蒸汽帝国~真鍮の乙女~

万卜人

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伝説

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 そうこうするうち、学校の建物が見えてくる。
 二階建ての、木造の校舎である。校庭が前に広がり、背後には杉林がせまっていた。
 パックたちは、三つある教室の、上級生の教室に入った。教室はあと下級生、初年組みのクラスに分かれている。
 教室に入ると、すでにギャンが席についていた。ギャンのまわりには、いつもの取り巻きが椅子に腰掛けていたり、あるいは立っていたり、おもいおもいに取り囲んでいる。
 パックが教室にはいると、いっせいに視線を動かし、じいーっと睨んで来た。
「怖い……」
 ミリィはパックの後ろに隠れるようにしてつぶやいた。
 それほど、ギャンたちの今日の様子はふだんと違い、殺気立っていた。
 どういうことだろう。
 パックは内心首をかしげつつ、自分の席についた。パックの席は、ギャンからいちばん遠いところにある。
 のろのろと、ミリィも自分の席についた。ミリィの席は、パックとギャンの中間にある。
 いつもなら、先生がくるまで、教室の中はざわついてうるさいほどなのだが、今日は張り詰めた空気に気づいていたのか、生徒たちは妙に静かだった。パックとギャンの間には、電流のように敵意が交わされているようだった。
 からり、と教室の引き戸が開き、教師が姿をあらわした。
 担任のカース先生である。
 年は五十を少し越している、ふっくらと太って、目にやさしげな笑い皺をきざんだ、女性の教師だ。
 教室に踏み込んだカース先生は、異様な空気に一瞬たじろいだが、それでも平静に戻り、教壇にたつと口を開いた。
「みなさん、お早うございます」
 お早うございます!
 生徒が一斉に返事をする。
 パックはギャンが返事をせず、だらりと椅子に背をもたれさせ、皮肉な笑みを浮かべているのをちらりと目の隅で確認していた。
 カースはにこやかな口調で続けた。
「今日は歴史の授業です。みなさん、このロロ村が十二年前、コラル帝国の版図に組み込まれたのはご存知ですね。ではそれ以前、ロロ村はどの版図にあったのでしょうか?」
 生徒に背を向けると、カースは黒板に字を書いていった。
 
 コラル帝国
 スリン共和国
 
「そうです、それまでは、このロロ村はスリン共和国の所属でした。しかし十二年前に、共和国と帝国の間に戦争が勃発し、共和国は滅びました。それ以来、ロロ村はコラル帝国の、信託統治領となったのです」
「先生、質問です!」
 今年、はじめて上級組みに入ってきたオランという女の子が手をあげた。金髪を三つ編みにして、赤い縁の眼鏡をかけている。ふだんは目立たないが、勉強はよくできる。
 カースはうなずいた。
「はい、オランさん。なんですか?」
「コラル帝国と、スリン共和国の間でおきた戦争の原因はなんですか?」
「良い質問ですね。十年前、スリン共和国は隣国のゴロスに宣戦布告しました。ゴロスはコラル帝国の保護領だったので、すぐさま帝国はゴロス領に進軍を開始、戦端が開かれたのです。
 戦況は、最初共和国に有利でしたが、やがて帝国軍が押し返し、わずか一ヶ月で戦争は終結しました。共和国のスリン大統領は、国軍の崩壊直前、逃亡し、いまは行方が知れません。噂では、ゲリラを組織し、共和国再興を画していると言われますが、あくまで噂です。
 このコラル帝国は、もともと百五十年くらいまえ最初の萌芽が見られ、当時の風雲に乗じてひとりの皇帝が誕生して……」
 授業はコラル帝国の歴史にうつり、パックはうつらうつらしはじめた。カース先生の声は子守唄のように心地よい。
 と、パックの頬になにか当たった。
 なんだろうと目を開けると、机に丸めた紙が落ちている。
 きょろきょろと教室を見回すと、ギャンがパックを睨みつけている。
 ギャンは意味ありげな目つきで、丸めた紙に視線をやった。
 パックは紙をとりあげ、ひろげた。
 ギャンの字でこうある。
 
 放課後、会いたし
 
 ギャンは、じっとパックの目を見つめ返した。
 やれやれ……。
 パックは肩をすくめた。
 わかった、という風にパックはうなずいて見せた。
 ギャンはにやりと笑い、目をそらした。
 そのふたりのやりとりを、ミリィが見ていたことをパックは知らなかった。
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