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孤立
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いつの間にかサンディは宮廷の奥深くへ進んでいた。衛兵たちの足音も聞こえない。どうやら振り切ることに成功したらしい。この宮殿の内部については、サンディはすみからすみまで知り尽くしている。したがって、追っ手をまくことなど彼女にとっては朝飯前のことだ。サンディはじぶんがどこにいるのか、あたりを見回した。
中庭に面したところにいることに気づき、サンディは皇帝の執務室が近いことを思い出した。
皇帝。
つまり彼女の父親である。
お父さま……。
その言葉を胸でつぶやくサンディの目に、涙があふれた。
考えてみれば、父親ともずいぶん顔を合わしていない。なにしろ実の父とはいえ、帝国の皇帝である。まわりには父を守ると称し、無数の廷臣がとりかこみ、サンディが会おうと思ってもそうは簡単にいくわけもない。
父親に会おう。
サンディは決意し、歩き出した。
執務室のドアを前に、サンディは息を吸い込んだ。
皇帝の執務室というのに、ドアは簡素な一枚板で、まるでどこかの商店のあるじが使用する部屋のようだ。
衛士の姿はない。この廊下に通じる出入り口を守っているのだ。サンディは衛士たちの目の届かない通路を知っていたので、だれにも見咎められることなく、達することができた。
手をあげ、ノックする。
おはいり、という老人の優しげな声が聞こえてきた。
ノブを掴み、サンディは歩み寄った。
はいると、デスクがひとつ窓際にあり、椅子にはひとりの老人が老眼鏡を目にかけ、なにか報告書を読みふけっているところだった。椅子の背後には窓が開け放たれ、中庭のあかるい日差しが部屋に差し込んでいる。
老人はサンディの入室の気配に気づき、顔をあげた。
痩せた顔に、整頓された目鼻立ちが品良くちまちまと収まっている。とても一国の皇帝とは思えない。どこかの図書館の司書といった雰囲気の老人である。しかし、かれこそコラル帝国の皇帝、グレゴリオ四世そのひとだった。
「きみは……」
老人はいいかけ、首をかしげた。
眼鏡をはずし、ハンカチで丁寧に拭くとふたたびかけなおす。しげしげとサンディを見つめているが、その瞳にはなんの表情もうかんでいない。
「お父さま……!」
サンディは老人に近づいた。
皇帝はぎょっとなったようだ。
「だれかね? わしには娘はサンドラひとりしかおらん。ほかに娘はおらんよ」
「まさか! ねえ、お父さま。あたしよ、サンディよ!」
老人はのけぞるようにして驚きの表情を見せた。
「知らん! わしはお前さんのような娘には知り合いはおらんぞ!」
その時、隣の部屋のドアが開き、ひとりの恰幅のいい中年の男がはいってきた。
「なんの騒ぎです?」
フーシェ内務大臣である。かれは部屋にはいるなり、サンディに気づいた。
「だれです? 見慣れない娘だが」
皇帝はすくわれたように大臣を見た。
「わしの娘だと言い張るのだ。いったいなんのことやら……」
「娘……プリンセスだと?」
そう言うと内務大臣は目を細めてサンディを見た。
「嘘をつくにもほどがある! わたしはプリンセスのサンドラ嬢をよく見知っておりますが、彼女とは似ても似つきませんぞ! おい、お前!」
最後の言葉はサンディに向けたものだった。
「いったいどこの娘だ? だいいち、どうやってこの宮廷に入り込んだ?」
サンディは真っ青になった。
内務大臣どころか、父親のグレゴリオ四世までじぶんを知らないと言う!
