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第二回 鞍家二郎三郎再びの江戸入りと、衝撃の出会いの巻
一
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出し抜けに「あなたの死体が発見されました。大変、お気の毒に思います」と通達されたら、どんな気分だ?
俺は性質の悪い冗談か、と一瞬ちらっと考えた。
が、仮想現実接続装置のディスプレイごしに、俺を見返している江戸入府管理事務所──通称〝関所〟の役人の大真面目な顔付きを見ているうち、冗談事ではないと不意に思い当たったのである。
「俺の死体、かね?」
問い返すと、関所の担当役人は、表情を変えず、静かに頷き返した。端正な顔立ちで、感情など完全に消し去った、人の顔の形をした機械のようだった。
頭の月代は綺麗に剃り上げ、丁髷はぴしりと真っ直ぐに一筋の乱れもなく、決まっている。身に着けている裃も、ぱりぱりに糊が利いているし、両方の肩口は、ディスプレイから、はみ出しそうな勢いである。
「事情を聞かせてくれ」
俺は自分の部屋の中で、仮想現実接続装置の前に椅子を持ち出し、姿勢を楽にした。
どうやら三日ほど、仮想現実にいたらしく、俺の腹は空っぽになっていた。胃袋はすぐさま食物を摂取しないといけないと、五月蠅く抗議の声を上げていたが、俺は完全に無視して、役人の言葉を待った。
「明け六つ頃……ああ、失礼しました。午前四時頃……」
「江戸の時刻については、知っているよ。おれを誰だと思ってるんだ!」
俺は思わず、苛立たしく、役人の言葉を遮った。役人の顔に、初めて感情らしきものが表れ、頬を赤らめる。が、すぐ立ち直り、淡々と報告を続けた。
「見つけたのは漁師です。朝方、金杉橋から漁に出た漁師が、網を引き上げると、死体が引っ掛かっていたのを見つけて、すぐ役人に報せたという次第で……。身に着けている着物の柄から、あなたの死体だと判りました。検死の結果、溺死という結論が出ました」
俺は呆然と呟いた。
「土左衛門か……。死体は酷い状態だったろうな。見つけたのは金杉橋の側だったのか」
役人は小さく頭を振った。
「いえ、少し沖に出た場所でした」
俺は頭の中に、江戸の地図を思い浮かべた。
「金杉橋から少し沖合いとなると、潮目はどうなっている? こうっ……と。死んだのは品川あたりか……?」
俺は思わず「殺された」と言いかけ、慌てて「死んだのは」と言い直す。まだ、殺人と決まったわけではない。
役人は軽く頷く。
「左様ですな……。漁師の証言から、その時刻には、潮目は品川から流れてくると申しておりましたから、大体、その辺でしょう」
言葉を切り、目を光らせた。
「いかがいたします? すぐ、こちらへお出ましになられますか?」
俺は思い切り顰め面を作っていた。
「そうしたいが、駄目だ。知っているだろう? 強制切断が起きた後は、まる一日、そちらへ行けないのは」
役人の顔に、初めて気の毒そうな表情が浮かぶ。関所の役人および、江戸の行政、治安を担当する役人には、俺たち現実世界の《遊客》について、細かな事情を承知している者が多い。そうでないと、俺たち《遊客》が、江戸で面倒事に巻き込まれた際、きちんと対応できないからだ。
仮想現実が普及して、様々な問題が浮き上がってきた。現実から逃げ出し、仮想現実に接続しっぱなしの、プレイヤー……《遊客》が問題になったのである。それを防ぐため、ある一定時間、接続を続けると、強制的に切断される安全装置が組み込まれた。強制切断がなされると、再接続するには、丸一日、休養を取らないと利用できない。
「そうでしたな……。それに、あなたが江戸に入府する時、再登録も必要でしょう?」
役人の指摘に、俺はすっかり再登録が必要なのを忘れていたのを、気付かされた。
そうだ! 俺は……と言うか、俺の仮想人格は……江戸で死体になっているのだ。だから、俺が再び江戸に入るには、新しい仮想人格で、再登録しないと、仮想現実は受け付けてくれない。
江戸入府……本来は入国と言うべきなのだろうが、なぜかこちらの用法が罷り通っている。まあ、俺たち《遊客》は、江戸ではある種、特権階級と見做されているから、そう大袈裟とは言えないかもしれない。
俺は素知らぬ顔を作り、相槌を打ってやった。
「そうだな……。仮想人格再登録の手間もあるから、そちらへ向かうのは、明日になる……。詳しい事情を知りたいから、人数を集めておいてくれないか?」
