ゲロムスの遺児

粟沿曼珠

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第二章 千変万化の魔獣

第十八話 ダスの故郷、エトロン

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 以前ダスは、ポンがラードグシャ地方へと向かう為に、直接向かう方法だけでなく迂回して向かう方法も提示した——ブライグシャ地方、ヴァザン地方、ユール地方、モダール地方、そしてラードグシャ地方といった具合に。
 三人は戦争地帯を抜けて直接行くのではなく、迂回する比較的安全な方を選んだ。そして三人は列車に乗り、ブライグシャ地方へと向かった。
 現在彼らはエトロンという国にいる。ブライグシャ地方の国々は海上都市をいくつも擁するが、エトロンの都市であるウルスは最大級の規模を持ち、最も美しい都市と多くの人々から呼ばれている。そして——沿岸部の出身では無いが——ダスの故郷でもある。
 そして三人はというと——ウルスで足止めを食らっていた。彼らは列車から降ろされ、駅の構内をうろつきつつ事情を聞いて回っている。
「すみませーん、何で列車から降りるのか、理由って知ってますか?」
「ごめんねぇ、私も急に降りろって言われたもんだから、さっぱりだよ」
「そうですか、ありがとうございます! ……うーん、誰も分からないみたいですね」
 老婆に礼を言ってミーリィはダスの方を向く——が、ダスはあまり気にしていないようであった。彼は周囲をきょろきょろと見ている。
「ダスさん? どうしたんですか?」
「ん、ああ、ここに来たのが久しぶりなもんでな。少々浮かれている」
 その様子に、ポンは意外性を感じた。
「ダスってこういう面もあるんだな」
「ダスさんとはまあまあ長い付き合いだけど、わたしも初めて見たよ、こんなダスさん」
 周辺を見渡し、菓子を売っている見つけては「懐かしいな」と零して微笑む。こんなに明るいダスを見たのは初めてだったので、ミーリィは内心嬉しかった。
「暇ですし、観光します? ダスさん何か良い場所知ってますか?」
 その言葉に食いつき、ダスは彼女の方を見て喋り出す。
「そうだな……街を移動する小舟はブライグシャ地方だけでしか乗れないだろうから、それは外せないな。あとは『マーザスの食堂』って店が良い。魚や貝を用いたエトロンの伝統料理が全て揃っている上に、保存食や菓子も沢山取り扱っている。それと、水神エヴリアの神殿だな。エヴリアを祀る祠は数多くあれど、神殿はここにしかない。原寸大のエヴリア像もここだけだ。あああと、夕方の街も欠かせない。夕焼けが海に反射して、これが良い色になるんだ。美しくて、どこか寂しい感じもある……今でも時々、その景色を思い出すことがある」
「早口だなお前」
 そんなやり取りをしながら、三人は構内を歩く。ダスは郷愁の目で店や灯り、駅の柱さえも眺め——そこであることに気づき、背負っていた巨槍を握り、目つきが臨戦態勢の鋭いそれへと変わる。
「ダスさん?」
「衛兵につけられている……あくまで、気づいていない振りをしろ。手を出してきたら、こっちも抵抗する、いいな?」
 目線と首の動きで衛兵の場所を示し、ミーリィとポンは頷く。彼らは気づいていないふりをして歩く。すると、前からも衛兵が三人現れ、彼らの前に立ちはだかった。
「お前達か。帝国や教団が追っている三人は」
 その言葉に三人は内心愕然とするも、表面上は別人の振りをする。
「帝国や教団? それがどうかしたのか?」
「とぼけても無駄だ。槍に棍、そして少年——特徴が合致している」
 ——その情報もあるのか。参ったな。
 流石に厳しくなってきたが、それでもダスはとぼける。
「槍に棍と少年、それがどうした? 家族旅行に来ただけで、護身の為に持ってきただけだが——」
「だったら、私が直接言うべきか?」
 衛兵の後ろからある男がやって来て、三人の前に立つ。ダスはその男に見覚えがあった。
「……マート・フィレンスか。統治者が、どうしてここに」
 エトロンには王がおらず、国民の中でも有力な者五名がエトロンの代表として統治者に選ばれる。マートはダスが幼少期の頃から統治者であった人物だ。
「とぼけてもいいが、私は君達が帝国の探している人物だという前提で話させてもらう」
「……いや、統治者が出てくるんだったらとぼけるつもりは無い」
 その言葉に、ポンはダスの脚を肘で打つ。本当に信用できるのか、と。すると彼はポンの方を向き、諭すように言う。
「大丈夫だ。統治者はこの世で最も帝国を嫌っている集団だからな」
 ブライグシャ戦役の時、多くの国は帝国の強さに降伏を決めたが、エトロンの統治者達は帝国の暴力による侵略を許さず、最後まで抵抗した。結局帝国の属国となってしまったが、彼らの言動はあからさまに帝国への批判に満ちており、また帝国の要求を拒否したり、帝国の意思に反するような政策を打ち出したりしている。それ程までに、帝国のことが嫌いな人達なのである。
「ありがとう……まず、私達は君達を帝国に差し出すつもりは毛頭無い。どうせ碌でも無いことをするのだろうし、帝国に協力したという事実すら不快だ」
 彼はそう断じて続ける。
「私達は君達のような強者を求めていた……端的に言おう。君達には、ある魔獣を倒して欲しい」
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