まるで彼女の足もとががらがらと崩れ、亀裂に飲み込まれるような気分だった。
ばたばたと数人分の足音が近づいてくる。
「曲者だ! 暗殺者かもしれん!」
「まだ若い娘だ……」
「こっちで見かけたと報告があったぞ!」
衛士たちの声が交錯している。
その声に、大臣と皇帝はサンディを見つめた。
「暗殺者……という声が聞こえたな」
フーシェ大臣がゆっくりとつぶやいた。
違う……と、サンディは首をふった。
ふたりはサンディをなんの感情もあらわさない、冷たい表情で見つめた。それは彼女を危険人物と断じる視線であった。
だんだんだん! と、執務室のドアが外部から叩かれた。
「失礼いたします! この付近にあやしい少女が侵入したという報告がありました。なにかありましたでしょうか?」
衛士の声が聞こえてくる。
フーシェ大臣は叫んだ。
「ここにいるぞ! すぐ入って来い!」
がちゃがちゃとノブをまわす音がする。
もう、サンディは留まっているわけには行かないと思った。だっ、と駆け出すとあっけにとられたフーシェの横をすり抜け、開け放たれている窓から外へ飛び出す。
窓から中庭へ。
ちらりと振り返ると、ドアが開き衛兵たちがなだれこんできたところだった。フーシェがサンディのほうを指さし、あれが曲者だと叫んでいる。
彼女はしゃにむに走り出した。
中庭に面したところにいることに気づき、サンディは皇帝の執務室が近いことを思い出した。
皇帝。
つまり彼女の父親である。
お父さま……。
その言葉を胸でつぶやくサンディの目に、涙があふれた。
考えてみれば、父親ともずいぶん顔を合わしていない。なにしろ実の父とはいえ、帝国の皇帝である。まわりには父を守ると称し、無数の廷臣がとりかこみ、サンディが会おうと思ってもそうは簡単にいくわけもない。
父親に会おう。
サンディは決意し、歩き出した。
執務室のドアを前に、サンディは息を吸い込んだ。
皇帝の執務室というのに、ドアは簡素な一枚板で、まるでどこかの商店のあるじが使用する部屋のようだ。
衛士の姿はない。この廊下に通じる出入り口を守っているのだ。サンディは衛士たちの目の届かない通路を知っていたので、だれにも見咎められることなく、達することができた。
手をあげ、ノックする。
おはいり、という老人の優しげな声が聞こえてきた。
ノブを掴み、サンディは歩み寄った。
はいると、デスクがひとつ窓際にあり、椅子にはひとりの老人が老眼鏡を目にかけ、なにか報告書を読みふけっているところだった。椅子の背後には窓が開け放たれ、中庭のあかるい日差しが部屋に差し込んでいる。
老人はサンディの入室の気配に気づき、顔をあげた。
痩せた顔に、整頓された目鼻立ちが品良くちまちまと収まっている。とても一国の皇帝とは思えない。どこかの図書館の司書といった雰囲気の老人である。しかし、かれこそコラル帝国の皇帝、グレゴリオ四世そのひとだった。
「きみは……」
老人はいいかけ、首をかしげた。
眼鏡をはずし、ハンカチで丁寧に拭くとふたたびかけなおす。しげしげとサンディを見つめているが、その瞳にはなんの表情もうかんでいない。
「お父さま……!」
サンディは老人に近づいた。
皇帝はぎょっとなったようだ。
「だれかね? わしには娘はサンドラひとりしかおらん。ほかに娘はおらんよ」
「まさか! ねえ、お父さま。あたしよ、サンディよ!」
老人はのけぞるようにして驚きの表情を見せた。
「知らん! わしはお前さんのような娘には知り合いはおらんぞ!」
その時、隣の部屋のドアが開き、ひとりの恰幅のいい中年の男がはいってきた。
「なんの騒ぎです?」
フーシェ内務大臣である。かれは部屋にはいるなり、サンディに気づいた。
「だれです? 見慣れない娘だが」
皇帝はすくわれたように大臣を見た。
「わしの娘だと言い張るのだ。いったいなんのことやら……」
「娘……プリンセスだと?」
そう言うと内務大臣は目を細めてサンディを見た。
「嘘をつくにもほどがある! わたしはプリンセスのサンドラ嬢をよく見知っておりますが、彼女とは似ても似つきませんぞ! おい、お前!」
最後の言葉はサンディに向けたものだった。
「いったいどこの娘だ? だいいち、どうやってこの宮廷に入り込んだ?」
サンディは真っ青になった。
内務大臣どころか、父親のグレゴリオ四世までじぶんを知らないと言う!
まるで彼女の足もとががらがらと崩れ、亀裂に飲み込まれるような気分だった。
ばたばたと数人分の足音が近づいてくる。
「曲者だ! 暗殺者かもしれん!」
「まだ若い娘だ……」
「こっちで見かけたと報告があったぞ!」
衛士たちの声が交錯している。
その声に、大臣と皇帝はサンディを見つめた。
「暗殺者……という声が聞こえたな」
フーシェ大臣がゆっくりとつぶやいた。
違う……と、サンディは首をふった。
ふたりはサンディをなんの感情もあらわさない、冷たい表情で見つめた。それは彼女を危険人物と断じる視線であった。
だんだんだん! と、執務室のドアが外部から叩かれた。
「失礼いたします! この付近にあやしい少女が侵入したという報告がありました。なにかありましたでしょうか?」
衛士の声が聞こえてくる。
フーシェ大臣は叫んだ。
「ここにいるぞ! すぐ入って来い!」
がちゃがちゃとノブをまわす音がする。
もう、サンディは留まっているわけには行かないと思った。だっ、と駆け出すとあっけにとられたフーシェの横をすり抜け、開け放たれている窓から外へ飛び出す。
窓から中庭へ。
ちらりと振り返ると、ドアが開き衛兵たちがなだれこんできたところだった。フーシェがサンディのほうを指さし、あれが曲者だと叫んでいる。
彼女はしゃにむに走り出した。
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