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狸御殿の巻
三
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夜になり、祝宴が開始された。
狸御殿の宴会場に狸たちが勢揃いし、次々と料理が運ばれる。
時太郎たち三人は、芝右衛門と並んで一番の上席に案内された。上機嫌の芝右衛門は、会場をいそいそと移動して、遺漏の有無の点検に余念がない。
「さあさあ、まずは料理を召し上がって頂こう! この日のために料理人が腕によりを掛けて用意させたものばかりじゃぞ」
時太郎とお花は目の前に運ばれた料理に「わあ!」と歓声を上げて目を輝かせた。
「美味しそう! ねっ、翔一も遠慮しないで食べなさいよ!」
勧められた翔一は、げっそりとした顔をお花に向けた。
「はあ……」
力ない返事をする。
手には箸を持っているが、箸先は虚しく料理の上をさ迷っているだけだ。
出された料理と言うのが……。
虫だった!
芋虫、ザザ虫、百足、沙蚕、蝉、蜻蛉、飛蝗に蝗……。様々な虫が煮付けになったり、油で揚げられたり、砂糖漬けになったりして、ずらりと並んでいる。主菜は赤蝮の特大姿焼と噛付亀の活け作りだ。
時太郎とお花は、それらを夢中になって口に入れている。旨い旨いと何皿もお替りをして、舌鼓を打っていた。
ぱんぱんぱんと芝右衛門は手を叩いた。
「余興じゃ! さあ、腹太鼓自慢の者ども、お客人に狸の腹太鼓を聞かせておくれ!」
はあーっ、と数匹の狸が勢ぞろいし、腹太鼓を叩き出した。
ぽんぽこ、ぽんぽこ!
ぽんぽこ、ぽん!
すっぽんぽん!
それに合わせて歌が飛び出す。
ようこそ狸御殿へ!
われら狸、陽気な仲間。
毎日楽しく暮らすのが一番さ!
今夜は狸姫の目出度いご婚礼。
花も恥らう姫さまは芳紀十と八。
お花は手を叩いて喜んでいる。
狸たちの歌の途中、宴会場の奥から別の一団が現れた。
裃をつけた狸たちに先導されて現れたのは、歌にあった当の狸姫である。
出された料理を前に途方にくれていた翔一は、見るともなしに現れた狸姫を見ていた。
豪華な花嫁衣裳を身につけた狸姫はゆっくりと正座した。顔は狸そのものである。目はぱっちりとしているが、それが女らしい顔なのかどうなのか、判るはずもない。
ぱちぱちぱち……と狸たちは姫に対して一斉に拍手して歓迎している。
と、姫が着座すると、反対の入口が開いて、更なる一団が現れた。巨大な狸が、悠然と姿を見せる。
のっしりと足を踏み入れた巨大狸は、ぎょろりと大きな目玉を動かして宴会場を見わたした。
「刑部狸さまじゃ!」
畏敬の声が上がる。刑部狸と呼ばれたその狸は「うむ」と重々しく頷いた。
「みなの者、楽しくやっておるかな?」
刑部狸の声は宴会場に轟いた。
姫の隣に席についた刑部狸の前に、ちょこちょこと小さな狸の一団が整列した。これは豆狸の一団である。豆狸たちは手に乗るほどの大きさしかない。
豆狸たちは、ちょこんと整列すると、全員が刑部狸の前でぺこりとお辞儀をして、唄いだした。
我らの刑部狸さま。
あなたこそ我らの太陽、我ら狸たちのお父さま!
あなたがいなければ狸には希望も無く、あなたがいなければ明日も無い!
