蒸汽帝国~真鍮の乙女~

万卜人

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記憶

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 人間だった。
 数十人の人間が、森の開けた場所でおたがいにらみ合っていた。手には原始的な棍棒のような武器を持っている。
 かれらは時折鋭い声でおたがいを罵りあい、敵意をむきだしにしていた。しかしまだ戦いの決意はつきかねるようで、にらみ合いを続けているだけである。
 しかしかれらの燃えるような殺意、敵意は生き物の感覚に痛いほど響いていた。
 生き物は昂揚感につつまれていた。
 これだ!
 この憎悪と恐怖、相手を殺したいという明確な意思!
 強烈な感情の発露に、生き物は全身でその感情をすすっていた。
 やがてふたつの人間の集団は、おたがい決意が高まったのか、やにわに激突した。
 武器と武器が噛みあい、たちまちあたりはむごたらしい戦場となった。その苦痛と恐怖、むき出しの殺意に、生き物はうっとりとなっていた。地面には血だまりができ、苦痛でうめく人間がのたうちまわっている。
 やがて戦いは決着がついたのか、敗れた集団はよろよろとおたがいの肩を支えあい、逃げ出していった。勝利したほうも、追う気力もなく、勝利の雄たけびをあげるのが精一杯というところだった。
 生き物は初めて見る人間に興味をおぼえ、その姿を真似することにした。集団から少し離れた場所にいたひとりに狙いをしぼり、そっと近づいた。
 狙われた人間は身動きの鈍そうな、太った男だった。生き物が近づくと、気配を感じたのか、ふいにきょろきょろしはじめた。
 生き物は頭上からいきなり飛び降り、男の身体に覆いかぶさった。男は悲鳴をあげる間もなく、一瞬で絶命していた。生き物は大急ぎで男の細胞と自分の細胞を混ぜ合わせ、その姿を盗んでいた。
 生き物はその人間の集団に溶け込んだ。森では様々な人間の集団が暮らし、わずかな食料を奪い合うためお互い憎みあい、殺し合いを繰り返していた。生き物が潜んだ人間の集団はその中でも最大のものだった。
 生き物は貪欲に人間の感情をすすり、成長していった。欲望は無限に膨れ上がった。
 生き物がより効率的に人間の感情を吸収するための努力が、世界に魔法を生み出すこととなった。魔法が世界に浸透するとともに、生き物はより人間の恐怖、憎悪、殺意などの感情を効率的に吸収できるようになっていた。
 
 奇妙なことがおきた。
 魔法は生き物の所属する人間の集団を変えていった。
 その集団は魔法に習熟し、使いこなした。
 そして魔法でみずからを変え始めた。
 より優美に、そして美しく、賢く、種族としての属性を変化させていった。
 それはエルフの祖先であった。
 そのころ、生き物はヘロヘロと名乗っていた。
 ヘロヘロはエルフの祖先とともに生き、成長していった。エルフはヘロヘロの魔力でさらに変化していった。
 かつての原始的な姿は優美なものとなり、森で暮らす種族となったのである。ヘロヘロがエルフの森の記憶を持っていたのも道理である。ヘロヘロはある意味、エルフの祖先でもあったからである。

 そしてついにヘロヘロは自らをこう名乗った。
 魔王と……。
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