ゲロムスの遺児

粟沿曼珠

文字の大きさ
34 / 41
第二章 千変万化の魔獣

第三十四話 新たなる敵

しおりを挟む
 ミーリィはその目を開ける。メロートルの荒廃した街で横たわっていた彼女の傍にはダスとポンの二人がいる。
「あ、やっと目が覚めた!」
「ミーリィ、見ていたかもしれないが、一応言っておく——作戦は成功だ」
 その言葉を聞いた彼女は安堵し、
「良かった~……」
 力が抜けていくような声を出した。
「ミーリィ」
 ダスの呼び掛けに、ミーリィは倒れたまま振り向くことで反応する、が。
「……いや、やっぱり何でも無い」
 ダスはシャールと話したことを言おうとしたが、止めた——彼の直感がまだその時では無いと、今言ったら傷つけてしまうかもしれないと告げたのだ。
「そうですか……どうします? このまま戻り——」
 その時だった。車輪の回転する音が三人の耳に届いた。馬車の音にしては激しいその音の方を見遣ると——
 車体の前方と後方に車輪が付き、それを引っ張る馬のいない車が突っ込んでくる。重厚な鎧に身を包み、大鎚を握る騎士がそれに乗っている。
 騎士は二輪の車の上に立つと跳躍し、三人目掛けて大鎚を振り下ろさんとする。
「敵——帝国だッ!」
 そう叫ぶポンは咄嗟にミーリィとダスの前に立ち、障壁を展開——大鎚の振り下ろしは、障壁に弾かれる。
 騎士は一瞬おかしな挙動——大鎚を落とし、両手をぶらぶらと振り回す——をし、落とした大鎚を手に取って障壁の向こうの三人を眺める。
「この者達は……ジャレン卿を殺した三人か? だとすれば、その子供が魔術師……」
 そう呟く彼の真横に、誰も操作していない二輪の車が正確に停まる。彼の後方からは、馬に乗った仲間の騎士が続々とやってきて、整然と並ぶ。
「その女性は知らないが、あれはダス・ルーゲウスか……厄介なのが敵に回ったものだ」
 大鎚をどんと石畳の道に置き、その柄の先端に両手を置いて騎士は続ける。
「さて、早速だが、この状況は貴方達が——ああいや、それはこの際どうでもいい。確かに来た目的はあの魔獣だが、この三人がジャレン卿を殺した三人で、かつその子供が魔術師なら——」
 彼は少し俯いてぶつぶつと独り言を垂れ流す。
「…………なんか愉快な人が来ましたね」
「…………だな。だがあいつは確か——」
「あの、大体目的分かってるから、早く目的言ってよ」
 そのポンの言葉に彼ははっとし、咳払いをして三人の方を向く。
「私はカロン・ファン。元々この地域にいる魔獣を回収するよう派遣されたが——」
「ああ、死んだよ」
 ポンの言葉にカロンは目を閉じて沈黙する。
「…………そうだ。この状況から察するに、貴方達に殺されたのだろう。この時点で帝国に反旗を翻したという重罪に問われるが——あ、失礼。早く本題に移らないと、だな」
 再び咳ばらいをし、彼は言い放つ。
「そこの少年よ。ヴィラス様の理想郷を作る為、帝国に来てくれないか? そうすれば、今回の件も、ジャレン卿殺害の件も、三人分無かったことになる」
「うん、やだ」
 カロンの言葉に、ポンはすぐにきっぱりと断った。
「理想郷って……罪の無い人々を沢山殺して、魔術師をいいように利用して……そうやって人々の苦しみの上に作る理想郷ですか?」
 ミーリィが彼の言葉に食いついた。
「……ある見方をすれば、そうなる」
「だったら……絶対にポン君は渡さないですし、帝国の好きにはさせません!」
 ミーリィの強気な言葉に、カロンは溜息を吐く。
「それもまた、理想郷なのだろう……しかし、今の世界のままでは、苦しみを消すことはできない。だからこそ、ヴィラス様はその世界へと至る為の犠牲と引き換えに、永遠の平和を約束するのだ。たとえそれが多くの人を殺し、苦しめることになったとしても」
「そんな惨いやり方で……そこまでして、貴方達は何がしたいの!?」
 ミーリィは力強く叫ぶ。それを受けたカロンは暫し沈黙し、そして口を開く。
「……
 告げられた言葉に、ミーリィとダスとポンの三人は愕然とする。
「人類が、魔術師に……?」
「ポン、できるのか……?」
「いや、確証は無いが恐らく——」
「これ以上の話し合いは無駄と見た」
 そう告げるカロンに、三人の視線が行く。彼は大鎚を構えて二輪の車に乗り、後方の騎士達も各々の武器を構える。
「ミーリィ、ポン、逃げるぞ。カロンは確か、帝国の騎士の中でもヴァーランドに次ぐ手練れだ」
 ダスは激流を生み出し、ミーリィは氷の床をその上に作って三人はそれに乗る。激流は高速で動き出し、街の外の方へと伸びていく。
「行くぞ!」
 カロンが叫んで駆け出すと、仲間の騎士達もその後についていく。カロンの二輪の車は馬を遥かに凌ぐ速さで駆け、激流の先頭にいる三人にすぐに追いついた。
「覚悟ッ!!」
 彼は大鎚を掲げる。それが振り下ろされると同時にポンは障壁を生み出して弾き——彼の二輪の車が横転した。
「え!?」
 思わずミーリィが驚愕の声を上げつつ後方を見遣る。そこには苦悶の表情を浮かべて腕を押さえ、苦痛の叫びを上げるカロンの姿があった。
「ぎゃああああああああああああああああっ!!!」
「カロンさ————————んっ!?」
 騎士達は追尾を止め、カロンの元に集まる。
 彼は最初に三人と邂逅して大鎚を振り下ろした際に、障壁に弾かれたことで腕を痛めていた——が、それが透明な障壁によるものだとは気づかず、彼は同じように大鎚を振り下ろしてしまったのだ。その結果さらに腕を痛めただけでなく、体勢を崩して二輪の車は横転し、地面に体を激しく打ち付けてしまった。
「くそッ! 何なんだよアレッ! なんか透明な壁に弾かれたみたいなんだけどッ!? 訳分からんッ! 卑怯だッ!」
「カロンさんみっともないので止めて下さい!」
 仲間の騎士に諌められつつ彼は介抱される。そんな彼を見て三人は——
「……何か、不思議と悪い人じゃないって感じがしますね」
「強いって聞いていたが、実はそうでもなさそうか……?」
「おれ、あいつ憎むべき敵のはずなのに、何か申し訳なくなってきたわ」
 思い思いの感想を口走るのであった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

