宇宙狂時代~SF宝島~

万卜人

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宇宙に浮かぶ森

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 宇宙空間に浮かぶ宙森をモニターで確認して、シルバーはゆっくりと操縦席からラウンジへ移動した。備え付けのコーヒー・メーカーからカップに一杯、熱いのを注ぎ入れ、ソファに座ってコーヒーを啜る。
 かちゃりと、カップをテーブルに置く。
 味は判らない。このコーヒーは〝伝説の星〟地球から持ち出されたブルー・マウンテンの原種を栽培して伝えられた貴重なもので、シルバーの知る限りもっとも美味らしいが、一度も旨さを感じた記憶はなかった。
 ラウンジには様々な嗜好品が並んでいる。
 ワイン、紅茶、スコッチ、葉巻、その他ありとあらゆる伝手を使って集めた珍味の数々。贅沢な生活に慣れたセレブでも、目の玉が飛び出るような値段をつけられた品々でも、味音痴のシルバーにとっては、ただの見栄を張るための代物に過ぎなかった。
 糞! これが本物の人間なら、これらの品々を口にして至福の時を味わえるのだろうが、シルバーにとっては砂を噛むのと同じであった。シルバーの身体は、味覚については鈍感そのものであった。
 その他の感覚は鋭敏そのもので、反射神経は原型はおろか、ほとんどの〝種族〟のそれを凌駕する。その気になれば、視覚を調整して遠赤外線から超紫外線領域までカバーするし、顕微鏡にも望遠にも切り替わる。さらに聴覚は十万ヘルツの超音波まで聞き取ることができた。
 だが、それは、ロボットの身体でいたころも同じ感覚だった。違いは、それが本物の感覚かどうか、ということだ。
 シルバーはロボットの身体でいたころの感覚を思い出せなかった。ロボットでいたころの記憶は、茫漠とした霧の中にいたようで、あれが自分であったことなど、今では信じられない。
 もう一度、シルバーはカップを口許へ持っていった。ゆっくりと啜る。
 ラウンジのドアが開き、原型の少女が顔を出した。
 その姿を見てシルバーは「ぶっ!」と口に含んだコーヒーを吐き出した。
「なんだ、その格好は!」
「わあ! びっくりしたあ! いきなり怒鳴らないでよう……」
 ラウンジに入ってきた原型の少女は、髪の毛に大きな猫耳、身につけた服は、エプロンに、ふわっと膨らんだミニ・スカート、お尻からはぴょこぴょこと動く猫の尻尾、といういでたちだった。
 少女は、ぴょん、と跳ねるような動きでシルバーの前へ飛び出ると、両手を頬の近くに上げ「にゃんにゃん!」と猫の真似をする。
「どう、可愛いでしょ? 猫娘のメイドさんよ!」
「はーっ」と溜息をつき、シルバーは頭を抱えた。
 原型のほとんどは享楽的で、何も考えていない御気楽で極楽な性格の持ち主が多い。
 なぜこうなるかというと、あらゆる職業から締め出されているからである。人間が集まり、都市を作り生活するうえで様々な職業が生まれる。
 それらの職業には〝種族〟が確乎としたギルドを形作り、原型の人間の参入を拒んでいる。原型は超空間ジェネレーターの起動だけに必要なのであって、その他の仕事には就けない。
 その代わり、原型の人間には銀河系で遊民としての位置が与えられている。何もしなくても、最低限の生活は保障されているのだ。そのため、原型の人々は毎日をのんべんだらりと遊んで暮らすか、あるいは酒に溺れるか、またこの少女のように頓珍漢な行動をとって人を驚かせるかである。
 たまに──ほとんど例外に近いのだが──フリント教授のように学究の生活を始める者もいたが、数は少ない。
 シルバーは考える。この原型の特色こそが〝種族〟には存在しない感覚の証拠なのではないか。〝種族〟のような特殊な能力を持たないがゆえに、かれら原型は他の〝種族〟と違って、楽しみに貪婪なのだ。
 だからこそ、シルバーは原型の人間に生まれ変わりたいのだ。原型の連中の感覚を味わえたら、今の退屈極まる不死身の身体など、誰かにくれてやる!
 目の前の少女は小腰を屈め、シルバーの顔を覗きこんだ。
「ねえ、シルバーさん。何そんな難しい顔してるのよう? あたし、早くあの宇宙ステーションへ行きたいな……。船が一杯、あるから、着いたら早速、船長さんたちに声を掛けて、乗せてくれるかどうか、試してみるつもり」
 シルバーは顔を上げた。
「どこへ行くつもりなんだね?」
「洛陽よ! あたし、一遍、首都に行って見たいなあ、と思ってたの」
「ふむ。首都行きの船があればいいがね」
 原型の人間は、こうして行き当たりばったりに宇宙を旅していく。この原型の少女も、シルバーが様々な惑星を襲撃する際、どこかの星系で拾ったはずだが、いったいどこの星系から乗り込んできたのか、まるで憶えていない。
 それどころか、この娘の名前も知らない。
 シルバーは肩を竦めた。
 まあいい。この娘とは、ここでお別れだろうが、宙森に到着したら、そこで出会う原型の人間を見つければ良いだけの話だ。
 願わくば、そいつが眼前の能転気少女のように突飛な性格でなければいいのだが。
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