蒸汽帝国~真鍮の乙女~

万卜人

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エイダ

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 一行がムカデに乗り込み、見えなくなるとバベジは部屋に戻った。
 ざわわわ……ざわわわ……と部屋の装置が騒がしく音を立てている。
「エイダ……」
 バベジはつぶやいた。
 女の首は目を閉じた。
 ふたりの間の空間に、幻影が出現する。
 それは写真の中に写っていた、あの女性そのものだった。
 女性はにっこりと笑みを浮かべ、手を伸ばしてバベジ教授の頬をなでた。
「あなた……」
 女の口が開き、言葉をつむぎだす。
 バベジはこの思考機械が目覚めてから、かつての妻の思い出をできるかぎり教えてきた。さらに彼女が生存していたころの写真、日記、そして自分で調べた彼女の生い立ちのすべてを教え込んでいたのである。
 そしてついに思考機械はその中に、あり日のエイダの姿を現出させることに成功したのだ。
 最初はぎこちない幻影の姿であったが、試行錯誤を繰り返すうち、まるで本当の妻が生き返ったかのような反応を見せるようになった。
 いつもは幻影のエイダは愛情ぶかい表情でバベジに対しているだけだったが、今日の彼女はどこか寂しそうな笑みを浮かべていた。
「どうした、エイダ?」
 幻影のエイダは首をゆるやかにふった。長い髪がふわりとふくらんだ。
「お別れしなくてはなりません」
「なんだって?」
「もうわたしは姿を現すことをやめなくては……」
「どうしてだ? どうしてそんなことを言う? わたしはお前がいないと……」
「わたしが姿を現してから、あなたはどこへも出かけなくなった。食事もろくにとらず、わたしの相手をしてばかり。今日、お客さまがいらして、はじめてあなたのことが心配になってきたのです。あなたに必要なのは、本当の実体をもった人間のお相手。どうかもう、わたしをお呼びにならないでください」
「そんな……やめてくれ! もう会えないのか?」
 バベジの瞳に涙がわいた。
 いやいやをするように首をふる。
 幻影のエイダはうなずいた。
「さようならあなた……お元気で……」
 幻影は消えた。
 消えた幻影を求めるようにバベジは手を伸ばして空間をさぐっていた。
 がくりと膝をおり、うずくまる。
 その背中が震えていた。
 思考機械のエイダはじっと目を閉じていた。
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