蒸汽帝国~真鍮の乙女~

万卜人

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ロロ村

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 ホルンはパックとニコラ博士の視線を追い、台に近づいた。
「こりゃなんだ、人形かね?」
「ロボットだよ……」
 ニコラ博士がぼそりとつぶやいた。
「ロボット……? なんだね、それは」
「人間そっくりに造られ、人間とおなじように考え、行動するものだ。この研究が完成すれば、そこにあるロボットは話し、考え、そして歩くようになる……もうすこしで、このロボットは、思考能力をもつようになるところだったのだが……」
 ニコラは悔しそうに、近くの機械をどん、と叩いた。
 ホルンは首をふった。
「そんなものを造ってどうするというんだ? 人間そっくりに動く人形など、おれは都会でさんざん見ているよ。チェスをしたり、絵を描いたりするやつだ……」
 ホルンの言葉に、博士はきっとなった。
「そんなのはロボットとはいえん!  精巧な作り物だが自動的に動くただの玩具じゃないか!  わしらの作ろうとしているのは、人間と同じように考え、行動するものなんだ!」
「それがそうだというのかね?」
 ホルンは人形にむけ顎をしゃくった。
 ニコラはうなずいた。
「そうさ。もしこの研究が完成すれば、われわれは人間以外の知的なパートナーを得ることができる。すばらしいことじゃないか?」
 ホルンはゆっくりと首をふった。
「おれにはわからんよ……。そんなものができてもたぶん、あたらしいごたごたのもとになるんじゃないのかな?」
 これには博士もぐっとなったようだった。
 ホルンの背後から顔を出したのはミリィだった。
「これ、女の子なの?」
 目をきらきらとさせ、台に横たわっている人形を見つめている。
 ミリィの質問に、博士はなぜか顔をあからめた。
「うん、まあ……どうせ造るならそのほうが造りがいがあるからな」
「これ、本当に動くようになるの?」
「そのつもりだが……」
 ミリィは興奮した。
「ねえねえ、動かして見せてよ! あたし、見たい!」
 博士はゆっくりと首をふった。
「これを見てくれ……この有様だ。実験は失敗だった」
 博士は絶望的な表情で地下室を見渡した。地下室の機械はほとんど水浸しになり、ボイラーの釜にはひびがはいっている。
 なあんだ、とミリィは肩をすくめた。
「つまんないの……」
 でも! とまた顔を輝かせる。
「つぎに実験するのいつ? その時あたしもこの……ロボットだっけ?……動くところ見たいな! ねえ、パック!」
 だしぬけに名前を呼ばれ、パックはミリィに顔をねじ向けた。ミリィは無邪気に、パックに質問してきた。
「あんた、この女の子動くところ見たの?」
 パックはニコラ博士を見た。
 老人はうなずいた。
「ああ、動くことは動いたけどね」
「すごいじゃないの! あたし、サックさんがなんと言おうと、この研究続けるべきだと思うわ!」
 ミリィの言葉に、博士はにんまりと笑みをうかべた。結構単純な性格である。
「そう思うかね?」
「そうよ! だってすばらしいじゃない! こんな綺麗なお人形が喋ったり、あたしたちと同じように動くなんて!」
 ミリィの反応に、パックとホルンはあっけにとられていた。
「なるほどな……」
 ホルンは顎鬚をぼりぼりとかいていた。
「あのう……」
 天井から声がふってきてみな上を見上げる。
 メイサが地下室につづく梯子の上から顔をのぞかせていた。
「どうでもいいけど、お掃除しないと今夜寝ることもできないんじゃないかしら。いまのうちから、お片付けしませんこと?」
 ニコラ博士はうなずいた。
「まったくだ。そのことについては、すっかり忘れていたよ」
 博士は梯子をのぼっていった。
 メイサはミリィに声をかけた。
「ミリィ、そんなところにいつまでもいないで上がってらっしゃいな。そこは水びたしで冷えるでしょ?」
 はあい、と返事をしてミリィは梯子を上っていく。
 あとに残されたパックとホルンは、顔を見合わせた。
 ホルンはパックを見おろし、腰に手を当てた。
「さてと……お前にはすこしばかり言うことがあるな」
 うん、とパックはうつむいた。
 ホルンの言うことがある、というのはわかっている。
「いったいなにが面白くてあの博士の手伝いをしているんだ? おれの仕事は面白くないか?」
 ううん、とパックは首をふった。
 そんなことはない。
 父親のホルンはこのロロ村で鍛冶屋をやっている。鉄を鍛え、農具やさまざまな道具を造ったり、修理したりしている。パックは子供のころから父親の仕事を手伝っていた。ホルンの仕事はそれはそれで面白かった。
 真赤な鉄の固まりが、ホルンのハンマーによって鍛えられ、やがていろんな形になっていくのを見守るのは、わくわくする経験だ。
 パックは顔を上げた。
「父さん、父さんの仕事は面白いよ。でも、ここでの博士の手伝いもおなじくらい面白いんだ」
 そうか、ホルンはかすかに肩をおとした。
 ホルンは手をのばし、パックの肩に手をかけた。
「家に帰ろう。もう遅い」
 ふたりは地下室から出た。
 一階にもどるとミリィの母親のメイサが腕まくりをして、博士を手伝ってあと片付けをしているところだった。老人はあまり役立っておらず、メイサのあとをうろうろとついてまわっているだけだった。彼女はてきぱきと働き、床にモップをかけたり、割れているガラスを集めていたりしている。
 メイサはホルンとパックに顔を向けて、にっこりと笑いかけた。
「ホルンさん、ここですこしばかり後片付けのお手伝いをしていきますから、帰りは遅くなります。食事はミリィが作りますから。よろしいですね?」
 メイサはパックとホルンのため、朝食と夕食の用意をする習慣だった。ホルンはその礼に、毎月いくばくかの謝礼を渡している。
 ホルンはあきらめたようにうなずいた。彼女のことはよく知っている。目の前にこのような惨状があれば、それが他人の家であれ手を出さずにいられないのが彼女なのだ。
 パックは驚いてミリィを見た。
「ミリィが料理するのか?」
 彼女が料理するところなど、パックは見たことがない。ミリィはつん、と顔をそらせた。
「あら、あたしだって料理くらいするのよ!」
 へえ、そうかとパックは頭をかいた。
 ホルンは首をふった。
「奥さん、ひとりでは片付きませんよ。おれも手伝いましょう」
 あらあら、とメイサは手をふった。
「大丈夫ですわよ! ここはあたしにまかせて家に帰ってらっしゃいな。ミリィ、後は頼んだわ!」
 はあい、とミリィは答える。
 悪戯っぽい目つきでパックを見ると手を伸ばし、ぐいっと腕をつかんだ。
「さあ、家へ帰りましょ!」
 もう一方の手でホルンの腕をつかんだ。両手にホルンとパックの二人の腕をつかみ、ぐいぐいと引っ張る。
 パックは後ろをふりかえった。メイサがちょこまかと動きまわり、後片付けをしている。ホルンを見上げ口を開いた。
「父さん、やっぱりおれ、メイサ叔母さんの手伝いをするよ!」
 ホルンはうん、とうなずいた。
「いってこい!」
 パックは無理やりミリィの手をふりほどくと、博士の家へ走り出した。
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