88 / 107
凍った時間
3
しおりを挟む
地球の大部分を占めるのは海である。
海面すれすれを飛行し、ジムは眉を寄せて呟いた。
「妙な海だな。まるで凍っているようだ」
その言葉どおり、目の前に広がる海はぺたりと凪いでいて、波一つ立たない。
そのうちに、陸が見えてきた。
海岸線に砂浜が長く伸び、滴るような緑が濃い。ガラスの管理人が細い指を上げ、前方を指し示す。
「この先に建物が見えてきます。そこが目的地です」
ジムは首を伸ばし、前方を眺めた。管理人の言葉通り、やがて緑の向こうに、白い立方体が見えてくる。
窓一つなく、真っ白な壁面が太陽光を反射していた。縦横、千メートルはありそうな、巨大な立方体である。立方体の周辺に、着地できそうな空き地を見つけ、ジムは《弾頭》を降下させた。
ハッチから外へ出て、キャシーは首を傾げる。
「音がしないわ」
その通りだった。完全な静寂がその場を支配している。目の前には、巨大な立方体が聳え、無愛想な壁面を見せている。後から出てきたジムも耳を澄ませ、頷く。
「本当だ、何にも聞こえねえ……」
ヘロヘロがちょこちょこと歩き出し、近くの茂みに近づいた。ちょい、と指先で茂みの葉先を突っつく。
「痛っ!」と指先を口に咥えた。
「こちこちだ! この葉っぱ、まるで凍っているみたいだよ……」
ジムはヘロヘロの側に近寄り、地面に目を落とした。
「何だ、こりゃ?」
屈み込み、指先で摘み上げたのは、小鳥だった。茶色い羽毛に、黒とグレーの斑が入っている。
黒い嘴、小鳥は羽根を広げ、すぐさま飛び立ちそうだが、摘み上げられたのに、ぴくりとも動かない。
背後ではアルニが地面に指を近づけ、地面から生えている草を怖々触る。
「この草もかちん、こちんよ! まるで彫刻みたい……」
ある現象に思い当たり、ジムは叫んだ。
「こりゃ、停滞フィールドじゃないのか? この鳥、停滞フィールドで固まっているんじゃないのか?」
ハッチに立っていた管理人が頷く。
「その通りです。地球を超空間に隠すときに、全体を停滞フィールドに包みました。超空間内部は絶対零度で、そのままでは総て凍りついてしまいますので。今、解除します」
管理人がハッチから一歩を地面に踏み出した、その時に“それ”は置きた。今まで完全な静寂が支配していたその場に、いきなり音が戻ってきた。
ざわざわざわ……と回りに生い茂る緑の葉むらがざわめき、地面の草が生き生きとした輝きを取り戻す。
ジムが摘み上げていた小鳥に生命が蘇り、ばたばたと羽根先を動かす。びくっと、思わずジムが指を離すと、小鳥は鋭くひと声「ちちっ!」と鳴いて、空中に飛び上がる。
ごおっ! と、突風が巻き起こる。今まで凍り付いていた地球が目覚め、息遣いを開始したようであった。
「見て、あれを!」
原型の一人が空を指差した。
紺碧の空を、鳥の群れが編隊を作って飛び去っていく。
ルーサンが斥力プレート筏を引いて外へ出てくる。プレート筏にはサークが据えられていて、ディスプレイから感慨深そうな表情で周りの景色を眺めていた。
さくさくと地面の草を踏みしめ、管理人がジムたちに建物を指し示した。
「こちらへ……」
改めて見上げると、つくづく巨大な壁面である。一口で縦横千メートルの壁面といっても、見上げると頂上部は空の青さに溶け込み、左右もまた、地平線に溶け込んでいる。
見ていると、距離感がおかしくなる。近くに巨大な巡洋艦が停船しているから、やっとスケール感が保たれるようなものだ。
建物に向けて歩いていって、ジムはかなりの距離があることに気付いた。建物があまりに巨大すぎ、すぐ近くにあるような錯覚を生んでいたのだ。さらに平坦な壁面が、その錯覚を助長する。歩いても、歩いても、まるで近づいてこないような気になる。
ふと振り返ると、原型の人々も同じような気持ちでいるらしく、どことなく虚ろな目付きで建物を見上げながらとぼとぼと歩き続けていた。
「あれ、入口じゃない?」
キャシーが小声で囁いた。何だか大声を上げることが、憚れるような雰囲気に包まれている。
真っ白な壁面に、ぽつりと黒い長方形が見えている。入口らしき黒い長方形のおかげで、やっと距離感がつかめた。
入口は縦二十メートルほど、横幅十メートルほどで、全体からすれば見失うほどちっぽけだ。ジムは黒い長方形を頼りに、足を速めた。
ようやく一行は入口のすぐ側まで近づいた。先頭に立ったジムは、入口を見上げる。
真っ黒な内部は、真っ白な壁面と鋭く対比をしている。黒々とした内部に目を凝らしても、何も見えない。
ガラスの管理人は、さっさと先に入っていった。その姿が、溶け込むように内部に消えていく。
ごくり、とジムは唾を呑みこんだ。