豆狸たちは甲高い声で唄って踊っている。
それを見ていた芝右衛門は首を捻った。
「はて、どうしたというのじゃろう? 刑部狸さまは狸穴で、姫さまの婿殿を連れ帰る手筈じゃのに……」
ひょい、と腰を上げると芝右衛門は刑部狸の近くへ寄って行った。
芝右衛門を見た刑部狸は、ぎろりと目を光らせた。
「なんじゃ、芝右衛門。何か申したい儀でもあるのか?」
芝右衛門は「へっ!」と恐縮した。
「あのう……姫さまの婿殿は……?」
その言葉に、狸姫も顔を上げた。刑部狸は瞬時に、苦い顔になった。
「婿殿は、来ぬ!」
「えっ? いっ、今、何と仰せられたので?」
「だから、来ぬ、と申したのだ。婿殿は、この縁談を断ってきた!」
「ひえーっ!」と、芝右衛門は悲鳴を上げ、半ば腰を抜かした。
宴会場の音楽がぴた、と停止した。狸たちは刑部狸の意想外の言葉に呆然となっている。
そこで、初めて姫が口を開いた。
「お父さま、それは、どういうことですの?」
「どうも、こうもない。婿殿は、この縁談を断ってきたのじゃよ」
「理由をお聞かせ下さいますか?」
「そんなものは、一切ない! とにかく婿殿は、同行を断ってきた。狸穴を離れたくないと言ってな」
見る見る狸姫は柳眉を逆立てた。
「侮辱です! 納得できませぬ! この宴会は、何のためなのですか? わたし、このような恥を掻かされ、生きていけませんわ!」
「どう、せよと言うのじゃ。婿殿は来ぬのだぞ。しかたないではないか」
狸姫は、つん、と横を向いた。
「それでは、替わりの婿殿を探して頂きます。わたくし、どうしても婚礼を挙げたいのです」
刑部狸は呆気にとられていた。
「そんな無茶な……。婿殿といっても、右から左に探すわけにはいかんではないか」
姫は薄っすらと笑った。
「この宴会場に来ている者から探します。それなら、よろしいでしょう?」
「この中で? お前、気に入った相手でもおるのか?」
姫は頷いた。
「あの者を、わたくしの婿殿に!」
さっと躊躇なく指差す。指を差された花婿候補は、翔一だった!
狸御殿の宴会場に狸たちが勢揃いし、次々と料理が運ばれる。
時太郎たち三人は、芝右衛門と並んで一番の上席に案内された。上機嫌の芝右衛門は、会場をいそいそと移動して、遺漏の有無の点検に余念がない。
「さあさあ、まずは料理を召し上がって頂こう! この日のために料理人が腕によりを掛けて用意させたものばかりじゃぞ」
時太郎とお花は目の前に運ばれた料理に「わあ!」と歓声を上げて目を輝かせた。
「美味しそう! ねっ、翔一も遠慮しないで食べなさいよ!」
勧められた翔一は、げっそりとした顔をお花に向けた。
「はあ……」
力ない返事をする。
手には箸を持っているが、箸先は虚しく料理の上をさ迷っているだけだ。
出された料理と言うのが……。
虫だった!
芋虫、ザザ虫、百足、沙蚕、蝉、蜻蛉、飛蝗に蝗……。様々な虫が煮付けになったり、油で揚げられたり、砂糖漬けになったりして、ずらりと並んでいる。主菜は赤蝮の特大姿焼と噛付亀の活け作りだ。
時太郎とお花は、それらを夢中になって口に入れている。旨い旨いと何皿もお替りをして、舌鼓を打っていた。
ぱんぱんぱんと芝右衛門は手を叩いた。
「余興じゃ! さあ、腹太鼓自慢の者ども、お客人に狸の腹太鼓を聞かせておくれ!」
はあーっ、と数匹の狸が勢ぞろいし、腹太鼓を叩き出した。
ぽんぽこ、ぽんぽこ!
ぽんぽこ、ぽん!
すっぽんぽん!
それに合わせて歌が飛び出す。
ようこそ狸御殿へ!
われら狸、陽気な仲間。
毎日楽しく暮らすのが一番さ!
