河童戦記

万卜人

文字の大きさ
92 / 124
大極殿の巻

しおりを挟む
 ぶるぶるという震動に、木戸甚左衛門は懐を探った。移動行動電話ケータイの着信だ。画面を開くと電子矢文メールが一行「見ツケタ!」とある。信太屋敷に残した賽博格サイボーグの目玉が連絡を寄越して来たのだろう。
 急いで添付されている画像を開くと、時姫の息子の時太郎がはっきりと画面に捉えられている。
 ふっと甚左衛門は頬に皮肉な笑みを浮かべる。生憎だが、もう時太郎は自分にとって関わりのない相手である。今の甚左衛門は、いるかいないか判らない〈御門〉のことより、新たな展望に突き動かされている。
 空を飛ぶ船……。
 南蛮人はその船に乗り、光の速度よりさらに早くそらを旅するという。そのことを聞かされた時、甚左衛門の胸に南蛮人の船に乗り込むという熱情が生まれたのである。
 おれのうつわにとって、この星は狭すぎる……。
 気負いも無く、そう思う。
「甚左衛門!」
 甲高い緒方上総ノ介の声に甚左衛門は「はっ」と短く返事をして、するすると階段を駆け上がり、天守閣へと登っていった。
 八角形の破槌はづち城天守の窓近くに、上総ノ介が夕日を浴びて立っている。その側には南蛮人の狂弥斎きょうやさいという男がひっそりと控えていた。
「京の二輪車うま揃え、準備は進んでおるか!」
 甚左衛門はさっと膝をつき、畏まった。
「言うには及ばず、準備はおさおさ怠り無く、今頃は藤四郎殿の手配りにより、都大路に麾下の将が集合いたしおり候……」
「うむ」と、上総ノ介は大きく頷いた。上機嫌である。
 ぐっと身体を乗り出して窓越しに彌環びわ湖を見下ろした。湖面にはぎらぎらとした夕日が反射し、天守閣の内部を赤々と照らしていた。
 上総ノ介は隣に控えている狂弥斎を見やった。
「狂弥斎! それでは例の計画、始めようぞ!」
 南蛮人は微かに頷いた。
「いつでも出発できます……。後は、殿のご命令を待つのみ」
 相変わらずひそひそとした喋り方である。軽く一礼をすると、狂弥斎は静かに階段を降りていく。それを見送り、甚左衛門は上総ノ介に訊ねた。
「殿、本気で御座いますか?」
「ん?」と上総ノ介が意外そうに甚左衛門を見た。
「そち、まだ信じられぬのか?」
「はあ……」
 甚左衛門は恐縮した。上総ノ介の胸で「人生五十年……」と敦盛の一節が聞こえてくる。上総ノ介の移動行動電話の着信音である。取り出し、耳に当て上総ノ介は大きく頷く。
「用意ができたようじゃ」
 上総ノ介は窓に身を乗り出す。甚左衛門も身を乗り出し、外を眺めた。
 城の外観は大きく変わっている。城の中庭は総て木の板に覆われ、そこから巨大な帆柱が突っ立っていた。
「帆を揚げ──っ!」
 城のあちこちで水主かこが声を上げる。この計画のため倶鬼くきから呼び寄せた御仁おに衆たちだ。
 青光りした身体に頭から突き出した二本の角。傀儡くぐつに負けず劣らず怪力の持ち主である。帆柱には無数の御仁衆の水主が取り付き、緒方家の家紋である九曜星を染め抜いた三角帆を広げていた。
 ごとごとごと……と、城の全体が震えだした。
 風を感じる。
 外の景色が動いている。城が動いているのだ。
 破槌城の前面は長い坂になっている。その坂を、城はゆっくりと滑り落ちていた。
 ざざあ──と城は彌環湖に突っ込んだ。
 着水の衝撃で、ざばーっと巨大な水飛沫が上がる。あまりに大きく、その高さは城の天守まで達するほどである。
 上総ノ介が「ほーっ、ほっほっほっ!」と鳥のような叫び声を上げていた。
 笑い声らしい。
 甚左衛門を振り向き、声を掛ける。
「甚左衛門! 上首尾じゃぞ! 見よ!」
 その言葉に甚左衛門は上総ノ介の隣に歩み寄り、窓から彌環湖を見下ろした。
 ついに破槌城に帆が掲がった。
 巨大な三角帆は一杯に向かい風を受け、城は風に逆らって前方に進んでいく。
「甚左衛門、彌環湖は京の都に続いておる。この破槌城の姿は、京の公卿どもの肝をひしいでやるに充分じゃ! もはや〈御門〉めに面会させぬとは言わせん!」
 上総ノ介は目を輝かせていた。
 城がそのまま帆船になるという案を思いついたのは上総ノ介本人である。狂弥斎は上総ノ介のその思い付きを実行に移せるよう、城を改造したに過ぎない。
「これを手はじめに、いつか浮かぶ城を連ねた無敵艦隊アルマダを編成するのじゃ!」
 甚左衛門は改めて上総ノ介の独創性に感嘆していた。
 これなら殿は〈御門〉に無理やり面会を叶えるかもしれないな──おれには関係ないことだが。
 しかし……。
 甚左衛門は上総ノ介に気付かれないよう、微かな笑いを浮かべた。ちょっと悪戯してやれ、と思ったのである。
 甚左衛門は懐の移動行動電話を操作した。時太郎の画像情報を転送する。
 あて先は、関白太政大臣の藤原義明である。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

三十年後に届いた白い手紙

RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。 彼は最後まで、何も語らなかった。 その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。 戴冠舞踏会の夜。 公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。 それは復讐でも、告発でもない。 三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、 「渡されなかった約束」のための手紙だった。 沈黙のまま命を捨てた男と、 三十年、ただ待ち続けた女。 そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。 これは、 遅れて届いた手紙が、 人生と運命を静かに書き換えていく物語。

さようなら婚約者

あんど もあ
ファンタジー
アンジュは、五年間虐げられた婚約者から婚約破棄を告げられる。翌日、カバン一つを持って五年住んだ婚約者の家を去るアンジュ。一方、婚約者は…。

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

〈完結〉遅効性の毒

ごろごろみかん。
ファンタジー
「結婚されても、私は傍にいます。彼が、望むなら」 悲恋に酔う彼女に私は笑った。 そんなに私の立場が欲しいなら譲ってあげる。

【完結】辺境に飛ばされた子爵令嬢、前世の経営知識で大商会を作ったら王都がひれ伏したし、隣国のハイスペ王子とも結婚できました

いっぺいちゃん
ファンタジー
婚約破棄、そして辺境送り――。 子爵令嬢マリエールの運命は、結婚式直前に無惨にも断ち切られた。 「辺境の館で余生を送れ。もうお前は必要ない」 冷酷に告げた婚約者により、社交界から追放された彼女。 しかし、マリエールには秘密があった。 ――前世の彼女は、一流企業で辣腕を振るった経営コンサルタント。 未開拓の農産物、眠る鉱山資源、誠実で働き者の人々。 「必要ない」と切り捨てられた辺境には、未来を切り拓く力があった。 物流網を整え、作物をブランド化し、やがて「大商会」を設立! 数年で辺境は“商業帝国”と呼ばれるまでに発展していく。 さらに隣国の完璧王子から熱烈な求婚を受け、愛も手に入れるマリエール。 一方で、税収激減に苦しむ王都は彼女に救いを求めて―― 「必要ないとおっしゃったのは、そちらでしょう?」 これは、追放令嬢が“経営知識”で国を動かし、 ざまぁと恋と繁栄を手に入れる逆転サクセスストーリー! ※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。

処理中です...