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千代吉の巻
二
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夕闇が辺りを包んでいる。
ようやく時太郎は顔を挙げ、立ち上がった。額から顎へかけ、ねっとりとした汗が滴っている。
「大丈夫?」
お花の声に軽く頷く。
なんとか、あの衝撃は乗り切ったようだ。
必死に耐えたあの恐怖の刻は過ぎ去り、時太郎は平常心を取り戻していた。しかし〝声〟は消え去ってはいない。単に時太郎がこの状態を受け入れただけである。
「千代吉、案内してくれ」
時太郎の言葉に千代吉は「はっ」と向き直った。
「宜しいので御座いますか?」
時太郎は無言で頷いた。
とととと……と、茶釜から突き出している四肢を忙しく動かして、千代吉は歩き出す。お花が感心したような声を上げた。
「そんな重いものを担いでいて、よくそんなに早く歩けるわねえ」
「そうで御座いますか? わたくし、生まれた時からこの姿で御座いまして、慣れているのでしょうか、重いとは思ったことも御座いません」
程なく、前方に明かりが見えてきた。
明かりは、松林の中に建っている土蔵造りの建物から洩れていた。どっしりとした造りの、意外と大きな建物である。
土蔵の入口には竹槍を持った狸が見張りに立っていた。所在無げであるが、目付きは鋭く、油断は全然していないようだ。
時太郎たちは茂みに隠れている。千代吉は二人に囁いた。
「あの建物の中に、狸穴の武器があるのです」
「見張りがいるわね」
お花の言葉に千代吉は頷いた。
「ええ、お二人を助けたときのような手は使えません。この建物を見張る狸は、母上が特に選んだ精鋭ですから。しかし裏側に回れば、わたくしだけが知っている裏口があるはずです。そこから中へ入りましょう」
案内しようと歩き出した千代吉は、時太郎の様子に立ち止まった。
「あの……時太郎さま?」
「ん……」
時太郎は、ぼんやりしていたようだ。
なぜだかひどく切迫した危機を感じてならない。ちりちりと首筋に熱いものを感じて、いても立っても居られない気分である。
なんだろう?
時太郎は内心で何度となく首を捻っていた。お花は心配そうな目で時太郎を見ている。
そんな迷いを振り払い、時太郎は千代吉にきっぱりと話しかけた。
「とにかく中へ案内してくれ」
千代吉は頷き、歩き出した。ちょこちょこと手足を動かして先導する。
時太郎とお花も四つん這いになって後に続いた。
見張りの目の届かない場所を選び、そろそろと回り込む。
ようやく一行は、土蔵の裏側へと出た。
裏側には粗末な小屋が土蔵の壁に接するようにして建てられている。その小屋の戸を開いて、千代吉は二人を案内した。
中に入って千代吉はほっと溜息をついた。内部にはごたごたと荷物が山積みになっていて、埃っぽい。
「なんとか見つからず、ここまで来られました。実は、この小屋は土蔵と繋がっているのですが、今は誰も使っていないので、土蔵に入る入口があることは皆、忘れ果てております。これがそうです」
荷物の間に細い隙間がある。体を捻らないと入り込めないが、確かに入口のようだ。この荷物が目隠しになって、そこに入口があることは判らなくなっているのだろう。
時太郎は先頭に立って隙間に身体を捻じ込んだ。土蔵の中に入ると、そこもまた荷物に占領されている。
内部を覗き込んだ時太郎は「はっ!」と緊張した。
誰か居る……。
後から入ってこようとしているお花に振り向き、囁きかける。
「待て! 先客が居るぜ」
「本当?」
お花は時太郎の肩越しに覗き込んだ。驚きのあまり、声を立てそうになるのを慌てて自分の手で口を押さえる。
「あれって……」
「うん」と時太郎は頷いた。土蔵の中に居たのは何と、おみつ御前だった。
ようやく時太郎は顔を挙げ、立ち上がった。額から顎へかけ、ねっとりとした汗が滴っている。
「大丈夫?」
お花の声に軽く頷く。
なんとか、あの衝撃は乗り切ったようだ。
必死に耐えたあの恐怖の刻は過ぎ去り、時太郎は平常心を取り戻していた。しかし〝声〟は消え去ってはいない。単に時太郎がこの状態を受け入れただけである。
「千代吉、案内してくれ」
時太郎の言葉に千代吉は「はっ」と向き直った。
「宜しいので御座いますか?」
時太郎は無言で頷いた。
とととと……と、茶釜から突き出している四肢を忙しく動かして、千代吉は歩き出す。お花が感心したような声を上げた。
「そんな重いものを担いでいて、よくそんなに早く歩けるわねえ」
「そうで御座いますか? わたくし、生まれた時からこの姿で御座いまして、慣れているのでしょうか、重いとは思ったことも御座いません」
程なく、前方に明かりが見えてきた。
明かりは、松林の中に建っている土蔵造りの建物から洩れていた。どっしりとした造りの、意外と大きな建物である。
土蔵の入口には竹槍を持った狸が見張りに立っていた。所在無げであるが、目付きは鋭く、油断は全然していないようだ。
時太郎たちは茂みに隠れている。千代吉は二人に囁いた。
「あの建物の中に、狸穴の武器があるのです」
「見張りがいるわね」
お花の言葉に千代吉は頷いた。
「ええ、お二人を助けたときのような手は使えません。この建物を見張る狸は、母上が特に選んだ精鋭ですから。しかし裏側に回れば、わたくしだけが知っている裏口があるはずです。そこから中へ入りましょう」
案内しようと歩き出した千代吉は、時太郎の様子に立ち止まった。
「あの……時太郎さま?」
「ん……」
時太郎は、ぼんやりしていたようだ。
なぜだかひどく切迫した危機を感じてならない。ちりちりと首筋に熱いものを感じて、いても立っても居られない気分である。
なんだろう?
時太郎は内心で何度となく首を捻っていた。お花は心配そうな目で時太郎を見ている。
そんな迷いを振り払い、時太郎は千代吉にきっぱりと話しかけた。
「とにかく中へ案内してくれ」
千代吉は頷き、歩き出した。ちょこちょこと手足を動かして先導する。
時太郎とお花も四つん這いになって後に続いた。
見張りの目の届かない場所を選び、そろそろと回り込む。
ようやく一行は、土蔵の裏側へと出た。
裏側には粗末な小屋が土蔵の壁に接するようにして建てられている。その小屋の戸を開いて、千代吉は二人を案内した。
中に入って千代吉はほっと溜息をついた。内部にはごたごたと荷物が山積みになっていて、埃っぽい。
「なんとか見つからず、ここまで来られました。実は、この小屋は土蔵と繋がっているのですが、今は誰も使っていないので、土蔵に入る入口があることは皆、忘れ果てております。これがそうです」
荷物の間に細い隙間がある。体を捻らないと入り込めないが、確かに入口のようだ。この荷物が目隠しになって、そこに入口があることは判らなくなっているのだろう。
時太郎は先頭に立って隙間に身体を捻じ込んだ。土蔵の中に入ると、そこもまた荷物に占領されている。
内部を覗き込んだ時太郎は「はっ!」と緊張した。
誰か居る……。
後から入ってこようとしているお花に振り向き、囁きかける。
「待て! 先客が居るぜ」
「本当?」
お花は時太郎の肩越しに覗き込んだ。驚きのあまり、声を立てそうになるのを慌てて自分の手で口を押さえる。
「あれって……」
「うん」と時太郎は頷いた。土蔵の中に居たのは何と、おみつ御前だった。
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