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教皇
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そのとき、牢屋のドアをことことと叩く音に全員はっとなった。
「そこにワフーはいるか? おい、ワフー答えてくれ……」
かすかなためらいがちのかすれ声に、ワフーはぐいと顔を上げた。
「その声はホーバンか?」
かたん、と牢屋のドアの覗き窓が開いた。そこから、ワフーと同年齢くらいの老人の目がのぞいた。
「やはりワフーだったのだな? そうだ、わしだ。ホーバンだよ! 顔を見せてくれ」
よろよろとワフーは立ち上がり、ドアの覗き窓に顔を近づけた。
覗き窓からワフーの顔を確認したホーバンと名乗った老人はすこししりぞく。ついでがちゃがちゃという音がして、いきなりドアが開いた。
「ホーバン!」
叫びかけるワフーに向かい、しっ、とホーバンは指を一本唇にあてた。
「声が高い! だれかに聞かれたらどうする?」
かれはワフーとおなじような粗末なローブをまとっていた。がっしりとした四角い顎をした、背の高い老人だった。太い眉とローブからのぞいた腕はごつごつと筋肉質で、どことなく聖職者というよりは兵士という印象が強い。ミリィのもの問いたげな表情に、ワフーは説明した。
「かれはわしとおなじ僧院で学んだ学友なんじゃ。もうひとりおったのじゃが……とにかく、よく訪ねてくれた。もう、一生会えんと思っておったわい」
ホーバンはにやりと笑った。
「おかしな三人組と、年老いた僧侶が聖堂に連れて行かれたというニュースを聞いてな、もしやと思ったのさ。わしはこっそり物影から覗いてみると、なんと昔懐かしいワフーがおるじゃないか。それでわしは牢番にたらふく酒を飲ませ、寝込んでいるすきに鍵を失敬したというわけだよ。それよりいったい、なにがあったんだ? その額の刻印は奴隷のものだな」
ワフーは額をおさえた。額の火傷は癒えたが、傷跡は醜く残っている。
「神聖冒涜の罪に問われたのさ。例の神秘の書に疑義を申し立てたとされてな」
「神秘の書……」
ホーバンは眉をしかめた。
「あんなまがいもの書物のためわれわれ苦労させられる。あんなもの、書くんでなかった」
その言葉をミリィは聞きとがめた。どういうことだろう。しかしそれを聞くことは控えた。それよりもっと知りたいことがあるからだ。
一歩牢屋に入り込んだホーバンは、ヘロヘロを見てちょっとぎくりとなったようだったが、顔には出さずささやいた。
「いまなら牢番も眠っている。抜け出すならこの時しかないぞ。どうする? 逃げ出すならわしが手伝うが」
おろおろとワフーはホーバンの顔を見て、そしてミリィたちをふり返った。ヘロヘロは肩をすくめた。
「考えることはないだろう? ここに一生いるつもりか?」
「しかし……しかし……」
ホーバンはいらいらし始めた。
「なにをしているんだ! 時間がないんだ。奴隷の生活がいいならそれもいいだろう。だが、おれはお前がそんな境遇になるのは我慢ならん。そこのふたりはワフーのよしみで一緒に来てもよしとしよう。しかしワフーしだいということには変わらない」
ワフーはふたたびミリィとヘロヘロをふり返った。ミリィは祈るようにワフーを見つめた。
その視線をみとめ、ワフーはうなずいた。
「わかった、お前さんに世話になるよ」
「よし、それならすぐにここを出るんだ!」
ホーバンはきびきびとした声で命じた。なんとなく、他人に命令することに慣れているような口ぶりだった。
ミリィは手を挙げた。
「どこへ行くのよ? あたし、親友のケイを助けるまでどこにも行かない!」
じろりとホーバンはワフーを見つめた。
「どういうことだ?」
「じつは……」
ワフーはケイのことを語った。それを聞くホーバンの顔が赤く染まった。その表情に怒りが刻まれている。
「まだそんなことをしておるのか! よし、その娘はなんとしても助けなければ! もう、教皇の愚かしいあがきで、若い命が絶たれるのは沢山だ!」
ホーバンは手招きして一同を外へ出した。
