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終章
永遠の幸福(下)
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その屋敷の住人は、気の強い少女と気弱でやや根暗な青年の二人。そして、彼の黒毛の愛馬──二人と一匹だけだった。
だが、その屋敷の住人は年月を重ねる毎に増えて、最終的には「少女だった女」と「青年だった男」を含めて六人になった。
笑ったり、怒鳴ったり、喜びに踊ったり。別れが訪れ涙を流したりもしたものの……全体を通せば、活気に満ちあふれ、とてつもなく賑やかな屋敷だった。
しかし、年月が経つのは早かった。
増えた四人が全て巣立ち、再び二人だけの生活に戻ってしまったのは、大凡二十年以上の月日が経過した頃だった。
少女だった女は、ガラリと広くなってしまった屋敷に何処か侘しさを感じてしまった。それは、青年だった男も同じだっただろう。
だが、その屋敷は宵の帳が落ちてしまえば、毎晩のように騒がしい。
何せ、かつて「蛭」と呼ばれた世にも恐ろしい黒の呪術師が使役していた妖霊達が年中遊びに来るのだから。
そうして「かつて少女だった女」と「かつて青年だった男」が共に暮らし始め、三十年の月日が流れようとしていた────
今年も雨期を終え、乾期が始まった。
夏の始まり。暗幕を取り払った窓辺からは柔らかな月の光が差し込んでいた。
今日も今日で、居間の至る場所では妖霊達が好き勝手に歩き回っていた。
だが、そんな事は日常だ。
縦に細長い体躯の壮年男性と、少しばかりふくよかなシルエットの中年女性はソファに腰かけて妖霊達なんてお構いなしに食後のお茶を楽しんでいる最中の事だった。
「ああ、そういえば母さん。もう三十年が経過するが、覚えているかい?」
途端に発した男の声に、女は白髪交じりの蜜色の髪を揺らして、男の方を向く。
「何さね、あんた」
さっぱりとした口調で突っ撥ねるが、言いたい事を理解したのだろう。妻は夕闇に良く似た紫の瞳を細めて、夫をジトリとした視線で射貫いた。
「……永遠の幸福とは言え、三十年の懲役は無事終了した頃合いだからね。どうするかね? これから自由を謳歌するかい?」
──ライラ。と、妻の名を久しく呼んで、壮年の男性はヒヒ……と、昔と変わらない小気味悪い笑い声を溢した。
「馬鹿言ってるんじゃないわよ。墓の中まで付き添うさ。あんたは私の夫でしょうが」
──アシュラフ。と、夫の名を呼んで。
四十九歳となったライラは、昔と変わらない狡猾な瞳を向け、アシュラフの脇腹を突いて、明るく笑んだ。
それは昔々、砂漠の国の物語。
「蟷螂」と呼ばれた盗賊の少女がいた。咎人となった彼女の粛正権を買った者は国でも最も恐れられた、黒の呪術師「蛭」と言ったらしい────
だが、その屋敷の住人は年月を重ねる毎に増えて、最終的には「少女だった女」と「青年だった男」を含めて六人になった。
笑ったり、怒鳴ったり、喜びに踊ったり。別れが訪れ涙を流したりもしたものの……全体を通せば、活気に満ちあふれ、とてつもなく賑やかな屋敷だった。
しかし、年月が経つのは早かった。
増えた四人が全て巣立ち、再び二人だけの生活に戻ってしまったのは、大凡二十年以上の月日が経過した頃だった。
少女だった女は、ガラリと広くなってしまった屋敷に何処か侘しさを感じてしまった。それは、青年だった男も同じだっただろう。
だが、その屋敷は宵の帳が落ちてしまえば、毎晩のように騒がしい。
何せ、かつて「蛭」と呼ばれた世にも恐ろしい黒の呪術師が使役していた妖霊達が年中遊びに来るのだから。
そうして「かつて少女だった女」と「かつて青年だった男」が共に暮らし始め、三十年の月日が流れようとしていた────
今年も雨期を終え、乾期が始まった。
夏の始まり。暗幕を取り払った窓辺からは柔らかな月の光が差し込んでいた。
今日も今日で、居間の至る場所では妖霊達が好き勝手に歩き回っていた。
だが、そんな事は日常だ。
縦に細長い体躯の壮年男性と、少しばかりふくよかなシルエットの中年女性はソファに腰かけて妖霊達なんてお構いなしに食後のお茶を楽しんでいる最中の事だった。
「ああ、そういえば母さん。もう三十年が経過するが、覚えているかい?」
途端に発した男の声に、女は白髪交じりの蜜色の髪を揺らして、男の方を向く。
「何さね、あんた」
さっぱりとした口調で突っ撥ねるが、言いたい事を理解したのだろう。妻は夕闇に良く似た紫の瞳を細めて、夫をジトリとした視線で射貫いた。
「……永遠の幸福とは言え、三十年の懲役は無事終了した頃合いだからね。どうするかね? これから自由を謳歌するかい?」
──ライラ。と、妻の名を久しく呼んで、壮年の男性はヒヒ……と、昔と変わらない小気味悪い笑い声を溢した。
「馬鹿言ってるんじゃないわよ。墓の中まで付き添うさ。あんたは私の夫でしょうが」
──アシュラフ。と、夫の名を呼んで。
四十九歳となったライラは、昔と変わらない狡猾な瞳を向け、アシュラフの脇腹を突いて、明るく笑んだ。
それは昔々、砂漠の国の物語。
「蟷螂」と呼ばれた盗賊の少女がいた。咎人となった彼女の粛正権を買った者は国でも最も恐れられた、黒の呪術師「蛭」と言ったらしい────
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アラビアンチックな恋愛、あんまりないのでどんなのかなーと思いましたが、
すっごく面白かったです(*´꒳`*)
最終話、すごい綺麗に終わったなぁと。
よくある、結婚して子供産まれて終わりみたいなのではなく、2人の会話でほっこりしました
ありがとうございましたm(*_ _)m
水面下の活動が多かった故に、気付かず返信に半年も経過してしまった事まことに申し訳なく思います。
泉海さんはじめまして、こんにちは。氷景です。
温かい感想頂き、本当に嬉しく思います。
「恰幅のいいおばさんになってそう」って言葉を出したので
…あ、歳を取った後も書きたいなwなんて思って描写したものですが
そう言って頂けた事、本当に嬉しく思います。
今後も制作の励みにしていきます。
数あるWEB作品の中から、この作品を読んで頂けた事、本当に嬉しく思います。
ありがとうございました(*'-'*)