電脳遊客

万卜人

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第四回 火付盗賊改方与力と、もう一人の《遊客》登場の巻

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 俺は、いかにも間の抜けた面をぶら下げていたろう。晶は慌てて座り直し「何か文句ある?」とでも言いたそうな顔をすると、澄ました表情を作ってツンと顎を上げた。
「お、お、お前! な、な、何で?」
 俺は完全に頭の中が真っ白になっていた。まさか、この女が登場するとは、今の今まで完全に予想外だった。
 晶は、にいーっ、と『不思議の国のアリス』に出てくるチェシャー・キャットのような笑みを浮かべた。
「あんたに言われた、品川の口入屋に、あたしの就職先を紹介して貰ったの! 大したものね! 伊呂波の旦那って名前を出したら、口入屋の親爺、親身になって相談に乗ってくれたわ。それで、酒巻さんに、紹介状を持ってやって来た、って訳」
 源五郎は「酒巻さん」という晶の言葉に、ピクリと眉を上げただけで何も言わなかった。本来なら「お頭」と呼びかけるべきだが。
 源五郎は腕組みをして、表情を変えず、俺に向かって口を開いた。
「この娘、江戸で何やら人捜しをしたいそうじゃ。しかし、江戸については、まるっきり無知でな。それで、まず江戸の人情、地理などを身につけるため、儂の所へ口入屋が案内したのじゃ。何しろ火付盗賊改の仕事は広範囲にわたるでな。女であるから、同心などにはなれぬが、まあ、岡っ引き、下っ引きなら、あり得ぬ訳ではない。そこの、松原玄之介与力の配下という名目で、お主に面倒を見て貰いたい」
 俺は、仰け反っていた。
「俺に? こいつの面倒を見ろってのか! 冗談じゃない! こんな、ただの時代劇ファンなんか、お荷物でしかない!」
 晶は憤然として、俺に噛み付いた。
「何が、お荷物よ! それに、いつ、あたしが時代劇ファンだなんて、あんたに言ったの?」
 俺は晶の反撃に首を捻った。
「時代劇が好きで、江戸に来たんじゃないのか? だって、その女忍者姿……」
「あたし、時代劇なんて、大っ嫌い! あんなの、爺さんや、婆さんが見るもんじゃないの。江戸で色んな場所に忍び込む場面があるかもしれないから、忍者になったの!」
 俺は、源五郎の言葉の切れ端に引っ掛かった。
「人捜しが目的だと言ってたな。本当か?」
 晶は頷いた。
「本当よ。でも、今は言いたくない」
 晶の表情は頑なだった。
 源五郎は人の悪い笑いを浮かべると、立ち上がった。
「さて、儂は仕事が詰まって、そうそうお主らの相手もしてはおられぬ。後はお主らで、良いように相談せい!」
 座敷をさっさと退出する寸前、俺に向かって思い出したように質問を投げかける。
「ところで、時代劇ファンとは、何じゃ?」
 俺はズッコケた。
 源五郎が退出し、可笑しそうに、俺と晶の遣り取りを見守っていた玄之介は、唇を湿らせ、口火を切った。
「さて、これから、いかが致します」
 俺は玄之介に向き直った。この男、中々江戸には慣れているようで、口調はかなり侍らしくこなれている。
「源五郎から、事件については、何か聞いているかえ?」
「はあ。貴殿が江戸で死体となって見つかった顛末については詳しく。何でも、水死体だったそうですな。やはり、他殺ですか?」
 晶は、キョトンとした表情になる。
「殺人事件! 本当?」
 次いで両目がキラキラとしてきた。薄笑いを浮かべ、興味津々といった顔付きである。
 俺は、ぶるん、と首を振った。
「判らん。他殺だった可能性は強い。何しろ、俺は《遊客》だからな。死体になる前に、現実世界へ脱出できなかったのが、どうにも理解不可能だ」
 玄之介は考え深げな目つきになった。
「お頭の説明には、検校という名前が出たそうですな。本当の検校が、貴殿の事件に関わっておるのでしょうか?」
 俺は再び首を振る。
「それも判らん。俺の勘じゃ、本物の検校じゃなく、渾名か自称だと思う。しかし、確かめる必要はあるな」
「ははあ……」と嘆息する。
 晶は俺たちの遣り取りが、さっぱり理解できない様子だ。
「何か問題でもあるの? とにかく、捜査を開始しましょうよ! 殺人事件なんて、あたし初めて!」
 まったく、お気楽な娘である。この調子で従いてこられるかと思うと、うんざりだ。
 俺は、やむなく説明した。
「検校とは、目の見えない連中の最高位だ。その身分は、幕府によって守られている。一種の大名と同じともいえる。俺たちが、簡単にどうのこうの対処できる相手じゃない」
 玄之介が口を挟んだ。
「しかし、手懸りにはなりますでしょう。まず、会って見る必要はありますな。江戸で現在、検校を名乗っているのは……」
 俺は頭の中で、江戸についての最新情報を検索した。《遊客》は、常に仮想現実の情報を入手できる。たちまち、回答が出た。
 同じ検索を、玄之介もしたのだろう。お互いの視線がかち合った。
「松戸検校!」
 二人とも同時に声を上げていた。
 俺は再び検索に戻り、松戸検校についての詳細を入手した。それによると、松戸検校とは、かなり厄介な相手らしい。
 厄介というより、変人の部類に入る。
 俺は立ち上がり、屋敷に響き渡る叫び声を上げる。
「左内! 左内はいるかえ? 頼みがある」
 俺の叫びに、左内老人が皴深い顔に、思い切り渋面を張り付かせ、急ぎ足でやってくる。
「堂間声を張り上げおって! 拙者の名前を、気安く呼ぶでない」
 俺は宥めるために、手を上げた。
「すまん! あんたの力が必要だ」
 左内老人は、顰め面を保ったまま返事をした。
「それで、用と申すは?」
「松戸検校に会いたい。人を遣ってくれないか」
 老人は驚きに、両眉を思い切り跳ね上げた。
 江戸では、人を訪ねる際、かならず事前にアポイトメンを必要とする。特に、相手が身分あるなら、なおさらだ。
 この場合、我々が訪問しても良いかどうか、会うならいつの時間が都合が良いか、確かめなければならない。
 このため、他人を訪問するのは、場合によっては、一日がかりの仕事となる。
 左内老人は、源五郎に言い含められているのだろう。俺の頼みを、ぶつぶつ文句を垂れながらも、手早く叶えてくれた。
 俺たちは、返事を待った。
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