あたりを見回し、かれはドアを閉めると元通り鍵をかけた。
「こっちだ!」
そろそろと足音をしのばせ、歩き出す。
「そこにワフーはいるか? おい、ワフー答えてくれ……」
かすかなためらいがちのかすれ声に、ワフーはぐいと顔を上げた。
「その声はホーバンか?」
かたん、と牢屋のドアの覗き窓が開いた。そこから、ワフーと同年齢くらいの老人の目がのぞいた。
「やはりワフーだったのだな? そうだ、わしだ。ホーバンだよ! 顔を見せてくれ」
よろよろとワフーは立ち上がり、ドアの覗き窓に顔を近づけた。
覗き窓からワフーの顔を確認したホーバンと名乗った老人はすこししりぞく。ついでがちゃがちゃという音がして、いきなりドアが開いた。
「ホーバン!」
叫びかけるワフーに向かい、しっ、とホーバンは指を一本唇にあてた。
「声が高い! だれかに聞かれたらどうする?」
かれはワフーとおなじような粗末なローブをまとっていた。がっしりとした四角い顎をした、背の高い老人だった。太い眉とローブからのぞいた腕はごつごつと筋肉質で、どことなく聖職者というよりは兵士という印象が強い。ミリィのもの問いたげな表情に、ワフーは説明した。
「かれはわしとおなじ僧院で学んだ学友なんじゃ。もうひとりおったのじゃが……とにかく、よく訪ねてくれた。もう、一生会えんと思っておったわい」
ホーバンはにやりと笑った。
「おかしな三人組と、年老いた僧侶が聖堂に連れて行かれたというニュースを聞いてな、もしやと思ったのさ。わしはこっそり物影から覗いてみると、なんと昔懐かしいワフーがおるじゃないか。それでわしは牢番にたらふく酒を飲ませ、寝込んでいるすきに鍵を失敬したというわけだよ。それよりいったい、なにがあったんだ? その額の刻印は奴隷のものだな」
ワフーは額をおさえた。額の火傷は癒えたが、傷跡は醜く残っている。
「神聖冒涜の罪に問われたのさ。例の神秘の書に疑義を申し立てたとされてな」
「神秘の書……」
ホーバンは眉をしかめた。
「あんなまがいもの書物のためわれわれ苦労させられる。あんなもの、書くんでなかった」
その言葉をミリィは聞きとがめた。どういうことだろう。しかしそれを聞くことは控えた。それよりもっと知りたいことがあるからだ。
一歩牢屋に入り込んだホーバンは、ヘロヘロを見てちょっとぎくりとなったようだったが、顔には出さずささやいた。
「いまなら牢番も眠っている。抜け出すならこの時しかないぞ。どうする? 逃げ出すならわしが手伝うが」
おろおろとワフーはホーバンの顔を見て、そしてミリィたちをふり返った。ヘロヘロは肩をすくめた。
「考えることはないだろう? ここに一生いるつもりか?」
「しかし……しかし……」
ホーバンはいらいらし始めた。
「なにをしているんだ! 時間がないんだ。奴隷の生活がいいならそれもいいだろう。だが、おれはお前がそんな境遇になるのは我慢ならん。そこのふたりはワフーのよしみで一緒に来てもよしとしよう。しかしワフーしだいということには変わらない」
ワフーはふたたびミリィとヘロヘロをふり返った。ミリィは祈るようにワフーを見つめた。
その視線をみとめ、ワフーはうなずいた。
「わかった、お前さんに世話になるよ」
「よし、それならすぐにここを出るんだ!」
ホーバンはきびきびとした声で命じた。なんとなく、他人に命令することに慣れているような口ぶりだった。
ミリィは手を挙げた。
「どこへ行くのよ? あたし、親友のケイを助けるまでどこにも行かない!」
じろりとホーバンはワフーを見つめた。
「どういうことだ?」
「じつは……」
ワフーはケイのことを語った。それを聞くホーバンの顔が赤く染まった。その表情に怒りが刻まれている。
「まだそんなことをしておるのか! よし、その娘はなんとしても助けなければ! もう、教皇の愚かしいあがきで、若い命が絶たれるのは沢山だ!」
ホーバンは手招きして一同を外へ出した。
あたりを見回し、かれはドアを閉めると元通り鍵をかけた。
「こっちだ!」
そろそろと足音をしのばせ、歩き出す。
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