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膺懲{ようちょう}の巻
三
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藤四郎は甚左衛門に振り返った。
「甚左衛門、どういう訳じゃ? いったい、何が起きた?」
「追儺の行事に、京の公卿どもが啼弦の法というのを、やっていてな。それで、思いついたのよ。破魔矢と申すではないか。昔から、弓には魔を払うという言い伝えがあったので、もしやと考えたのだ」
甚左衛門は、にたりと、勝ち誇った笑いを浮かべた。
理由は矢弦の震動が、河童たちの〈水話)の音波に干渉したためである。矢弦の振動数は、河童の音波の倍数の周波数に相当し、両方が打ち消し合う形となったのだ。
がさがさがさ……
滝壺近くの山笹が掻き分けられる音がして、二人は、はっとその方向を見た。
すると……。
見よ! あちこちから河童たちが、うようよと夕闇の中から湧き出してくる!
河童たちは怒りの表情を顕わにしていた。
そのうちの一人が素早く地面から小石を拾うと、ひゅっと投げつけてきた。
びしっ!
礫をまともに受けた兵が、呻き声を上げ、倒れた。怖ろしいほどの威力がこもった、河童の礫であった。
けえ────っ!
河童の甲高い叫び声が、長く尾を引き、それをきっかけに「わあっ!」とばかりに襲い掛かってくる。ぴょんぴょんと跳ねるような動きで、人間離れした跳躍だった。
「者ども、何をしておるっ! 矢を番えよ、槍を構えるのだ!」
甚左衛門が軍配を手に喚いた。
兵たちは叱咤の声に、ようやく我に帰ったようであった。
日ごろの訓練通りに体が動き、気がつくとすでに、矢弦に矢を番えていた。
「討て──っ!」
さっと甚左衛門が軍配を振ると、兵たちは一斉に矢を放った。
ざあっ、と怖ろしい音を立て、矢は向かってくる河童たちに放たれていく。
ぎゃっ!
ぐえっ!
短い悲鳴を上げ、河童たちは次々に矢に貫かれ、地面に倒れた。
それを見た河童たちに、恐慌が起きた。
「槍、構え──っ! 掛かれ──っ!」
甚左衛門の命令に、槍兵たちが穂先を並べ、突っ込んでいく。
きゃあ──っという絹を引き裂くような細い鳴き声を上げ、河童たちは退却した。
「藤四郎、何をしておる! 投石器はどうした?」
甚左衛門に呼びかけられ、藤四郎は「あっ!」と我に帰った。
「傀儡ども! 投石器を!」
喚いた藤四郎に、ぼけっと突っ立っていた傀儡たちは、ようやく動き出す。ぎりぎりぎりと綱を引き絞り、投石器の腕を倒した。
腕の先の受け皿に、傀儡の一人が巨大な岩を持ち上げ、載せる。
「射てーっ!」
がくん、と掛け金が引かれ、ぐるんと投石器の腕が回転した。
空中を飛ぶ大岩は、いやにゆっくりと放物線を描いていた。藤四郎は唾を呑みこんだ。
滝壺に、岩は吸い込まれるように消える。
そして──
凄まじい水飛沫が上がった。
その場にいた河童たちは、水飛沫に掬われ、薙ぎ倒される。しかし蛙の面になんとかで、まったく応えていない。
大波に攫われる感じが面白いのか、けっ、けっ、けっというような奇妙な笑い声が聞こえていた。
「次じゃっ! 次を射てっ!」
苛々と足踏みをして、藤四郎は叫ぶ。傀儡たちが同じ作業を繰り返す。
ぶうん、と音を立て、大岩が飛んだ。
今度は岩は滝壺の、水虎像の足許に命中した。
衝突した瞬間、岩は四方に砕け散った。衝撃で水虎像が微かに揺れたように見える。
藤四郎は歯噛みした。
「くそっ、役に立たん……」
「いや……」
いつの間にか、甚左衛門が横に来ていた。
「そうでもないようだ」
「なに?」
あれを、と甚左衛門が水虎の像を指さしていた。
水虎像の足許から白い煙が湧き上がっている。
どどどどど……
微かな震動が足下から伝わってくる。藤四郎の額に汗が噴き出した。
「こ、これは、地震か……?」
甚左衛門は地面に跪く。手を地面に押し当てた。
「藤四郎、触ってみよ」
言われて、藤四郎も地面に手を押し当てた。
はっ、と顔を挙げ、甚左衛門の顔を見つめる。
「暖かい……」
水虎像の足下から、もくもくと白い蒸気が噴き上がった。
ずばあああん……!