気がつくと、キャシーがジムの手の平を掴んでいた。手の平に、キャシーの体温が伝わってくる。
ジムは、ぎゅっとキャシーの手を握り返す。二人は目を合わせた。
「うん」と、キャシーが頷く。真剣な目でジムを見つめ、口を開く。
「行きましょう!」
ジムも頷き返す。
振り返ると、原型たちが緊張した表情で立ち止まっている。無理矢理どうにか、ジムは原型たちに向け、笑って見せた。
「さあ、行くぜ! フリント教授の秘密ってやつに、お目にかかろうじゃないか!」
海面すれすれを飛行し、ジムは眉を寄せて呟いた。
「妙な海だな。まるで凍っているようだ」
その言葉どおり、目の前に広がる海はぺたりと凪いでいて、波一つ立たない。
そのうちに、陸が見えてきた。
海岸線に砂浜が長く伸び、滴るような緑が濃い。ガラスの管理人が細い指を上げ、前方を指し示す。
「この先に建物が見えてきます。そこが目的地です」
ジムは首を伸ばし、前方を眺めた。管理人の言葉通り、やがて緑の向こうに、白い立方体が見えてくる。
窓一つなく、真っ白な壁面が太陽光を反射していた。縦横、千メートルはありそうな、巨大な立方体である。立方体の周辺に、着地できそうな空き地を見つけ、ジムは《弾頭》を降下させた。
ハッチから外へ出て、キャシーは首を傾げる。
「音がしないわ」
その通りだった。完全な静寂がその場を支配している。目の前には、巨大な立方体が聳え、無愛想な壁面を見せている。後から出てきたジムも耳を澄ませ、頷く。
「本当だ、何にも聞こえねえ……」
ヘロヘロがちょこちょこと歩き出し、近くの茂みに近づいた。ちょい、と指先で茂みの葉先を突っつく。
「痛っ!」と指先を口に咥えた。
「こちこちだ! この葉っぱ、まるで凍っているみたいだよ……」
ジムはヘロヘロの側に近寄り、地面に目を落とした。
「何だ、こりゃ?」
屈み込み、指先で摘み上げたのは、小鳥だった。茶色い羽毛に、黒とグレーの斑が入っている。
黒い嘴、小鳥は羽根を広げ、すぐさま飛び立ちそうだが、摘み上げられたのに、ぴくりとも動かない。
背後ではアルニが地面に指を近づけ、地面から生えている草を怖々触る。
「この草もかちん、こちんよ! まるで彫刻みたい……」
ある現象に思い当たり、ジムは叫んだ。
「こりゃ、停滞フィールドじゃないのか? この鳥、停滞フィールドで固まっているんじゃないのか?」
ハッチに立っていた管理人が頷く。
「その通りです。地球を超空間に隠すときに、全体を停滞フィールドに包みました。超空間内部は絶対零度で、そのままでは総て凍りついてしまいますので。今、解除します」
管理人がハッチから一歩を地面に踏み出した、その時に“それ”は置きた。今まで完全な静寂が支配していたその場に、いきなり音が戻ってきた。
ざわざわざわ……と回りに生い茂る緑の葉むらがざわめき、地面の草が生き生きとした輝きを取り戻す。
ジムが摘み上げていた小鳥に生命が蘇り、ばたばたと羽根先を動かす。びくっと、思わずジムが指を離すと、小鳥は鋭くひと声「ちちっ!」と鳴いて、空中に飛び上がる。
ごおっ! と、突風が巻き起こる。今まで凍り付いていた地球が目覚め、息遣いを開始したようであった。
「見て、あれを!」
原型の一人が空を指差した。
紺碧の空を、鳥の群れが編隊を作って飛び去っていく。
ルーサンが斥力プレート筏を引いて外へ出てくる。プレート筏にはサークが据えられていて、ディスプレイから感慨深そうな表情で周りの景色を眺めていた。
さくさくと地面の草を踏みしめ、管理人がジムたちに建物を指し示した。
「こちらへ……」
改めて見上げると、つくづく巨大な壁面である。一口で縦横千メートルの壁面といっても、見上げると頂上部は空の青さに溶け込み、左右もまた、地平線に溶け込んでいる。
見ていると、距離感がおかしくなる。近くに巨大な巡洋艦が停船しているから、やっとスケール感が保たれるようなものだ。
建物に向けて歩いていって、ジムはかなりの距離があることに気付いた。建物があまりに巨大すぎ、すぐ近くにあるような錯覚を生んでいたのだ。さらに平坦な壁面が、その錯覚を助長する。歩いても、歩いても、まるで近づいてこないような気になる。
ふと振り返ると、原型の人々も同じような気持ちでいるらしく、どことなく虚ろな目付きで建物を見上げながらとぼとぼと歩き続けていた。
「あれ、入口じゃない?」
キャシーが小声で囁いた。何だか大声を上げることが、憚れるような雰囲気に包まれている。
真っ白な壁面に、ぽつりと黒い長方形が見えている。入口らしき黒い長方形のおかげで、やっと距離感がつかめた。
入口は縦二十メートルほど、横幅十メートルほどで、全体からすれば見失うほどちっぽけだ。ジムは黒い長方形を頼りに、足を速めた。
