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喪月の巻
一
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藍月は紅月へ、じりじりと近づいている。紅月の引力が藍月を捉え、引き寄せる。その中間に〈御舟〉は、立ちはだかった。
双つの月に比べて〈御舟〉は、まったく取るに足らない小ささだ。しかし、かつて〈御舟〉は持てる超科学力で双つの月を本来の軌道から引き剥がし、この場所に置いたのだった。
しかし、その際には時間の制限は一切なく、ゆるゆると数年間という期間を置いて移動させたのである。
今回、再び〈御舟〉は、月の移動という信じ難い結果を残さねばならない。ところが、時間は僅か数時間──いや、藍月が紅月の引力圏に捉えられ、その潮汐力で引き裂かれる前に本来の軌道に押し戻さねばならない。
操舵室で時姫は、じっと受像機に映し出される藍月を見つめている。
時姫自身は艾薩克牛頓による万有引力の理論も、阿爾伯特愛因斯坦の相対性理論も知らない。ただ危機に対処する覚悟だけが行動させている。時姫の指令は操舵室の隅々まで行き届いていた。装置に対処する総ての検非違使は時姫の意思のまま、破滅的な任務を冷静に進めている。
「重力制御装置出力全開! 藍月を捉えます……」
〈御舟〉の重力制御装置から重力波が照射され、藍月を絡め取る。操舵室の受像機には刻一刻と変化する状態の数値が目まぐるしく表示されている。
時姫はその数値には目をやらない。もっとも凝視したところで、まったく理解することすらできないだろうが。
ただじっと〝声〟に耳を澄ませているだけだった。
がくん! と、操舵室全体が震動した。
考えられないことだった。
驚異的な重力工学の結果、どのような加速も瞬時に吸収し、船内に僅かの震動も感じさせない設計になっている〈御舟〉の船内が震えたのである。これがどれほど船体に打撃を与えているか、もし知っていたら時姫は、こうして悠然としてはいられなかったことだろう。
もしも本来の資格を持つ操縦士が指揮を執っていたら、即座に計画の中止を決めるほどの異常である。
みしみしみし……と〈御舟〉の構造体すべてが悲鳴を上げている。たった一隻で、巨大な質量である藍月の軌道を押し戻そうとする絶望的な戦いに、船体は今にもばらばらに分解する寸前だった。
藍月の軌道は僅かに変化した。ただし僅か、である。たったこれだけの変化を生じさせるため〈御舟〉の主出力装置である物質・反物質炉には怖ろしいほどの過負荷がかけられている。藍月の軌道を変える出力は熱に変換され、〈御舟〉の周りに新星が誕生するかのような強烈な赤外線となって放出されている。
検非違使たちの様子に変わりはない。
が、触れれば切れそうな緊張感が、辺りに満ち満ちていた。
時姫は目を閉じ、最後のときを待ち受けた。
双つの月に比べて〈御舟〉は、まったく取るに足らない小ささだ。しかし、かつて〈御舟〉は持てる超科学力で双つの月を本来の軌道から引き剥がし、この場所に置いたのだった。
しかし、その際には時間の制限は一切なく、ゆるゆると数年間という期間を置いて移動させたのである。
今回、再び〈御舟〉は、月の移動という信じ難い結果を残さねばならない。ところが、時間は僅か数時間──いや、藍月が紅月の引力圏に捉えられ、その潮汐力で引き裂かれる前に本来の軌道に押し戻さねばならない。
操舵室で時姫は、じっと受像機に映し出される藍月を見つめている。
時姫自身は艾薩克牛頓による万有引力の理論も、阿爾伯特愛因斯坦の相対性理論も知らない。ただ危機に対処する覚悟だけが行動させている。時姫の指令は操舵室の隅々まで行き届いていた。装置に対処する総ての検非違使は時姫の意思のまま、破滅的な任務を冷静に進めている。
「重力制御装置出力全開! 藍月を捉えます……」
〈御舟〉の重力制御装置から重力波が照射され、藍月を絡め取る。操舵室の受像機には刻一刻と変化する状態の数値が目まぐるしく表示されている。
時姫はその数値には目をやらない。もっとも凝視したところで、まったく理解することすらできないだろうが。
ただじっと〝声〟に耳を澄ませているだけだった。
がくん! と、操舵室全体が震動した。
考えられないことだった。
驚異的な重力工学の結果、どのような加速も瞬時に吸収し、船内に僅かの震動も感じさせない設計になっている〈御舟〉の船内が震えたのである。これがどれほど船体に打撃を与えているか、もし知っていたら時姫は、こうして悠然としてはいられなかったことだろう。
もしも本来の資格を持つ操縦士が指揮を執っていたら、即座に計画の中止を決めるほどの異常である。
みしみしみし……と〈御舟〉の構造体すべてが悲鳴を上げている。たった一隻で、巨大な質量である藍月の軌道を押し戻そうとする絶望的な戦いに、船体は今にもばらばらに分解する寸前だった。
藍月の軌道は僅かに変化した。ただし僅か、である。たったこれだけの変化を生じさせるため〈御舟〉の主出力装置である物質・反物質炉には怖ろしいほどの過負荷がかけられている。藍月の軌道を変える出力は熱に変換され、〈御舟〉の周りに新星が誕生するかのような強烈な赤外線となって放出されている。
検非違使たちの様子に変わりはない。
が、触れれば切れそうな緊張感が、辺りに満ち満ちていた。
時姫は目を閉じ、最後のときを待ち受けた。
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