今夜は狸姫の目出度いご婚礼。
花も恥らう姫さまは芳紀十と八。
お花は手を叩いて喜んでいる。
狸たちの歌の途中、宴会場の奥から別の一団が現れた。
裃をつけた狸たちに先導されて現れたのは、歌にあった当の狸姫である。
出された料理を前に途方にくれていた翔一は、見るともなしに現れた狸姫を見ていた。
豪華な花嫁衣裳を身につけた狸姫はゆっくりと正座した。顔は狸そのものである。目はぱっちりとしているが、それが女らしい顔なのかどうなのか、判るはずもない。
ぱちぱちぱち……と狸たちは姫に対して一斉に拍手して歓迎している。
と、姫が着座すると、反対の入口が開いて、更なる一団が現れた。巨大な狸が、悠然と姿を見せる。
のっしりと足を踏み入れた巨大狸は、ぎょろりと大きな目玉を動かして宴会場を見わたした。
「刑部狸さまじゃ!」
畏敬の声が上がる。刑部狸と呼ばれたその狸は「うむ」と重々しく頷いた。
「みなの者、楽しくやっておるかな?」
刑部狸の声は宴会場に轟いた。
姫の隣に席についた刑部狸の前に、ちょこちょこと小さな狸の一団が整列した。これは豆狸の一団である。豆狸たちは手に乗るほどの大きさしかない。
豆狸たちは、ちょこんと整列すると、全員が刑部狸の前でぺこりとお辞儀をして、唄いだした。
我らの刑部狸さま。
あなたこそ我らの太陽、我ら狸たちのお父さま!
あなたがいなければ狸には希望も無く、あなたがいなければ明日も無い!
豆狸たちは甲高い声で唄って踊っている。
それを見ていた芝右衛門は首を捻った。
「はて、どうしたというのじゃろう? 刑部狸さまは狸穴で、姫さまの婿殿を連れ帰る手筈じゃのに……」
ひょい、と腰を上げると芝右衛門は刑部狸の近くへ寄って行った。
芝右衛門を見た刑部狸は、ぎろりと目を光らせた。
「なんじゃ、芝右衛門。何か申したい儀でもあるのか?」
芝右衛門は「へっ!」と恐縮した。
「あのう……姫さまの婿殿は……?」
その言葉に、狸姫も顔を上げた。刑部狸は瞬時に、苦い顔になった。
「婿殿は、来ぬ!」
「えっ? いっ、今、何と仰せられたので?」
「だから、来ぬ、と申したのだ。婿殿は、この縁談を断ってきた!」
「ひえーっ!」と、芝右衛門は悲鳴を上げ、半ば腰を抜かした。
宴会場の音楽がぴた、と停止した。狸たちは刑部狸の意想外の言葉に呆然となっている。
そこで、初めて姫が口を開いた。
「お父さま、それは、どういうことですの?」
「どうも、こうもない。婿殿は、この縁談を断ってきたのじゃよ」
「理由をお聞かせ下さいますか?」
「そんなものは、一切ない! とにかく婿殿は、同行を断ってきた。狸穴を離れたくないと言ってな」
見る見る狸姫は柳眉を逆立てた。
「侮辱です! 納得できませぬ! この宴会は、何のためなのですか? わたし、このような恥を掻かされ、生きていけませんわ!」
「どう、せよと言うのじゃ。婿殿は来ぬのだぞ。しかたないではないか」
狸姫は、つん、と横を向いた。
「それでは、替わりの婿殿を探して頂きます。わたくし、どうしても婚礼を挙げたいのです」
刑部狸は呆気にとられていた。
「そんな無茶な……。婿殿といっても、右から左に探すわけにはいかんではないか」
姫は薄っすらと笑った。
「この宴会場に来ている者から探します。それなら、よろしいでしょう?」
「この中で? お前、気に入った相手でもおるのか?」
姫は頷いた。
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