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第二回 鞍家二郎三郎再びの江戸入りと、衝撃の出会いの巻
二
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翌日、俺は仮想現実接続装置を使い、江戸へと舞い戻った。新たに仮想人格をデザインする手間を惜しみ、以前とまったく同じ外観を選ぶ。
現実世界と同じ、身長百七十センチ、体重は五十五キロと、痩せ型の身体に、身に着ける着物は、黒地に、伊呂波四十八文字が、大きく白く抜かれて一面に描かれているという着流しだ。この着物のせいで、俺は江戸では「伊呂波の旦那」と渾名されている。
頭髪の月代は剃らず、丁髷を乗せた浪人姿である。
俺が最初に向かったのは、仮想現実の江戸での玄関口である小仏関所である。江戸には幾つかの関所があって、俺のような現実世界の《遊客》は、まずここを通過して、登録を受けなければならない。
仮想現実に転移すると、最初に目に飛び込んでくるのは、どっしりとした外観の、関所の正門だ。俺の前には、すでに江戸に入ろうと登録を待っている《遊客》の、長い列ができていた。
いるいる……! 若いのや、そうでない者、男女取り混ぜて、十数人が列を作っている。
押しなべて、皆、ど派手な他人目を引く格好をしている。
雲水の格好をしているのに、着物の地は、目にも鮮やかな真紅の衣の逞しい坊主。
列の中頃には、巨大な刀を背中に斜めに差している奴がいる。刀の柄は、右肩から突き出ている。あれで、いざと言うとき、抜けるのかね?
まっ昼間と言うのに、手拭を顔に垂らした夜鷹の姿をした女。あんな格好で江戸に入ったら、どんな目に遭っても知らないぜ!
俺は列の最後に並んだ。並ぶとすぐ、背後から「ぱたぱた」という駆け足が聞こえる。首を捻じ曲げ、そちらを見ると、一人の女の子が息を切らして走ってくる。
女の子の衣装は、多分、忍者のつもりらしい。時代劇で見るような忍びの格好だが、まっ黄色の目がチカチカするような色合いの上着に、太股も顕わなセクシーさだ。髪の毛はポニー・テールにしていて、鉢巻をしている。背中には短い刀を差し、手甲脚絆というお決まりの姿である。これで忍者と主張するのだから、お笑いだ。
俺は思わず、忍び笑いを洩らしていた。
女の子は、俺の笑い声に、きりっとした鋭い目で睨みつける。小さめの顔に、吃驚するほど大きな瞳をしている。瞳の色は、微かに茶色がかって、折からの日差しに、一瞬きらっと金色に輝いた。
「何が可笑しいの?」
女の子は、俺が飛び上がるほど大きな声で叫んだ。喧嘩腰である。
叫び声に、他の《遊客》たちが「何事?」とばかりに、興味津々の表情を浮かべ、こちらを振り返った。
俺は決まりが悪くなる。
「いや……、気を悪くしたなら謝る」
両手を曖昧に上げる俺に、女忍者は追及の手を緩めない。
「だから、なぜ笑ったのか聞かせて! 訳を聞くまで許さないわよ!」
やれやれ、飛んだのに捕まっちまった。
「君、江戸は初めてか?」
「そうよ! 悪い?」
女の子は、挑発的に顎を上げた。背はそう高くなく、俺の顎にやっと届くくらいだ。
「その格好からすると、忍者志望かな?」
「当ったり前じゃん!〝くノ一〟って、知らないの?」
今度は俺は堪えきれず「ぷーっ!」と、思い切り吹き出してしまった。女忍者は益々いきり立った。
「く……くノ一……だって! 女が忍者になんて、そんなの、いるものか!」
女忍者の顔に、やや躊躇いの色が浮かぶ。俺の反応に、自信がなくなったらしい。
「だって……あたし、見たもん! 時代劇で女の忍者は〝くノ一〟って、呼ばれているんでしょう?」
「あのな……」
俺は笑いを引っ込め、真面目な顔を作る。
「〝くノ一〟というのは、忍者同士の隠語だ。女という漢字を、分解すると〝くノ一〟となる。それから来ているが、本来の意味は、城に忍び込む際、内部の女を道具にするからなんだ。あくまで忍者の道具の一つとして言われているんだ。歴史上、忍者になった女はいない」
「そ……そ、そうなの?」
女忍者の視線が、落ち着きなく、キョトキョトと彷徨った。
俺は女の子の衣装を指さした。
「それに、その格好! 十キロ……いや、こちらの言い方なら十里先からでも目立つ格好だぜ! 他人目を避けなければならない、忍者が、それじゃ、チンドン屋だ!」
女忍者は、これには参ったようだ。だが、俺の着流しを見て、皮肉な笑みを浮かべる。
「あんただって、似たような格好じゃないの。他の皆からすれば大人しいけど、随分と目立つ柄よねえ」
「うん。俺は江戸では〝伊呂波の旦那〟って渾名されている。身分は浪人だから、大目に見るさ!」
俺はそれきり会話を打ち切り、懐手をしてほりほりと顎を掻いた。女忍者に背を向け、登録を待つ。
現実世界と同じ、身長百七十センチ、体重は五十五キロと、痩せ型の身体に、身に着ける着物は、黒地に、伊呂波四十八文字が、大きく白く抜かれて一面に描かれているという着流しだ。この着物のせいで、俺は江戸では「伊呂波の旦那」と渾名されている。
頭髪の月代は剃らず、丁髷を乗せた浪人姿である。
俺が最初に向かったのは、仮想現実の江戸での玄関口である小仏関所である。江戸には幾つかの関所があって、俺のような現実世界の《遊客》は、まずここを通過して、登録を受けなければならない。
仮想現実に転移すると、最初に目に飛び込んでくるのは、どっしりとした外観の、関所の正門だ。俺の前には、すでに江戸に入ろうと登録を待っている《遊客》の、長い列ができていた。
いるいる……! 若いのや、そうでない者、男女取り混ぜて、十数人が列を作っている。
押しなべて、皆、ど派手な他人目を引く格好をしている。
雲水の格好をしているのに、着物の地は、目にも鮮やかな真紅の衣の逞しい坊主。
列の中頃には、巨大な刀を背中に斜めに差している奴がいる。刀の柄は、右肩から突き出ている。あれで、いざと言うとき、抜けるのかね?
