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エイダ
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手紙には地図が同封されており、それを頼りにパックはムカデを走らせた。
だんだんあたりは狭苦しい町並みになっていった。
路地の石組みが不ぞろいになり、町並みの建物もみすぼらしくなる。
あたりに漂う腐敗臭に、サンディは眉をしかめた。
「なんだか、臭いわ……」
汗と排泄物、それに腐った食物の匂いが交じり合って独特の臭気を発散させている。道を歩く人々の目はどろんと濁り、ムカデを見ても興味をしめさない。身にまとうのも、いつ洗濯したかわからないほど色あせた襤褸をまとっていた。興味津々にムカデを見上げるのは子供たちくらいのものだ。その子供たちも、靴さえはかず裸足のまま寒さに震えていた。
「こんなところがあったなんて!」
サンディの顔に怒りがさしのぼった。
「こういう大きな都市ではスラム街はつきものだ。身分の上のものは、こういう場所があることを知りながら、存在しないふりを装っている」
ホルンの言葉にサンディはかっ、となった。
「あたしは知らなかった! 知っていたら……」
「知っていたらどうした、というんだね? お嬢さん」
サンディはうつむいた。
目に涙が浮かんでいた。
ようやく住所を探り当て、空き地を見つけてパックはムカデをとめた。
降りる直前、ニコラ博士はムカデの操縦席でなにやら操作している。
「用心のためじゃからな」
つぶやく。
地図にあった住所には古びた二階建ての建物があった。
建物にはふといパイプが何本もまきつくように這い、パイプの先端からはしろい蒸気が盛大に噴きあがっていた。
「蒸気を使っているようじゃな」
鋭い視線をニコラ博士はそれに注いでいた。
ドアのそばにはチャイムのボタンがあった。
それを押すと、家の内部でかろやかな鈴の音が鳴り響く。
やがて足音が聞こえ、ドアが内側から開かれた。
「どなたですかな?」
現れたのは、三十代半ばと思われる、若い男だった。
背が高く、黒い髪の毛を半分顔にたらし、口ひげを生やしている。肌の色は青白く、長い間陽射しを浴びていないようだった。ぎろりと鋭い視線がややうつむき加減の顔のなかで光っている。身にまとっているのは、汚れた白衣である。なぜかその視線はニコラ博士に注がれている。眉間に皺がきざまれ、憎しみといっていい感情が一瞬よぎった。
「失礼、バベジ教授とお見受けするが、新聞で白球のことについて情報があるということなので……」
ホルンの言葉にバベジ教授はうなずいた。
「いかにもわたしはバベジ教授だ。しかしこれほど大勢で押しかけられてくるとは思ってもいなかった……」
まあいい、入りなさいと教授はパックたちを招きいれた。
入って、パックは「うわ!」と立ち止まった。
足の踏み場もない、とはこのことだ。
床のあちこちに本が積みあがり、その間を何本ものパイプがうねうねと這い、天井からは無数の電線が垂れ下がっている。狭い室内には無数の機械が立ち並び、ほそい隙間からようやく道ができているという具合。
「なにを研究なさっておるのですかな?」
それらの機械をじろじろと見てニコラ博士は尋ねた。
「人工知能の研究ですよ」
「なに、人工知能?」
「さよう……わたしが帝国科学院に論文を提出したとき、あなたも審査に同席なさっておいでのはずだ!」
「わしが? そんなことありはせんぞ! 第一、わしは帝国科学院などに所属しておらん」
「馬鹿な! テスラ博士といえば、帝国科学院の代表ではないか!」
だんだんあたりは狭苦しい町並みになっていった。
路地の石組みが不ぞろいになり、町並みの建物もみすぼらしくなる。
あたりに漂う腐敗臭に、サンディは眉をしかめた。
「なんだか、臭いわ……」
汗と排泄物、それに腐った食物の匂いが交じり合って独特の臭気を発散させている。道を歩く人々の目はどろんと濁り、ムカデを見ても興味をしめさない。身にまとうのも、いつ洗濯したかわからないほど色あせた襤褸をまとっていた。興味津々にムカデを見上げるのは子供たちくらいのものだ。その子供たちも、靴さえはかず裸足のまま寒さに震えていた。
「こんなところがあったなんて!」
サンディの顔に怒りがさしのぼった。
「こういう大きな都市ではスラム街はつきものだ。身分の上のものは、こういう場所があることを知りながら、存在しないふりを装っている」
ホルンの言葉にサンディはかっ、となった。
「あたしは知らなかった! 知っていたら……」
「知っていたらどうした、というんだね? お嬢さん」
サンディはうつむいた。
目に涙が浮かんでいた。
ようやく住所を探り当て、空き地を見つけてパックはムカデをとめた。
降りる直前、ニコラ博士はムカデの操縦席でなにやら操作している。
「用心のためじゃからな」
つぶやく。
地図にあった住所には古びた二階建ての建物があった。
建物にはふといパイプが何本もまきつくように這い、パイプの先端からはしろい蒸気が盛大に噴きあがっていた。
「蒸気を使っているようじゃな」
鋭い視線をニコラ博士はそれに注いでいた。
ドアのそばにはチャイムのボタンがあった。
それを押すと、家の内部でかろやかな鈴の音が鳴り響く。
やがて足音が聞こえ、ドアが内側から開かれた。
「どなたですかな?」
現れたのは、三十代半ばと思われる、若い男だった。
背が高く、黒い髪の毛を半分顔にたらし、口ひげを生やしている。肌の色は青白く、長い間陽射しを浴びていないようだった。ぎろりと鋭い視線がややうつむき加減の顔のなかで光っている。身にまとっているのは、汚れた白衣である。なぜかその視線はニコラ博士に注がれている。眉間に皺がきざまれ、憎しみといっていい感情が一瞬よぎった。
「失礼、バベジ教授とお見受けするが、新聞で白球のことについて情報があるということなので……」
ホルンの言葉にバベジ教授はうなずいた。
「いかにもわたしはバベジ教授だ。しかしこれほど大勢で押しかけられてくるとは思ってもいなかった……」
まあいい、入りなさいと教授はパックたちを招きいれた。
入って、パックは「うわ!」と立ち止まった。
足の踏み場もない、とはこのことだ。
床のあちこちに本が積みあがり、その間を何本ものパイプがうねうねと這い、天井からは無数の電線が垂れ下がっている。狭い室内には無数の機械が立ち並び、ほそい隙間からようやく道ができているという具合。
「なにを研究なさっておるのですかな?」
それらの機械をじろじろと見てニコラ博士は尋ねた。
「人工知能の研究ですよ」
「なに、人工知能?」
「さよう……わたしが帝国科学院に論文を提出したとき、あなたも審査に同席なさっておいでのはずだ!」
「わしが? そんなことありはせんぞ! 第一、わしは帝国科学院などに所属しておらん」
「馬鹿な! テスラ博士といえば、帝国科学院の代表ではないか!」
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