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第七話 タイミング・シート乱れ打ち!
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全員、しばらく無言だった。〝声〟の命令を、じっくりと胸の内で咀嚼していたのである。
「設定がないと、これから向かう……確か、バートル国とか聞いたな……は存在しないと言っていたな」
山田が、のそのそとした口調で口火を切った。
洋子が大きく頷いた。
「そうよ! あたしたちが設定を描かないと、どこにも行けない話しよね。本当かしら」
「冗談じゃねえ!」
むかむかとした怒りに、市川は思わず手近の椅子を蹴り飛ばした。
椅子は、どっしりとして、市川が蹴っただけでは、びくとも動かない。市川の爪先が痛んだだけであった。
「痛てててて……!」
爪先を抱え、ぴょんぴょんと飛び跳ねる市川を、洋子は唇の端に笑いを浮かべ、皮肉そうな表情で眺めている。
洋子の表情を目にして、なぜか市川は、さらに荒れ狂った。
「何が可笑しいっ! おれは絶対、あいつの命令なんか、御免だからなっ! キャラクターを描けだって? 厭だっ! 金輪際、何が何でも、一切合財……」
後は語彙が貧弱で、続かない。
ともかく妙な〝声〟のお告げなど「はい、そうですか」と従う気には金輪際なれなかった。
山田はポカンとした表情を浮かべ「呆れたな」と言わんばかりに口を丸くしている。
「おいおい、市川君。何をそんなに臍を曲げているんだ? 君は、現実世界へ戻りたくはないのか?」
山田に問い詰められ、市川は渋々ながら頷いた。
「そりゃあ、いつまでもこんな気違いじみた世界に島流しなんて、御免だよ」
山田は首を振った。
「それじゃあ、すぐ仕事に取り掛からないと……。おれは、バートル国の設定……王宮とか、城下町を設定するから、君は町の住民や、王様、兵士、お姫様の設定を頼む」
市川は、歯を食い縛った。
じろりと一同を見やり、呻く。
「本当に帰れるのか? おまえら、あの〝声〟の言葉を信じるのか?」
「市川っ! いい加減にしろっ!」
堪りかねて、それまで無言だった新庄が大声を上げた。顔は真っ赤に染まり、眉間には深々と皴が刻まれている。
「おれは御免だぞ! おれには、家族がいるんだ! 女房に、子供に、それに『タップ』の社員にも責任がある。こんな世界で、引っ掛かっていられねえんだ。それに、何としても『蒸汽帝国』をものにしねえと、会社が立ちゆかねえ……」
最後の台詞で、新庄は「あっ」と口を押さえた。が、もう遅い。山田は立ち竦んでいる新庄を凝視していた。
洋子がポツリと呟いた。
「平ちゃん……」
山田は、チラリと洋子を見ると、新庄に向き直った。
「新庄さん、そりゃ本当か? 会社が危ないのか?」
新庄は、がくりとソファにへたりこんだ。顔色は元に戻っている。両手を握り締め、視線を床に落としている。
山田は静かに話し掛けた。
「説明してくれないか?」
新庄は自棄になったように、不貞腐れた顔を上げて、全員を見回す。
「ああ、本当だ」
「設定がないと、これから向かう……確か、バートル国とか聞いたな……は存在しないと言っていたな」
山田が、のそのそとした口調で口火を切った。
洋子が大きく頷いた。
「そうよ! あたしたちが設定を描かないと、どこにも行けない話しよね。本当かしら」
「冗談じゃねえ!」
むかむかとした怒りに、市川は思わず手近の椅子を蹴り飛ばした。
椅子は、どっしりとして、市川が蹴っただけでは、びくとも動かない。市川の爪先が痛んだだけであった。
「痛てててて……!」
爪先を抱え、ぴょんぴょんと飛び跳ねる市川を、洋子は唇の端に笑いを浮かべ、皮肉そうな表情で眺めている。
洋子の表情を目にして、なぜか市川は、さらに荒れ狂った。
「何が可笑しいっ! おれは絶対、あいつの命令なんか、御免だからなっ! キャラクターを描けだって? 厭だっ! 金輪際、何が何でも、一切合財……」
後は語彙が貧弱で、続かない。
ともかく妙な〝声〟のお告げなど「はい、そうですか」と従う気には金輪際なれなかった。
山田はポカンとした表情を浮かべ「呆れたな」と言わんばかりに口を丸くしている。
「おいおい、市川君。何をそんなに臍を曲げているんだ? 君は、現実世界へ戻りたくはないのか?」
山田に問い詰められ、市川は渋々ながら頷いた。
「そりゃあ、いつまでもこんな気違いじみた世界に島流しなんて、御免だよ」
山田は首を振った。
「それじゃあ、すぐ仕事に取り掛からないと……。おれは、バートル国の設定……王宮とか、城下町を設定するから、君は町の住民や、王様、兵士、お姫様の設定を頼む」
市川は、歯を食い縛った。
じろりと一同を見やり、呻く。
「本当に帰れるのか? おまえら、あの〝声〟の言葉を信じるのか?」
「市川っ! いい加減にしろっ!」
堪りかねて、それまで無言だった新庄が大声を上げた。顔は真っ赤に染まり、眉間には深々と皴が刻まれている。
「おれは御免だぞ! おれには、家族がいるんだ! 女房に、子供に、それに『タップ』の社員にも責任がある。こんな世界で、引っ掛かっていられねえんだ。それに、何としても『蒸汽帝国』をものにしねえと、会社が立ちゆかねえ……」
最後の台詞で、新庄は「あっ」と口を押さえた。が、もう遅い。山田は立ち竦んでいる新庄を凝視していた。
洋子がポツリと呟いた。
「平ちゃん……」
山田は、チラリと洋子を見ると、新庄に向き直った。
「新庄さん、そりゃ本当か? 会社が危ないのか?」
新庄は、がくりとソファにへたりこんだ。顔色は元に戻っている。両手を握り締め、視線を床に落としている。
山田は静かに話し掛けた。
「説明してくれないか?」
新庄は自棄になったように、不貞腐れた顔を上げて、全員を見回す。
「ああ、本当だ」
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