ようやく一行は入口のすぐ側まで近づいた。先頭に立ったジムは、入口を見上げる。
真っ黒な内部は、真っ白な壁面と鋭く対比をしている。黒々とした内部に目を凝らしても、何も見えない。
ガラスの管理人は、さっさと先に入っていった。その姿が、溶け込むように内部に消えていく。
ごくり、とジムは唾を呑みこんだ。
気がつくと、キャシーがジムの手の平を掴んでいた。手の平に、キャシーの体温が伝わってくる。
ジムは、ぎゅっとキャシーの手を握り返す。二人は目を合わせた。
「うん」と、キャシーが頷く。真剣な目でジムを見つめ、口を開く。
「行きましょう!」
ジムも頷き返す。
振り返ると、原型たちが緊張した表情で立ち止まっている。無理矢理どうにか、ジムは原型たちに向け、笑って見せた。
「さあ、行くぜ! フリント教授の秘密ってやつに、お目にかかろうじゃないか!」
0
あなたにおすすめの小説
三十年後に届いた白い手紙
RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。
彼は最後まで、何も語らなかった。
その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。
戴冠舞踏会の夜。
公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。
それは復讐でも、告発でもない。
三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、
「渡されなかった約束」のための手紙だった。
沈黙のまま命を捨てた男と、
三十年、ただ待ち続けた女。
そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。
これは、
遅れて届いた手紙が、
人生と運命を静かに書き換えていく物語。
「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある
柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった
王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。
リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。
「わかりました。あなたには、がっかりです」
微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます
菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。
嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。
「居なくていいなら、出ていこう」
この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い
青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。
神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。
もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。
生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。
過去世と同じ轍を踏みたくない……
初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結】
星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。
だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。
しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。
王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。
そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。
地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。
⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる