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河童淵の巻
四
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男たちの姿が見えなくなると、ひょいと物陰からお花が現れた。
「時太郎、大丈夫?」
「お花! ひどいじゃないか、さっさと自分だけ逃げちまうなんて!」
「御免ね……」と、お花は時太郎に並んだ。
「あいつら、やっぱり変だ! 山菜採りなんて口から出任せの嘘を言ってるけど、ほかに何か狙いがあるんだ!」
時太郎の言葉に、お花は大きくうなずいた。
「あたしも、そう思う。ね、やっぱり、ここは長老さまに相談したほうがいいよ」
「長老さま」とお花が口にしたので、時太郎は目を丸くした。
「長老さまに……! 本気か?」
お花は、こっくりとうなずいた。
時太郎とお花は河童淵に戻ると、すぐ長老を探した。
沼を取り囲む崖には所々、穴が開いている。穴の一つ一つが河童たちの住処になっている。
長老の住まう穴は、沼を見下ろすやや小高いところに突き出した場所にあった。崖に刻まれている坂道を登り、二人は長老の住まいを訪ねた。
穴の入口には、太った大人の河童がごろりと横になっている。河童の周りには胡瓜や、魚が散らばり、手を伸ばして時々口に入れている。二人が近づくと、太った河童はじろりと見上げた。
お花は飛び切りの笑顔を作り、小首をかしげて話しかけた。
「こんにちわ! 長老さま、いらっしゃるかしら?」
河童は無言で頷くと、顎をしゃくった。お花の笑顔には興味も一切ない、といった顔つきである。
お花は肩をすくめた。
二人が中へ入っていく時も、河童は再び胡瓜を齧っていた。
「あれで、長老さまをお守りする役目が果たせるのかしら?」
お花は気分を害したらしく、口を尖らせている。
「さあね」と時太郎は相手にならない。
長老の住まいは冷んやりとしている。穴の内側には、びっしりと苔が生えていた。
奥深くが一段ほど高くなっていて、そこには柔らかな枯れ草が積まれてある。枯れ草の中に埋もれるように、一人の老いた河童がちんまりと座っていた。
相当の年齢らしい。肌は真っ白に色が抜け、同じ白い色の髪の毛は全身を覆うばかりに伸びている。眉と髭も伸び放題になっていて、白い毛に全身が埋もれていた。
二人が近づいてきても、河童の長老はぴくりとも動かない。まるで置物である。
時太郎は呼びかけた。
「あの……長老さま……」
ぴくりとも動かない。二人は顔を見合わせた。
お花は怖々、近寄った。まじまじと長老の顔を見つめる。
垂れた眉毛と、皿の周りを取り巻いている髪の毛に埋もれ、表情はまったく判らない。
ちろりと舌を出し、お花は唇を舐めた。腕を挙げ、指先を近づける。
「おい、やめろ」と時太郎は言いかけたが、お花はちょん、と長老の身体を突っついた。
びく、と長老の体が震えた。
「ん? ん? なんじゃ?」
きょろきょろと辺りを見回す。
指で眉毛を掻き分けると、やっと目が見えるようになったらしい。二人に気付き、ほっと溜息をついた。
「なんじゃ、お花か……。そこにいるのは、時太郎じゃな?」
ふわああ……と両腕を伸ばして欠伸をした。眠っていたらしい。
「良い気持ちで眠っておったのに、何事じゃ?」
「長老さま……おれ、お山で妙なやつらを目にしたんです」
時太郎はお山で目撃した連中のことについて話し出した。
ふむふむと長老は時太郎の話に頷いた。
時太郎が話し終えると、長老の態度は、それまでの薄ぼんやりとした様子から一変した。
「三郎太を呼べ!」
「父さんを?」
「そうじゃ、こういう場合、見聞が広い三郎太の知恵が要る」
長老は背筋を伸ばし、目を見開いていた。その視線は真剣で、一族を背負う河童の長老らしさが現れている。