怖ろしい爆発音とともに、熱風が藤四郎と甚佐ェ門の顔に吹き付けてくる。
わあっ、と二人は思わず腹這いになっていた。目の前の草を掴み、藤四郎は我知らず念仏を唱えていた。
「甚左衛門、どういう訳じゃ? いったい、何が起きた?」
「追儺の行事に、京の公卿どもが啼弦の法というのを、やっていてな。それで、思いついたのよ。破魔矢と申すではないか。昔から、弓には魔を払うという言い伝えがあったので、もしやと考えたのだ」
甚左衛門は、にたりと、勝ち誇った笑いを浮かべた。
理由は矢弦の震動が、河童たちの〈水話)の音波に干渉したためである。矢弦の振動数は、河童の音波の倍数の周波数に相当し、両方が打ち消し合う形となったのだ。
がさがさがさ……
滝壺近くの山笹が掻き分けられる音がして、二人は、はっとその方向を見た。
すると……。
見よ! あちこちから河童たちが、うようよと夕闇の中から湧き出してくる!
河童たちは怒りの表情を顕わにしていた。
そのうちの一人が素早く地面から小石を拾うと、ひゅっと投げつけてきた。
びしっ!
礫をまともに受けた兵が、呻き声を上げ、倒れた。怖ろしいほどの威力がこもった、河童の礫であった。
けえ────っ!
河童の甲高い叫び声が、長く尾を引き、それをきっかけに「わあっ!」とばかりに襲い掛かってくる。ぴょんぴょんと跳ねるような動きで、人間離れした跳躍だった。
「者ども、何をしておるっ! 矢を番えよ、槍を構えるのだ!」
甚左衛門が軍配を手に喚いた。
兵たちは叱咤の声に、ようやく我に帰ったようであった。
日ごろの訓練通りに体が動き、気がつくとすでに、矢弦に矢を番えていた。
「討て──っ!」
さっと甚左衛門が軍配を振ると、兵たちは一斉に矢を放った。
ざあっ、と怖ろしい音を立て、矢は向かってくる河童たちに放たれていく。
ぎゃっ!
ぐえっ!
短い悲鳴を上げ、河童たちは次々に矢に貫かれ、地面に倒れた。
それを見た河童たちに、恐慌が起きた。
「槍、構え──っ! 掛かれ──っ!」
甚左衛門の命令に、槍兵たちが穂先を並べ、突っ込んでいく。
きゃあ──っという絹を引き裂くような細い鳴き声を上げ、河童たちは退却した。
「藤四郎、何をしておる! 投石器はどうした?」
甚左衛門に呼びかけられ、藤四郎は「あっ!」と我に帰った。
「傀儡ども! 投石器を!」
喚いた藤四郎に、ぼけっと突っ立っていた傀儡たちは、ようやく動き出す。ぎりぎりぎりと綱を引き絞り、投石器の腕を倒した。
腕の先の受け皿に、傀儡の一人が巨大な岩を持ち上げ、載せる。
「射てーっ!」
がくん、と掛け金が引かれ、ぐるんと投石器の腕が回転した。
空中を飛ぶ大岩は、いやにゆっくりと放物線を描いていた。藤四郎は唾を呑みこんだ。
滝壺に、岩は吸い込まれるように消える。
そして──
凄まじい水飛沫が上がった。
その場にいた河童たちは、水飛沫に掬われ、薙ぎ倒される。しかし蛙の面になんとかで、まったく応えていない。
大波に攫われる感じが面白いのか、けっ、けっ、けっというような奇妙な笑い声が聞こえていた。
「次じゃっ! 次を射てっ!」
苛々と足踏みをして、藤四郎は叫ぶ。傀儡たちが同じ作業を繰り返す。
ぶうん、と音を立て、大岩が飛んだ。
今度は岩は滝壺の、水虎像の足許に命中した。
衝突した瞬間、岩は四方に砕け散った。衝撃で水虎像が微かに揺れたように見える。
藤四郎は歯噛みした。
「くそっ、役に立たん……」
「いや……」
いつの間にか、甚左衛門が横に来ていた。
「そうでもないようだ」
「なに?」
あれを、と甚左衛門が水虎の像を指さしていた。
水虎像の足許から白い煙が湧き上がっている。
どどどどど……
微かな震動が足下から伝わってくる。藤四郎の額に汗が噴き出した。
「こ、これは、地震か……?」
甚左衛門は地面に跪く。手を地面に押し当てた。
「藤四郎、触ってみよ」
言われて、藤四郎も地面に手を押し当てた。
はっ、と顔を挙げ、甚左衛門の顔を見つめる。
「暖かい……」
水虎像の足下から、もくもくと白い蒸気が噴き上がった。
ずばあああん……!
怖ろしい爆発音とともに、熱風が藤四郎と甚佐ェ門の顔に吹き付けてくる。
わあっ、と二人は思わず腹這いになっていた。目の前の草を掴み、藤四郎は我知らず念仏を唱えていた。
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