蒸汽帝国~真鍮の乙女~

万卜人

文字の大きさ
上 下
43 / 279
日常

しおりを挟む
 聖剣が折れたというニュースは、たちまち村にひろまった。
 パックの家には、村人たちが入れ替わり立ち代り訪れ、持ち帰った剣を見にやってくるのだった。
 剣はホルンの手により、壁にあらたに棚を作って、そこに置かれることになった。まさか、そこらの道具箱に、放り込むことなど出来まい、というのが、ホルンの弁であった。
 まじまじと折れた剣をのぞきこみ、村人の一人が口を開いた。
「ホルンさん、どう思うね。剣が折れるなんて、不吉なきざしとしか思えんが」
 うーむ、とホルンは家の作業場で、鋤や鍬の修理の手をとめうなった。
「そんなこと、おれにはわからん。鍛冶屋のおれの目で見ると、この剣におかしなところはなにもないが……確かに昔の達人の技がふるわれていることはわかるがな」
 次の質問は剣のことだった。
「この剣、もとにもどせるかね?」
 この質問にも、ホルンは首を横にふるのが常だった。
「パック、いったいなにがあったんだね? 村のみんなは十三才になると、必ず剣に触れることになっておるが、引き抜いた者など聞いたことはない。なぜお前が、そんなことできたんだ?」
 村人に尋ねられ、パックは困ってしまった。
 いったいなにがあったのか、一番知りたいのはパックのほうである。
 やってくる村人は、判で押したように同じことをふたりに質問する。ふたりは同じことを答えるしかない。
 わかりません、と。
 物見高い村人たちの中に、ギャンの顔を認め、パックはうんざりとなった。
 ギャンの目は、冷たく執念深いひかりをたたえていた。
 またなにか、よからぬことを企んでいるに違いない。
 その村人のなかに、情報屋コールの姿もあり、熱心に村人たちの話を聞いている。
 このときこそ、情報集めの好機とはりきっているのだろう。
 背の低いコールは、ちょこまかと走り回って油断ないひかりを目にたたえ、聞き耳をたてているのがパックにはおかしかった。
しおりを挟む

処理中です...