かにサイド・テーブルに水差しと錠剤が置かれている。水を口に含み、錠剤を飲み込む。体内のアルコール分解生成物であるアセトアルデヒドがたちまち薬剤の効果で消えていくと頭の痛みもすっきりとする。
なんとか世間の荒波に立ち向かう気力が湧いて出た。
「お祖父ちゃん、どうして……ここは、どこなの?」
老人は奇妙な表情を浮かべた。
「どうした? 自分の家を忘れたのか?」
キャシーは、辺りを見回した。
天井の太い木の梁、やや黄色みがかった壁、その壁には無数の写真が飾られ、家具は古ぼけているが丁寧にワニスが塗られ、時代がかった艶が出ている。書棚にはきちんと整列した小さな箱が整列していた。箱には色々な字が表示されている。「スペース・パラノイア」「中央突破」「ライト・サイクル」「悪徳警官」。どれもこれも、数百年前のゲーム・ソフトだ。本物の、手でコントローラーを握ってやるコンピューター・ゲームである。祖父のフリント教授はこういったレトロ・ゲームのコレクターであった。
ここはキャシーの育った家である。少なくとも、そう見える。
呆然とキャシーは立ち上がり、床に降り立つ。
老人は面白そうな表情を浮かべた。
「どうしたね? まるでここがどこか、判らないようだったぞ」
キャシーは頭を振った。
違う! ここは自分の家なんかじゃない!
なぜなら自分の家は……。
きっとキャシーは老人を睨んだ。
「誰なの、あなた?」
老人はぽかんと口を開いた。
「おいおい、キャシー……わしの顔を見忘れたのかね?」
キャシーは叫び返した。
「忘れる訳、ないわ! 確かに、あなたはあたしのお祖父ちゃんそっくりよ。だけど、お祖父ちゃんは……」
不意に込み上げた嗚咽にキャシーは口を噤んだ。鋭い胸の痛みが、あの時の悲劇を思い起こさせる。
「お祖父ちゃんは死んだ! あたしの目の前で……」
「わしが、死んだ? 馬鹿なことを言うんじゃない。わしはこれ、この通り、ぴんぴんしているではないか」
背後の気配に、キャシーは振り返った。
どっしりとしたデザインの、灰色のプラスチックの肌をしたロボットが立っている。角ばった身体つき、両目はいかにもロボットらしく、ガラス製のレンズの奥が暗い赤色に光っている。
「フリント教授、お呼びですか?」
ロボットの声は硬質で、きしるような響きを持っている。フリント教授と呼びかけられた老人は頷いた。
「ああ、シルバー。そろそろ例の実験を始めようと思う。準備はできているかね?」
ロボットは重々しく頷いた。
「できております。わたくしの記憶移植も、すべて準備は整いました」
老人は立ち上がった。
「よし、それでは、お前のバージョン・アップを始めよう! 喜べ、シルバー。今日からお前は、人間と同じ感覚を持ち、生きるという意味を知ることになる!」
ロボットは再び頷く。
「楽しみです。わたくしはずっと、自分が人間と同じ感覚を持ちたいと思ってきました」
キャシーはゆっくりと首を振った。
「やめて……」
老人は眉を上げた。
「どうした、キャシー。顔色が真っ青だぞ」
「やめて、お祖父ちゃん、その実験はやめて! 恐ろしいことが起こる……」
老人の口許が笑いに広げられた。
「大丈夫だよ、キャシー。何も起きんよ。さ、行こうかシルバー」
ロボットと連れ立って部屋を出て行こうとする老人を止めようとするが、キャシーは自分の身体が凍り付いていることに気付いた。
一歩も動けない!
キャシーの視線は狂おしく、辺りを彷徨った。
何か違う……この場面は何かが足りない……。
はっ、とキャシーは顔を上げた。
ヘロヘロがいない!
あの二本足の、黄色い顔をしたロボットがここにはいない!
ヘロヘロはキャシーが生まれたときから一緒だった。あの時も、ヘロヘロはキャシーの側にいたのに……。
「ヘロヘロ! どこ?」
キャシーは叫んでいた。
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