呪われし復讐の王女は末永く幸せに闇堕ちします~毒花の王女は翳りに咲く~

日蔭 スミレ

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Chapter4

第32話 見張り塔に隠された秘密の部屋

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 王城まで続く坂道で、ベルティーナは城の甚大な損傷を理解した。
 白昼の陽光の下では焦点も合わず、遠目ではまず分かりもしなかったが、自分に与えられた部屋が剥き出しになっていることから、その鮮烈な壊れ方がよく分かった。

 帰路の最中、ミランから城の損傷のことは聞いていたものだが……まさか、ここまでとは誰が思うものか。
 ベルティーナは目を細めてため息をついた。

「まず……ヴァネッサ女王に詫びなくちゃとは思うけれど……」

 ──果たして、この惨状をどう謝ったらいいのかも分からない。
 困窮して、ベルティーナがため息をつくと、ミランはやれやれと首を振った。

「……まあ、俺がどうにかする。そもそも魔に墜ちることに関しては、完全に予測不能だしな」
「確かにそうだけど……私がしたことで……」

 当然のように責任は感じてしまうものだった。きっと修復にも莫大な資金が必要になるに違いない。ベルティーナが眉を寄せて言うと、彼は「くく」と喉を鳴らし、笑みをこぼした。

「確かに、この有様だ。すげえ怒られやするだろうが……」

 笑いながら城を見上げてミランは口走った。しかし、彼は唐突に何かを思い立ったようで、すぐにベルティーナに視線をやった。

「そういえば、ベル。どんな罰でも受けるとか言ったよな……?」
「ええ、その言葉に二言はないけれど」

 ベルティーナが毅然として返すと、彼は何か思い立ったようで、ニヤリとどこか狡猾に笑む。
 その態度だけで何かを企んでいることは容易に理解できた。しかし、いったい何を企んでいるのか……。
 ベルティーナは怪訝に眉を寄せるが、彼は「おいで」と言うなり、ベルティーナの腕を掴んで足早に歩み始めた。

 そうして連れて行かれた先は城ではなく、自分が管理する庭園だった。
 緩い階段を上って東屋を横切り、やがてその奥に佇む見張り塔ベルグフリートへと辿り着く。

 確かここは物置だと聞いている。中なんて見たこともないが、確か……現在城の中で使われてもいない調度品がいくらかあるとだけ、ハンナから聞いただろう。

「ここに何の用が……」

 ベルティーナは顔をしかめてミランに言うと、彼は上衣の胸ポケットから鍵を取り出し、開錠した。

 まさか、この塔の鍵をミランが保有していたことにも驚いてしまうものだが、いったいどうして……。
 しかし、彼が薄く笑んでいることから、何だか嫌な予感しかしなかった。きっと自分に罪人気分でも味わわせるために、しばらくこの塔の中に閉じ込めるのだろうと……。

 とはいえ、元々が塔暮らしだ。薄暗い場所には慣れているし、狭い場所だって苦手ではない。別にこれで恐怖なんて感じることもなく、まったく罰にならないだろう。

 そう思ったものだが……塔の中に入って、ベルティーナは呆気に取られてしまった。
 その中は、聞いていた倉庫とはかけ離れていたのだ。

 ──塔の奥には簡素なベッド。そこには清潔なシーツが敷かれており、部屋の片隅には浴槽と思しき大きな桶が設置されている。
 それに、中央にはテーブルがあり、それを挟んで二人分の椅子が置かれていた。それに、燭台や棚などの調度品もあるもので……。

 果たしていったいこれはどういうことなのだろうか……。
 ベルティーナは眉をひそめて空間を一望した。しかし、どこか既視感がある景色のようにベルティーナは思う。

 ふと連想するのは、ヴェルメブルグ城にある自分が十七年間住んでいた塔の中で……。

「どういうことなの……これは」

 ベルティーナはミランを一瞥してくと、「気に入った?」なんて、彼はベルティーナに穏やかに尋ねる。

「そうじゃなくて。この部屋はどういうこと……この見張り塔ベルグフリートは物置だと聞いていたわ」

「ああ、これな。ベルが元々が塔暮らしって知ってたから……気晴らしにもなるだろうし、あくまで最低限の生活ができるように用意しておいたんだよ。しっかりと明かりもつくし、本を持ち込めば読書もできるだろうし。庭園いじりの休憩に使ってもらいたいって、森林火災のとき負傷者の治療をああまでして頑張ってくれたからお礼にな」

 ──こっそり用意してた秘密の部屋、なんて照れくさそうに言うものだから、ベルティーナは思わず笑ってしまった。

「で、それで……私がここでしばらく一人で暮らすことが罰ってことかしら?」

 ──そんなのまったく罰にもならない、ときっぱりと言うと、彼はすぐに首を振った。

「いいや、一人じゃない。カラスじゃない俺と二人きりでな」

 ──それが罰、と彼が毅然として言うものだから、ベルティーナは目をみはった。

「嫌か?」
「嫌かどうかじゃなくて……ミラン。貴方、番人の仕事は?」
「する。今まで通り、夜だけ出て行く。夜明けには帰るからいつもと同じ」
「貴方、これをヴァネッサ女王や近侍きんじのリーヌに何て言うつもりよ……」

 ベルティーナが呆れてくと、ミランは顎に手を当てて目を細めた。

「城ぶち壊したベルのお仕置きは俺が下すから、閉じ込めておいたって言う。ついでに蜜月予行演習とでも?」

 その言葉で確信に変わった。
 この罰の意図を読み解き、ベルティーナは顔を真っ赤に染めて口をぱくぱくと動かした。

「……ちょっと待って。貴方、即位はまだよね? 私たちは婚前よ? そんなの不潔だわ」

 慌ててベルティーナが言葉を挟むと、彼は眉を寄せた。

「それは、前にも言ったけど〝人間特有のしきたり〟だろ。魔性の者にはそれは……ない。それに、ベルはもう人間じゃないだろ?」

 きっぱりと言われてしまい、ベルティーナは言葉を失い、頬を真っ赤に染めた。

 確かにそうだろう。魔に墜ちたのだ。その証拠に自分の腰から突き出た茨の蔦が動揺に比例してうようよと蠢いているのだから……。

「さ、さすがにそれは……」

 ──不健全だと思う、と、言いたいが唇は空回りするばかりで言葉なんて出てこない。しかし、ミランが追い打ちをかけるのはすぐだった。

「なぁ、言ったよな? 二言はないって。ベルは自分の発言に責任は持てるよな?」

 ぞっとする程、甘い声。
 外耳を舐めるように甘やかに囁かれ、ベルティーナは震えながら、きつく瞼を閉ざした。

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