異世界で魔法が使えない少女は怪力でゴリ押しします!

ninjin
ファンタジー
病弱だった少女は14歳の若さで命を失ってしまった・・・かに思えたが、実は異世界に転移していた。異世界に転移した少女は病弱だった頃になりたかった元気な体を手に入れた。しかし、異世界に転移して手いれた体は想像以上に頑丈で怪力だった。魔法が全ての異世界で、魔法が使えない少女は頑丈な体と超絶な怪力で無双する。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

チート魔力はお金のために使うもの~守銭奴転移を果たした俺にはチートな仲間が集まるらしい~

桜桃-サクランボ-
ファンタジー
金さえあれば人生はどうにでもなる――そう信じている二十八歳の守銭奴、鏡谷知里。 交通事故で意識が朦朧とする中、目を覚ますと見知らぬ異世界で、目の前には見たことがないドラゴン。 そして、なぜか“チート魔力持ち”になっていた。 その莫大な魔力は、もともと自分が持っていた付与魔力に、封印されていた冒険者の魔力が重なってしまった結果らしい。 だが、それが不幸の始まりだった。 世界を恐怖で支配する集団――「世界を束ねる管理者」。 彼らに目をつけられてしまった知里は、巻き込まれたくないのに狙われる羽目になってしまう。 さらに、人を疑うことを知らない純粋すぎる二人と行動を共にすることになり、望んでもいないのに“冒険者”として動くことになってしまった。 金を稼ごうとすれば邪魔が入り、巻き込まれたくないのに事件に引きずられる。 面倒ごとから逃げたい守銭奴と、世界の頂点に立つ管理者。 本来交わらないはずの二つが、過去の冒険者の残した魔力によってぶつかり合う、異世界ファンタジー。 ※小説家になろう・カクヨムでも更新中 ※表紙:あニキさん ※ ※がタイトルにある話に挿絵アリ ※月、水、金、更新予定!

最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。

みこみこP
ファンタジー
高校2年の夏。 高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。 地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。 しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。