「あたし呼んでくる!」
お花が立ち上がった。
「時太郎、大丈夫?」
「お花! ひどいじゃないか、さっさと自分だけ逃げちまうなんて!」
「御免ね……」と、お花は時太郎に並んだ。
「あいつら、やっぱり変だ! 山菜採りなんて口から出任せの嘘を言ってるけど、ほかに何か狙いがあるんだ!」
時太郎の言葉に、お花は大きくうなずいた。
「あたしも、そう思う。ね、やっぱり、ここは長老さまに相談したほうがいいよ」
「長老さま」とお花が口にしたので、時太郎は目を丸くした。
「長老さまに……! 本気か?」
お花は、こっくりとうなずいた。
時太郎とお花は河童淵に戻ると、すぐ長老を探した。
沼を取り囲む崖には所々、穴が開いている。穴の一つ一つが河童たちの住処になっている。
長老の住まう穴は、沼を見下ろすやや小高いところに突き出した場所にあった。崖に刻まれている坂道を登り、二人は長老の住まいを訪ねた。
穴の入口には、太った大人の河童がごろりと横になっている。河童の周りには胡瓜や、魚が散らばり、手を伸ばして時々口に入れている。二人が近づくと、太った河童はじろりと見上げた。
お花は飛び切りの笑顔を作り、小首をかしげて話しかけた。
「こんにちわ! 長老さま、いらっしゃるかしら?」
河童は無言で頷くと、顎をしゃくった。お花の笑顔には興味も一切ない、といった顔つきである。
お花は肩をすくめた。
二人が中へ入っていく時も、河童は再び胡瓜を齧っていた。
「あれで、長老さまをお守りする役目が果たせるのかしら?」
お花は気分を害したらしく、口を尖らせている。
「さあね」と時太郎は相手にならない。
長老の住まいは冷んやりとしている。穴の内側には、びっしりと苔が生えていた。
奥深くが一段ほど高くなっていて、そこには柔らかな枯れ草が積まれてある。枯れ草の中に埋もれるように、一人の老いた河童がちんまりと座っていた。
相当の年齢らしい。肌は真っ白に色が抜け、同じ白い色の髪の毛は全身を覆うばかりに伸びている。眉と髭も伸び放題になっていて、白い毛に全身が埋もれていた。
二人が近づいてきても、河童の長老はぴくりとも動かない。まるで置物である。
時太郎は呼びかけた。
「あの……長老さま……」
ぴくりとも動かない。二人は顔を見合わせた。
お花は怖々、近寄った。まじまじと長老の顔を見つめる。
垂れた眉毛と、皿の周りを取り巻いている髪の毛に埋もれ、表情はまったく判らない。
ちろりと舌を出し、お花は唇を舐めた。腕を挙げ、指先を近づける。
「おい、やめろ」と時太郎は言いかけたが、お花はちょん、と長老の身体を突っついた。
びく、と長老の体が震えた。
「ん? ん? なんじゃ?」
きょろきょろと辺りを見回す。
指で眉毛を掻き分けると、やっと目が見えるようになったらしい。二人に気付き、ほっと溜息をついた。
「なんじゃ、お花か……。そこにいるのは、時太郎じゃな?」
ふわああ……と両腕を伸ばして欠伸をした。眠っていたらしい。
「良い気持ちで眠っておったのに、何事じゃ?」
「長老さま……おれ、お山で妙なやつらを目にしたんです」
時太郎はお山で目撃した連中のことについて話し出した。
ふむふむと長老は時太郎の話に頷いた。
時太郎が話し終えると、長老の態度は、それまでの薄ぼんやりとした様子から一変した。
「三郎太を呼べ!」
「父さんを?」
「そうじゃ、こういう場合、見聞が広い三郎太の知恵が要る」
長老は背筋を伸ばし、目を見開いていた。その視線は真剣で、一族を背負う河童の長老らしさが現れている。
「あたし呼んでくる!」
お花が立ち上がった。
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