宇宙狂時代~SF宝島~

万卜人

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銀河の危機

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「すまんな。事実だから、しかたがない」
 フリント教授は憂い顔でシルバーに答える。シルバーは怒りの余り「ぬぬぬぬ……!」と口の中で呟いていた。
「さて」と、フリント教授は背筋を伸ばし、両手で背広の襟に手をやる。まるで教室で生徒たちに講義をするかのようである。
「そもそも、わしが銀河系の将来に暗い影を感じたのは、銀河系に存在する〝種族〟の調査を始めてからだった。わしが調査した百年前には、銀河系に存在する〝種族〟の数は、一〇五七もの数に上った。しかも、当時から〝種族〟の数は増加しつつあり、現在では、いったい幾つの〝種族〟が存在するやら、誰にも見当がつかなくなっている」
 教授は、武器を持った侵攻部隊などまったく気にする様子もなく、悠然と講義を続けている。泰然自若とした気迫に呑まれ、その場にいる全員がぴくりとも動かず、教授の話に耳を傾けていた。
「情報物理学という学問の分野を耳にしたことはないかね? ない? それでは、説明しよう。情報とは即ちエネルギーである――これが、情報物理学の基本的な考えだ。エネルギーは質量でもある。それは、アインシュタインの相対性理論から導き出される。つまり、充分な密度の情報は、物理的な歪みを空間に作り出す、ということだ。しかも、遺伝子は、情報そのものである! 〝種族〟を生み出す遺伝子エッチングは、遺伝子をn倍体交雑の操作で生み出される。一つの〝種族〟が生み出されるごとに、その遺伝子は次々と倍数体となって、情報の密度が倍加する! これは、最初の遺伝子操作ともいえる小麦の生み出されたプロセスを思い起こされる。メソポタミアで栽培されていた最初の一粒小麦は七本の染色体を持っていたが、交雑により、二倍の十四本の染色体を持つ二粒小麦が生み出された。次々と倍数体小麦が品種改良により生み出されるプロセスは、遺伝子エッチングによる〝種族〟の倍加の流れと基本的に一致するのだ!」
 シルバーは強いて冷静さを装って詰め寄った。
「それが、おれを失敗作だというお前の話と、どう繋がるのだ?」
 教授はシルバーに優しく語りかけた。
「お前の染色体は、ゲルマニウムを基調とする堅固なゲノムを形作っている。普通の生命が染色体を分裂させ、細胞分裂する際、放射線やその他のアクシデントで遺伝子の改変、欠落などが避けられず、我々人間においてはテロメア遺伝子により徐々に老化する。しかし、お前のゲルマニウム・ゲノムには、そのような欠落は一切、存在しない。お前は、この宇宙が続く限り、よほどのことがなければ、不滅でいられるだろう。つまり不死身、ということだな。だが、それは福音だろうか? さっき壁の模様を分析しようとした〝種族〟は、なぜ気絶したのか? 壁が映し出す情報の密度をまともに受け止め、頭脳がその密度に耐えられず、まずい譬えだが、一種のヒューズが飛んだ状態になったのだ。お前は生きている限り、あらゆるものを見、聞き、感じるだろう。だが、いずれは自らの記憶に圧し拉がれ、やがては無感覚、無感動の闇に沈む。おそらく、わしの本体は、強固な遺伝子を持つ超〝種族〟を作り出し、遺伝子エッチングを受け付けない身体を設計しようとしたのだろう。しかし、その不死身こそが一種の袋小路に陥る、というパラドックスを悟ったのではないかな?」
 シルバーは愕然と呟いた。
「おれの身体は、遺伝子エッチングを受け付けない? それでは、おれの望みは叶わないのか?」
 教授は驚いたように尋ねる。
「お前の望みとは、何だね?」
 シルバーの返事は呻き声になった。
「おれは、原型の身体を得たいのだ! おれのこの不死身の身体は、おれにとっては牢獄そのものだ! あらゆる感覚は確かに、おれのものだ。だが、生きる喜びには程遠い。この金属の身体は、肝心の生きている実感を、おれには決して与えてくれぬ」
 教授は否定するように首を振った。
「原型の身体に記憶を移植することは不可能だ。成人の原型の脳細胞は、そのような操作をするには不向きで、無理矢理そのような移植をすれば、蛋白質でできている脳細胞は壊れてしまうぞ」
 シルバーは教授の言葉に目を光らせた。
「成人の原型の脳、と言ったな? それでは赤ん坊の脳なら、どうだ? 赤ん坊の脳は真っ白な白紙だ。それなら、記憶移植もできるのではないか?」
 教授は憤然と返答する。
「何だと? お前は、自分の欲望のために人間の赤ん坊を使うつもりか? そんなことは許されない! しかし、どうしてもお前が原型の人間に生まれ変わりたいというのなら……」
 シルバーの表情に希望が浮かぶ。
「何か手があるというのか?」
「お前のゲルマニウム・ゲノムをシミュレートして、DNAを設計する。それを人工胎盤で成長させれば、炭素を主体とした原型の人体が生まれるだろう。その脳に、お前の魂を移植する。記憶ではなく、お前の個性そのものだな。シルバーとしての個人の記憶は失われるが、お前の個性は引き継がれる。それなら、お前が原型の人間に生まれ変わるという望みは叶えられる」
 シルバーは喜びの声を上げた。
「そうか! それなら、希望はある。個性が引き継がれるなら、今の瓦落多な記憶など、あっさり溝に捨てても構わん! おれはやるぞ! それで、銀河系が破滅に瀕しているというのは?」
 話題が元に戻り、教授は再び講義然とした口調になった。
「さっきも言ったように〝種族〟のゲノムは、遺伝子エッチングにより複雑さを増している。〝種族〟の野放図な増殖は宇宙空間に歪みを与え、時空間は輻輳し、物理定数は混乱するだろう。その結果、超空間ジェネレーターは効果を働かせなくなり、銀河系で総ての〝種族〟は孤立してしまう。わしは、それを防ぐため、この立方体を造り上げた」
 フリント教授は両手を広げた。
「ここには、地球の総ての生命体の遺伝子情報が集まっている。すでに気がついた者もいろうだろうが、壁面に現れる斑模様は、超空間に見られるそれと酷似している。なぜなら、地球の二十億年にわたる生命の連鎖の記憶が、原型に超空間ジェネレーターを起動させる原動力なのだ。だから、原型以外には超空間ジェネレーターを起動させられないのだ。〝種族〟の遺伝子は、地球との連鎖が断ち切られているから」
 教授が言葉を切ると、その場を監視していた《大校母》が怒りの声を、通信機を通じて発した。
「それでは〝種族〟は、どのようなことがあっても超空間ジェネレーターを起動させることはできないと申されるのですか? フリント教授」
 ぎくり、と教授は顔を上げた。
 侵攻してきた〝種族〟が持ち込んだ通信機のモニターには《大校母》の怒りに満ちた顔が映し出されている。
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