役人は「お待ちしております」と頭を下げ、接続を断った。
思いがけない通達に、俺は何も映っていないディスプレイを見詰め、腕を組んだ。
俺は性質の悪い冗談か、と一瞬ちらっと考えた。
が、仮想現実接続装置のディスプレイごしに、俺を見返している江戸入府管理事務所──通称〝関所〟の役人の大真面目な顔付きを見ているうち、冗談事ではないと不意に思い当たったのである。
「俺の死体、かね?」
問い返すと、関所の担当役人は、表情を変えず、静かに頷き返した。端正な顔立ちで、感情など完全に消し去った、人の顔の形をした機械のようだった。
頭の月代は綺麗に剃り上げ、丁髷はぴしりと真っ直ぐに一筋の乱れもなく、決まっている。身に着けている裃も、ぱりぱりに糊が利いているし、両方の肩口は、ディスプレイから、はみ出しそうな勢いである。
「事情を聞かせてくれ」
俺は自分の部屋の中で、仮想現実接続装置の前に椅子を持ち出し、姿勢を楽にした。
どうやら三日ほど、仮想現実にいたらしく、俺の腹は空っぽになっていた。胃袋はすぐさま食物を摂取しないといけないと、五月蠅く抗議の声を上げていたが、俺は完全に無視して、役人の言葉を待った。
「明け六つ頃……ああ、失礼しました。午前四時頃……」
「江戸の時刻については、知っているよ。おれを誰だと思ってるんだ!」
俺は思わず、苛立たしく、役人の言葉を遮った。役人の顔に、初めて感情らしきものが表れ、頬を赤らめる。が、すぐ立ち直り、淡々と報告を続けた。
「見つけたのは漁師です。朝方、金杉橋から漁に出た漁師が、網を引き上げると、死体が引っ掛かっていたのを見つけて、すぐ役人に報せたという次第で……。身に着けている着物の柄から、あなたの死体だと判りました。検死の結果、溺死という結論が出ました」
俺は呆然と呟いた。
「土左衛門か……。死体は酷い状態だったろうな。見つけたのは金杉橋の側だったのか」
役人は小さく頭を振った。
「いえ、少し沖に出た場所でした」
俺は頭の中に、江戸の地図を思い浮かべた。
「金杉橋から少し沖合いとなると、潮目はどうなっている? こうっ……と。死んだのは品川あたりか……?」
俺は思わず「殺された」と言いかけ、慌てて「死んだのは」と言い直す。まだ、殺人と決まったわけではない。
役人は軽く頷く。
「左様ですな……。漁師の証言から、その時刻には、潮目は品川から流れてくると申しておりましたから、大体、その辺でしょう」
言葉を切り、目を光らせた。
「いかがいたします? すぐ、こちらへお出ましになられますか?」
俺は思い切り顰め面を作っていた。
「そうしたいが、駄目だ。知っているだろう? 強制切断が起きた後は、まる一日、そちらへ行けないのは」
役人の顔に、初めて気の毒そうな表情が浮かぶ。関所の役人および、江戸の行政、治安を担当する役人には、俺たち現実世界の《遊客》について、細かな事情を承知している者が多い。そうでないと、俺たち《遊客》が、江戸で面倒事に巻き込まれた際、きちんと対応できないからだ。
仮想現実が普及して、様々な問題が浮き上がってきた。現実から逃げ出し、仮想現実に接続しっぱなしの、プレイヤー……《遊客》が問題になったのである。それを防ぐため、ある一定時間、接続を続けると、強制的に切断される安全装置が組み込まれた。強制切断がなされると、再接続するには、丸一日、休養を取らないと利用できない。
「そうでしたな……。それに、あなたが江戸に入府する時、再登録も必要でしょう?」
役人の指摘に、俺はすっかり再登録が必要なのを忘れていたのを、気付かされた。
そうだ! 俺は……と言うか、俺の仮想人格は……江戸で死体になっているのだ。だから、俺が再び江戸に入るには、新しい仮想人格で、再登録しないと、仮想現実は受け付けてくれない。
江戸入府……本来は入国と言うべきなのだろうが、なぜかこちらの用法が罷り通っている。まあ、俺たち《遊客》は、江戸ではある種、特権階級と見做されているから、そう大袈裟とは言えないかもしれない。
俺は素知らぬ顔を作り、相槌を打ってやった。
「そうだな……。仮想人格再登録の手間もあるから、そちらへ向かうのは、明日になる……。詳しい事情を知りたいから、人数を集めておいてくれないか?」
役人は「お待ちしております」と頭を下げ、接続を断った。
思いがけない通達に、俺は何も映っていないディスプレイを見詰め、腕を組んだ。
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