呪われし復讐の王女は末永く幸せに闇堕ちします~毒花の王女は翳りに咲く~

日蔭 スミレ

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Chapter3

第26話 鏡像の災いに揺れる

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 そうして、ベルティーナは彼の袖を引っ張ったまま、高台にある東屋へ向かった。
 東屋には屋根がある。直射日光を防げるもので、少しはこれで視界もましになるだろうと思ったが……その憶測は正しかった。

「ああ、だいぶましだ。ベルの顔がよく見える。さっきのベル、目も口もなかったから……」

 普段通りの精悍な面持ちに戻った彼は、苦笑いを浮かべて言うものだから、ベルティーナは釣られて笑ってしまった。

「多分、貴方たちは人間とは目の作りがきっと違うのね。というか……目が眩むなら、最初から言ってちょうだい」

 ──本当にわざわざついてこなくても良かったのに。
 なんて呆れて言えば、彼はすぐに首を振った。

「いや、ベル一人を白昼に出すのはさすがにな……」
「白昼だからって、警備が厚い城に暴漢なんて来ないでしょうに。それに、貴方と同じで魔性の者たちは皆、昼の陽光には目が眩むのでしょう……」

 いくらなんでも過保護だろう。ベルティーナが呆れつつ言うと、ミランはベルティーナの頭をぽんぽんと撫でた。

「何で頭を撫でるのよ……」

 子どもじゃないのよ、と突っぱねるように言うが、彼は優しい笑みを浮かべて目を細めた。

「そんなの、可愛いからに決まってるだろ」

 そう言われて、ベルティーナはむっと目を細めた。

「可愛いっていうのは……イーリスやロートスみたいな小さな女の子を言うのよ? 私に可愛げなんてないわ」
「いいや、可愛いよ、ベルは。見た目は美人だけど、少し捻くれた性格がな。それでも清純だ。それら全部をひっくるめて堪らなく可愛い」

 ──まったく自覚ないだろうけど。
 なんて言い添えられたが、ベルティーナはお構いなしに庭園に視線を移したそのときだった。

 彼に突然肩を掴まれたのだ。驚いてミランの方を向くと、深い碧翠の瞳と視線がかちりと混ざり合い、ベルティーナは息を呑んだ。何せ、その表情があまりにも真摯だったのだから……。

「だからこそ心配なんだ。また悪い輩に連れ去られたりしないかって、本当に心配になる。それに、俺との婚姻がやっぱり嫌だって逃げるかもしれないって思うから……」

 普段は極めて平坦な彼にしては、珍しく自信なさそうな物言いだった。

 やはりあの件は彼の中に根深く残っていたのだろう。それに、まさか自分が逃げ出すことを恐れているなんて思いもしなかった。
 こんなに背が高い大人の男がそんなことを不安がるなんて思いもしなかった。だが、何だかそれがほんの少しだけ可愛らしく思えてしまい、ベルティーナはくすりと笑みをこぼす。

「馬鹿ね。そんな子どもみたいなことするわけないじゃない。貴方との結婚はとっくの昔に決まってるのよ? それに、ここまで来ておいて、それはありえないわ。いずれ私は魔に墜ちるものだし、帰る場所なんてもう他にはないことは、貴方だって知ってるわよね?」

 毅然として告げると、ミランは眉間を揉んだ。

「確かにそうかもしれないが……ベルは俺のこと愛してるだの好きだのそんな感情はないだろ?」

 真面目にかれ、ベルティーナは口ごもった。

 ──決して嫌いではないだろう。むしろ彼に対して興味があるのだから、好きだとは思う。だが、自分はきっと彼以上の口下手だ。
 しかし、こうもいざぶっつけ本番で言われてしまうと、自分の本心を曝け出すのも恥ずかしいもので……。