まっ昼間と言うのに、手拭を顔に垂らした夜鷹の姿をした女。あんな格好で江戸に入ったら、どんな目に遭っても知らないぜ!
俺は列の最後に並んだ。並ぶとすぐ、背後から「ぱたぱた」という駆け足が聞こえる。首を捻じ曲げ、そちらを見ると、一人の女の子が息を切らして走ってくる。
女の子の衣装は、多分、忍者のつもりらしい。時代劇で見るような忍びの格好だが、まっ黄色の目がチカチカするような色合いの上着に、太股も顕わなセクシーさだ。髪の毛はポニー・テールにしていて、鉢巻をしている。背中には短い刀を差し、手甲脚絆というお決まりの姿である。これで忍者と主張するのだから、お笑いだ。
俺は思わず、忍び笑いを洩らしていた。
女の子は、俺の笑い声に、きりっとした鋭い目で睨みつける。小さめの顔に、吃驚するほど大きな瞳をしている。瞳の色は、微かに茶色がかって、折からの日差しに、一瞬きらっと金色に輝いた。
「何が可笑しいの?」
女の子は、俺が飛び上がるほど大きな声で叫んだ。喧嘩腰である。
叫び声に、他の《遊客》たちが「何事?」とばかりに、興味津々の表情を浮かべ、こちらを振り返った。
俺は決まりが悪くなる。
「いや……、気を悪くしたなら謝る」
両手を曖昧に上げる俺に、女忍者は追及の手を緩めない。
「だから、なぜ笑ったのか聞かせて! 訳を聞くまで許さないわよ!」
やれやれ、飛んだのに捕まっちまった。
「君、江戸は初めてか?」
「そうよ! 悪い?」
女の子は、挑発的に顎を上げた。背はそう高くなく、俺の顎にやっと届くくらいだ。
「その格好からすると、忍者志望かな?」
「当ったり前じゃん!〝くノ一〟って、知らないの?」
今度は俺は堪えきれず「ぷーっ!」と、思い切り吹き出してしまった。女忍者は益々いきり立った。
「く……くノ一……だって! 女が忍者になんて、そんなの、いるものか!」
女忍者の顔に、やや躊躇いの色が浮かぶ。俺の反応に、自信がなくなったらしい。
「だって……あたし、見たもん! 時代劇で女の忍者は〝くノ一〟って、呼ばれているんでしょう?」
「あのな……」
俺は笑いを引っ込め、真面目な顔を作る。
「〝くノ一〟というのは、忍者同士の隠語だ。女という漢字を、分解すると〝くノ一〟となる。それから来ているが、本来の意味は、城に忍び込む際、内部の女を道具にするからなんだ。あくまで忍者の道具の一つとして言われているんだ。歴史上、忍者になった女はいない」
「そ……そ、そうなの?」
女忍者の視線が、落ち着きなく、キョトキョトと彷徨った。
俺は女の子の衣装を指さした。
「それに、その格好! 十キロ……いや、こちらの言い方なら十里先からでも目立つ格好だぜ! 他人目を避けなければならない、忍者が、それじゃ、チンドン屋だ!」
女忍者は、これには参ったようだ。だが、俺の着流しを見て、皮肉な笑みを浮かべる。
「あんただって、似たような格好じゃないの。他の皆からすれば大人しいけど、随分と目立つ柄よねえ」
「うん。俺は江戸では〝伊呂波の旦那〟って渾名されている。身分は浪人だから、大目に見るさ!」
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