おっさん武闘家、幼女の教え子達と十年後に再会、実はそれぞれ炎・氷・雷の精霊の王女だった彼女達に言い寄られつつ世界を救い英雄になってしまう

お餅ミトコンドリア
ファンタジー
 パーチ、三十五歳。五歳の時から三十年間修行してきた武闘家。  だが、全くの無名。  彼は、とある村で武闘家の道場を経営しており、〝拳を使った戦い方〟を弟子たちに教えている。  若い時には「冒険者になって、有名になるんだ!」などと大きな夢を持っていたものだが、自分の道場に来る若者たちが全員〝天才〟で、自分との才能の差を感じて、もう諦めてしまった。  弟子たちとの、のんびりとした穏やかな日々。  独身の彼は、そんな彼ら彼女らのことを〝家族〟のように感じており、「こんな毎日も悪くない」と思っていた。  が、ある日。 「お久しぶりです、師匠!」  絶世の美少女が家を訪れた。  彼女は、十年前に、他の二人の幼い少女と一緒に山の中で獣(とパーチは思い込んでいるが、実はモンスター)に襲われていたところをパーチが助けて、その場で数時間ほど稽古をつけて、自分たちだけで戦える力をつけさせた、という女の子だった。 「私は今、アイスブラット王国の〝守護精霊〟をやっていまして」  精霊を自称する彼女は、「ちょ、ちょっと待ってくれ」と混乱するパーチに構わず、ニッコリ笑いながら畳み掛ける。 「そこで師匠には、私たちと一緒に〝魔王〟を倒して欲しいんです!」  これは、〝弟子たちがあっと言う間に強くなるのは、師匠である自分の特殊な力ゆえ〟であることに気付かず、〝実は最強の実力を持っている〟ことにも全く気付いていない男が、〝実は精霊だった美少女たち〟と再会し、言い寄られ、弟子たちに愛され、弟子以外の者たちからも尊敬され、世界を救って英雄になってしまう物語。 (※第18回ファンタジー小説大賞に参加しています。 もし宜しければ【お気に入り登録】で応援して頂けましたら嬉しいです! 何卒宜しくお願いいたします!)

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2巻決定しました! 【書籍版 大ヒット御礼!オリコン18位&続刊決定!】 皆様の熱狂的な応援のおかげで、書籍版『45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる』が、オリコン週間ライトノベルランキング18位、そしてアルファポリス様の書店売上ランキングでトップ10入りを記録しました! 本当に、本当にありがとうございます! 皆様の応援が、最高の形で「続刊(2巻)」へと繋がりました。 市丸きすけ先生による、素晴らしい書影も必見です! 【作品紹介】 欲望に取りつかれた権力者が企んだ「スキル強奪」のための勇者召喚。 だが、その儀式に巻き込まれたのは、どこにでもいる普通のサラリーマン――白河小次郎、45歳。 彼に与えられたのは、派手な攻撃魔法ではない。 【鑑定】【いんたーねっと?】【異世界売買】【テイマー】…etc. その一つ一つが、世界の理すら書き換えかねない、規格外の「便利スキル」だった。 欲望者から逃げ切るか、それとも、サラリーマンとして培った「知識」と、チート級のスキルを武器に、反撃の狼煙を上げるか。 気のいいおっさんの、優しくて、ずる賢い、まったり異世界サバイバルが、今、始まる! 【書誌情報】 タイトル: 『45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる』 著者: よっしぃ イラスト: 市丸きすけ 先生 出版社: アルファポリス ご購入はこちらから: Amazon: https://www.amazon.co.jp/dp/4434364235/ 楽天ブックス: https://books.rakuten.co.jp/rb/18361791/ 【作者より、感謝を込めて】 この日を迎えられたのは、長年にわたり、Webで私の拙い物語を応援し続けてくださった、読者の皆様のおかげです。 そして、この物語を見つけ出し、最高の形で世に送り出してくださる、担当編集者様、イラストレーターの市丸きすけ先生、全ての関係者の皆様に、心からの感謝を。 本当に、ありがとうございます。 【これまでの主な実績】 アルファポリス ファンタジー部門 1位獲得 小説家になろう 異世界転移/転移ジャンル(日間) 5位獲得 アルファポリス 第16回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞 第6回カクヨムWeb小説コンテスト 中間選考通過 復活の大カクヨムチャレンジカップ 9位入賞 ファミ通文庫大賞 一次選考通過

『異世界庭付き一戸建て』を相続した仲良し兄妹は今までの不幸にサヨナラしてスローライフを満喫できる、はず?

釈 余白(しやく)
ファンタジー
 毒親の父が不慮の事故で死亡したことで最後の肉親を失い、残された高校生の小村雷人(こむら らいと)と小学生の真琴(まこと)の兄妹が聞かされたのは、父が家を担保に金を借りていたという絶望の事実だった。慣れ親しんだ自宅から早々の退去が必要となった二人は家の中で金目の物を探す。  その結果見つかったのは、僅かな現金に空の預金通帳といくつかの宝飾品、そして家の権利書と見知らぬ文字で書かれた書類くらいだった。謎の書類には祖父のサインが記されていたが内容は読めず、頼みの綱は挟まれていた弁護士の名刺だけだ。  最後の希望とも言える名刺の電話番号へ連絡した二人は、やってきた弁護士から契約書の内容を聞かされ唖然とする。それは祖父が遺産として残した『異世界トラス』にある土地と建物を孫へ渡すというものだった。もちろん現地へ行かなければ遺産は受け取れないが。兄妹には他に頼れるものがなく、思い切って異世界へと赴き新生活をスタートさせるのだった。 連載時、HOT 1位ありがとうございました! その他、多数投稿しています。 こちらもよろしくお願いします! https://www.alphapolis.co.jp/author/detail/398438394

処理中です...