「別に──」

 ──上手く言葉にできないけれど、嫌いではない。好きよ、とベルティーナが意を決して本心を曝け出そうとしたそのときだった。

 ミランはすんと鼻を鳴らし、遠くを睨むように見つめた。
 突然の変貌にベルティーナが驚嘆するのも束の間……彼は、ばつが悪そうに舌打ちをした。

「どうしたの、急に……」

 まるで獣のような瞳だった。それも見たことのないほどの険しい面持ちで……。

「風の強さに嫌な予感がしてたが……やっぱり俺、ベルについてきて正解だった」

 なぜ風が嫌な予感か、ついてきて正解とは……。
 ベルティーナは彼の意図を読み取ることができなかった。

「嫌な予感って……」

 復唱すれば、彼はベルティーナを一瞥する。その表情はどこか焦燥を感じる切羽詰まったものだった。

「確か、前に出かけたときに少しだけ話したよな? ナハトベルグ城周辺は割と穏やかだが、この世界は稀に災害に見舞われるって。それがこれ」
「……風が?」

 どういう事だ。訳が分からず首を傾けてけば、彼は頷く。

「ベル、お前は急いで城に戻って使用人たちを叩き起こして欲しい。それで城門を開いておくように伝えてくれ」

 そう言われたものだが、依然として微塵も状況が飲み込めていないもので……。

「待って、どういうことなの……」

 彼の袖を掴んでベルティーナがくと、ミランはこめかみを揉んだ。

「いずれは分かることかもしれないが、表の世界から来たベルにこれをはっきりと言うことは……」
生憎あいにく、愛国心なんて微塵もないわ。はっきり言ってちょうだい。貴方、急いでいるのでしょう?」

 きっぱりとベルティーナが言い放つと、ミランは切羽詰まった顔を背けた。

「……ナハトベルグは表のヴェルメブルグの複製にして鏡合わせ。鏡像きょうぞう世界だ。多分、戦争ではないだろうが……大規模な森林伐採だの丘陵を崩すだの開拓でもやってるんだろうな。あっちで必要以上に資源を奪えば、大地の生命力のバランスを崩して、こっちでは天災に変わり果てる。この強風はその現れの一つ」

 きっぱりと言ったミランの言葉に、ベルティーナは目をみはった。

 ……天災の話は以前の外出時に聞いたが、まさかそれが表の世界、ヴェルメブルグと繋がっていたとは。

 だが、その言葉を聞いて納得した。
『時折』『今はだいぶ減った』と……確か、そんな言葉を彼は言っていただろう。つまり、あちらの戦時はこの天災も日常的だったのだろうと。

「だがな、問題はそこじゃない。加えて自然発火で森林火災が発生したんだと思う。木が燃える焦げ臭い嫌な匂いが微かにするんだよ」

 彼は今一度、すんと鼻を鳴らした後に、ベルティーナの両肩を掴み、正面を向かせた。

「負傷者を見つけたらすぐに城に運びたい。だから早く戻って知らせて欲しいんだ!」

 ──お願いだ、と真っ正面から真摯に言われ、ベルティーナは有無を言わず急いできびすを返して石の階段を駆け下りた。

 そうして、ベルティーナが庭園を出たそのときだった。

「ミラン! ベル様!」

 リーヌの自分たちを呼ぶ声が聞こえ、ベルティーナはリーヌの名を叫んだ。声のした方を向けば、糸のように目を細めてよろよろと歩むリーヌの姿があった。
 平衡感覚を失っているかのようだった。ベルティーナは慌てて彼の元に駆け寄り、肩を貸した。

「……ああ、すいません、ベル様」
「気にしないでちょうだい。貴方たちが陽光の下で目が眩むとは、先ほどミランに聞いたばかりだったの。ゆっくりでいいから城に戻りましょう」

 そう告げるなり、ベルティーナは顔をしかめた。

 同種のリーヌでさえこれだ。〝さっきのベル、目も口もなかったから〟だなんてミランは笑っていたが、彼だって相当だっただろう。
 いや、平衡感覚さえ失わずに歩くことができたことに逆に驚いてしまい、彼の尋常ではない逞しさをベルティーナは改めて悟った。

「ミランは……」
「森林火災を悟ったみたいで、負傷者がいれば救助に行くと……」

 東屋の方を見上げると、ちょうど黒い竜──ミランが飛んでいく様子が目に映った。

「やっぱり……間違いじゃなかった。正面塔の見張りが南西部の森で煙が上がっているなんて伝えがあって」

 リーヌがいよいよ瞼を伏せて告げたそのときだった。
 ごうと低い咆哮が次々に轟き、空を見上げると、燦々とした青空の中、大きさも姿形もバラバラな竜たちが、ミランの向かった方向へ飛び立っていった。


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