呪われし復讐の王女は末永く幸せに闇堕ちします~毒花の王女は翳りに咲く~

日蔭 スミレ

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Chapter1

第9話 翠玉と紅玉の光に秘めた誓い

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 ──双子の侍女の話によると、ミランはすでに支度を済ませ、部屋で待機しているらしい。

「ここは夫婦の部屋。この通路を抜ければミラン様の部屋に辿り着きますので」

 二つの部屋を繋ぐ通路のベールを持ち上げ、双子の片割れが可愛らしい微笑みを浮かべながら言う。
 しかし、昨晩彼が訪ねてきたこともあり、すでに知っている。とはいえ、わざわざそれを言うのもいかがなものかと思い、ベルティーナは素っ気なくも礼を言った。

 そうして、暗い通路を歩むこと数秒。すぐに向こう側のベールに辿り着く。

 それを持ち上げた先に広がっていた部屋は、自分に宛てられた部屋と同じ間取りで、似たような調度品が設置された部屋だった。
 大きな違いと言えば、カーペットの色くらいだろう。自分に宛てられた部屋は濃い紫だが、彼の部屋は、明朝見た彼の瞳を連想させる碧みを含む緑だった。

 無表情のまま彼の部屋を眺めること間もなく、「おはよう」と声をかけられ、視線を移すと、ソファに座っていたらしいミランが立ち上がり、ベルティーナの方に歩み寄ってきた。

 ──外は夕暮れ時なのに。
 彼が朝の挨拶をしたことに少しばかり違和感を覚えつつ、ベルティーナは会釈だけした。

「行こう。あまり遠くまでは行けないけど、城の中と城の周りでも案内する」

 平坦な調子で言って、ミランはすっとベルティーナに手を差し出すが──

「心遣い、大変ありがたいけれど、その……手なんて差し出さなくて結構よ」

 ベルティーナはやや戸惑いながら拒否した。

 化粧を施される際やドレスの着付けに触れられる際はやむを得ないと思ったが、これはまた違うだろう。やはり、他人に触れられることに激しく抵抗を覚えてしまう。それも、魔性の者とはいえ異性なのだからなおさらだ。何か言われるだろうか……と、少しばかり身構えたが、彼は一切顔色を変えなかった。

 それどころか、彼はこちらにまったく視線を向けもしない。
 怒らせたか……そう思ったが、「行こう」と平坦な調子で言って、彼は先導し、部屋の扉を開いた。

 ──昨晩、部屋に通される段階で分かってるだろうけど、俺たちの部屋があるここは最上層階。近くには俺の母親……まあ、女王の私室もあるけど立ち入り禁止。それから中層階には謁見の間がある。それで下層には使用人や護衛たちの詰め所や部屋があって……。

 黒の大理石の上に深紅のカーペットが伸びる廊下を歩みながら、ミランは各所の説明をしてくれた。

 この城は外からの見かけ通り、かなり広かった。それでも、各層への移動は階段だけでなく、昇降機が二機も設置されていることから、行き来に苦労はないと思われる。
 昇降機に乗り込み、今度は下層へ……。機内の壁に描かれた金の紋様にミランが手を翳すと、昇降機は緩やかに下降を始めた。

 昨日も部屋に来たときにこの光景は見たが、なんとも不思議に思う。

「この昇降機は何で動いてるのかしら?」

 少しばかり興味を持ってくと、彼は「魔力」とだけ答えた。
 しかしながら、淡々と話す自分が言うのもなんだが、ミランは感情が欠けているように思えてしまった。

 女王や侍女たち……他の者とは明らかに彼は何か違うのだ。何を考えているかもまったく分からないし、表情に出ない。それに、視線もほとんど合わせてくれない。

 必要以上の会話がない方が気楽と思えるが、果たしてうまくやっていくためにこれでいいだろうかと……少しばかりベルティーナは悩ましく思った。

 そうこう考えているうちに、下層まで辿り着き、昇降機の柵が開くと、ミランはベルティーナに先に出るよう促した。

 女性を優先し、丁重に扱おうとする所作はとてつもなく紳士的に思うが、やはり何を考えているかはまったくつかめない……と、そんなことを思いつつ、昇降機から降りた途端だった。

「……おや、ミラン?」

 朗らかに声をかけてきたのは、ミランとはまた違った形状の角を生やした者だった。

 自分と恐らく歳が変わらないほどの少女だろうと、ベルティーナは思う。
 単純に背丈が自分と変わらないことや、顔立ちから憶測できるだけの話だが……。

 短く揃えられた赤髪に、漆黒のジレとシャツ……と、男物の衣類を纏ったその姿は、まさに男装令嬢といった勇ましさ。しかし、桜色の唇に水紅色の長い睫と、麗しく気品のある容姿から女性的な印象も強く感じる。その瞳の色と言えば、灰色に橙が混ざった神秘的なもので……。

(とても綺麗な人……)
 
 ベルティーナは自分たちに近づいてくる彼女をじっと見つめた。

「リーヌ。ちょっと案内中……」

 依然として彼は平坦な調子で言うが、その表情は随分と綻んでいた。
 対する彼女も優しく笑み、「ゆっくり見てくと良いよ」と、ミランの肩をぽんと叩く。

 ミランの肩を叩く、白々とした彼女の右手──その薬指には、綺麗な金細工の指輪が妙に際立っていた。真ん中には大粒の翠玉らしき宝石が彩っており、その華奢な指によく映えているように思えた。

「そうだ、リーヌ。こっちはベル。昨日来たばかりの俺の婚約者……」

 ミランの声に我に返ったベルティーナは、慌てて彼女の顔に目をやって会釈した。
 すると、彼女は明るい顔でベルティーナの方を向くと、礼儀正しく一礼し、綺麗に笑んだ。

「お初にお目にかかります、ベル様……」

 まだ正しい名を知らないのだろう。ミランのつけた愛称を言って、かしずく彼女に、ベルティーナはまばたきをした。

「ええ……正しくはベルティーナよ」
「左様ですか」
「別に愛称で構わないわ。けれど、愛称で呼ばれることなんてなかったものだから、すぐ反応できるか分からないけれど」
「承知しました。ベル様が来られたこと、心より歓迎いたします」

 そうして彼女が跪き、ベルティーナの手を取ろうとした須臾しゅゆだった。すぐにミランがリーヌとベルティーナの間に割り入ったのである。

「リーヌ、それはやるな……!」

 突然荒々しく言ったミランの言葉に、ベルティーナは目をみはる。
 心なしかその表情は悲しげで……。
 いったいどうしたのか……と思うが、ミランの指を見てすぐに、ベルティーナは彼の行動すべてを理解した。

 彼の装いの細部など見ておらず気づきもしなかったことだが、彼の右手の薬指に、リーヌがつけているものとまったく同じ形状の指輪があることに気づいてしまったのだ。

 違う部分と言えば、中央に配置された宝石で……。それはリーヌのものとは対照的に、紅玉らしき大きな宝石が嵌め込まれていた。

 この世界でそれが何を意味するかは分からないが、人の世界で右手薬指の指輪は「婚約者あるいは恋人の証」と本で読んだことがある。
 さらに、それを決定づけたのは指輪中央に配置された宝石もあるだろう。
 正確には碧翠だが、翠色は必然的にミランの瞳を彷彿させる。一方、赤はリーヌと名乗った彼女の髪色を連想させる。

 ミランが自分に平坦な態度しか見せない理由……つまり、彼がこの婚姻を望んでいないから。リーヌという恋人がいるから。と、すべてのことが結びつき、達観したベルティーナは目を細めた。

 ああ、私はここでも望まれない存在なのだと。


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