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第十章

原因

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 ディスプレイに電源が入ると、そこには朱美が僕にあの〝細胞賦活剤ブースタースパイス〟なる薬品を投与した場面が再現されていた。
 ぶっ太い注射を打たれ悶え苦しむ僕の姿に、僕はあの苦痛を思い出し身をすくませた。朱美はニタニタ笑いを口の端に浮かべ、両目をキラキラさせている。
 画面は進み、僕と朱美の対決場面になった。
 朱美は画面を停止させた。
「ここだ! よく見ろ!」
 朱美が叫ぶと、画面の中に髪の毛を複雑な形に編み上げた、すらりとしたスタイルの良い女の子の姿が映し出された。
 佐々木藍里だ。
「ここから先、オイラの記憶は消えている。録画も削除されていて、これ以降何があったのか判らねえ……。流可男、確かこの女はゲームのキャラクターだと言ったな?」
「あ、ああ……佐々木藍里。僕が〝蒸汽帝国〟というゲームでのパートナーだ」
 僕はゴクリと唾を呑み込んだ。
「もしかしたら総ての異常は、藍里が原因なのかもしれない。何だか、そう思えるんだ」
 朱美は「ヘッ」と笑った。
 この場合の笑いは否定の意味ではない。朱美は僕の意見に「我が意を得たり」という意味で、笑ったのだ。
「流可男の言葉が確かなら、ゲームという仮想の世界から、現実の世界へこの藍里というキャラクターは飛び出したことになる。なんでそんなこと可能になったかは、全くの謎だが、こいつが背後で何か仕出かしている可能性は大だな」
 徐々に僕は恐怖を感じていた。
「これからどうすればいい? これ以上、妙なことが起きるのは御免だぜ」
 朱美は僕を見上げた。グイッとばかりに身を乗り出し、僕に顔を近々とさせた。驚きに僕が身を反らせようとするのを、朱美は両手を伸ばし、僕の顔をグワシッと掴んで引き寄せる。
 まるでキスを迫られるようで、僕は我にもなくドキドキしてしまった。気のせいか、朱美の身体からは仄かに良い匂いがするようだ。
 いいや、気のせいだ!
「いいか、流可男。明日の新山姉妹とのデート、必ず実行するんだぞ。もしも、すっぽかしたら、絶対、承知しねえからな」
 意外な朱美の言葉に、僕は茫然となった。
「えっ、そ、それはどういうこと?」
 僕の顔から手を放し、朱美は両手をパシンと音を立てて打ち合わせた。
「オイラたちに起きている異常がその、藍里というやつの企みなら、双子とのデートもその一環だ。流可男がデートすることで異常事態が進行するなら、その先がはっきりする。だから流可男は双子とデートしなければならない!」
 朱美のブッ飛んだ論理について行けず、僕はクラクラと目眩すら覚えるほどだった。
 朱美はニヤッと笑って付け加えた。
「安心しろ。当日はオイラも流可男について行く。目立たないよう、流可男を見守ってやるからデートを楽しめ!」
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