呪われし復讐の王女は末永く幸せに闇堕ちします~毒花の王女は翳りに咲く~

日蔭 スミレ

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Chapter4

第34話 ふしだらな罰に赤らむ頬の熱

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 ※※※

 次にベルティーナが目を覚ましたとき、尋常ではない身体の怠さに起き上がることもできなかった。

 ……確か、あの日明け方に魔性化して、それで夜の祝福を受けて。
 一連のことを思い出した。

 魔に墜ちれば身体が怠くなることは予想できていた。何せ、ハンナは四日も目を覚まさなかったほどだ。

 ……自分は果たしてどのくらい寝ていたのか。そんな風に思うが、どうやら指先はきちんと動く。瞼を伏せたまま、ベルティーナは寝返りを打とうとするが、まるで何かに縛り付けられているかのようで身動き一つも取れなかった。

 ──何よ。

 ベルティーナは緩やかに瞼を持ち上げたが……途端に硬直した。くっつきそうなほど近くにミランの寝顔があるのだ。ベルティーナは漏れ出そうになる悲鳴を必死に堪えた。

 そうだ。自分は、庭園に佇む塔の中に監禁されたのだ。罰を受けると言葉に二言はないと言い、その後……。

 一連の出来事を思い出した途端、ベルティーナは羞恥でぷるぷると震え上がった。
 あれから何日が経過したのだろう。だが、彼の顔の傷を見る限り、そんなに時間が経っていないように思う。

 ……手負いの獣は、危険だとよく言うものだ。
 手負いにさせたのは紛れもなく自分ではあるが、確かに危険だっただろう。そんなことを思い出しつつ、ベルティーナが唇をもごもごと動かしていれば、ミランは薄く目を開いた。

「……起きたのか?」

 ──昼間は本当に可愛かった。
 なんて続けざまに甘やかに言うものだから、ベルティーナは真っ赤になって首を振った。

 それで分かった。本当に昨日の今日。まだ一日も経っていないのだと……。

「そ、そういうのは……恥ずかしいからやめてちょうだい」
「そう。でも綺麗だった」

 それはもう、本当に愛おしげに甘やかに言うものだから、羞恥を覚えたベルティーナは狼狽え、彼の胸の中に顔を埋めた。

「え、何……もう夜だけど。そろそろ起きなきゃいけないけど、まだいいのか? さて、遅刻理由は何て言おう……」

 ミランは真面目になって言うものだが、まったく見当違いな言葉にベルティーナは呆れさえ覚えてしまった。それでも嫌な気がしないもので、ベルティーナは苦笑いをこぼした。

「そうじゃないわよ。その……私が負わせた傷、結構痛かったでしょう? 怪我の処置、後でちゃんとしないと。私の背中から生えてる蔦、神経毒があるみたいだし……」

 心配になってくと、ミランは「いいや」なんて欠伸交じりに言う。
 そうして、ベルティーナを抱き直し、髪を優しい手つきで撫で始めた。

「平気。だから、ベルは大袈裟なんだよ。……だけど、そうやって治療に駆け回ってくれたおかげであの火災では死傷者が出なかった。お前に守られた部分もある。だから、本当にベルがいてくれて助かった。ありがと」

 穏やかにミランに礼を言われて、ベルティーナは胸の内が仄かに温かくなったことを自覚した。
 しかし、以前のような焼けるような熱さはない。それはもう心地よいほどに温かなもので、ベルティーナは心から幸せに思い、気づけばまなじりに涙が滲んできた。

 それは、やがて水流となり、嗚咽がこぼれ始めるとミランはベルティーナの背を優しく摩る。

「本当は案外泣き虫なんだな。俺のお姫様は……」
「そんな、わけ……ないじゃない。だけどなんだろう。幸せで、嬉しくて、寂しくなくて。私、本当にこんなに幸せでいいのかしらって……思って」

 嗚咽が絡み、上手く言葉にも出せない。それでも、嬉しいと何度も言葉に出すと、ミランは少し困ったように笑んで、ベルティーナの頬に流れる涙をぺろりと舐めた。

「これからたくさん幸せにしてやる。俺は必ず母親に勝って王位を継承する。子どももできれば家族だって増える。賑やかな城にしよう。それと、ベル……」

 真面目な口調で愛称を呼ばれ、ベルティーナは涙を拭って彼を見上げた。

「何があろうが、お前の居場所は翳りの国ナハトベルグだ。俺の隣だってことを絶対に忘れないでくれ。絶対に、絶対に……この約束だけは俺、破らないから」

 ──誰よりも愛してる。
 と甘やかに付け添えて、ミランはベルティーナの唇に触れるだけの口づけを落とした。

「ミラン。私も、貴方を愛してるわ」

 ──愛してくれてありがとう。私を認めてくれてありがとう。
 囁くように告げたベルティーナの声は闇の中へと溶けて消えた。

 ***

 彼からの罰──見張り塔ベルグフリートの監禁生活はもう何日目になるのだろうか。

 ミランと共に過ごす昼間を数えるだけでもう五度目ほどだろうか。ベルティーナは、ミランが朝食にと置いていったサンドイッチを口いっぱいに頬張りながら、ぼんやりと目を細めて塔の中を眺めていた。

 ……罰なのだから、仕方ないと思うが、如何せん暇だった。

 しかしながら、本当に不健全な生活だと思う。
 勿論、幸せだとは思うが……そろそろ許して欲しい頃合いだとベルティーナは思っていた。

 たとえこっぴどく怒られたとしても、城を壊したことを女王に詫びるべきだろうとは思う。それに、森林火災の負傷者たちの様子だって見に行きたいと思う。ハンナや双子の猫侍女たちに随分と会っていない気さえして、少しばかり寂しいとベルティーナは思った。だが、同じくらい気がかりに思えたことは庭園だ。

 ハンナや双子の猫侍女たちが仕事の合間を縫って様子を見に来てくれているだろうとは思うが、それでも自分の目で見ていないのだから不安しかなかった。

 しかし、よく考えれば……今自分がいるこの塔は庭園の高台に佇んでいるのだ。だが、外から施錠されているせいで自ら出ることは叶わない。

 どうにか出ることができないものか。ベルティーナは顎に手を当てて思考を巡らせていたさなか──塔の扉から叩扉こうひが響いたのだ。

「ベルティーナ様! ベルティーナ様!」

 外から聞こえた声は間違いなくハンナのものだ。ベルティーナは慌ててサンドイッチを飲み込み、扉に歩み寄った。
 そうして施錠音がしてから間もなく扉が開き、案の定そこにいたのはハンナだった。しかし意外なことに、その隣にリーヌの姿もある。

「……久しぶりね? ハンナ。それとリーヌ」

 魔性に墜ちてから会うのは初めてだろう。
 ハンナは驚いた表情のまま、ベルティーナの方をじっと見つめていた。

 しかし、彼女の黄金きんの瞳にたちまち水膜が張り始めたことに、ベルティーナはぎょっとした。
 なぜに泣くのかと思えてしまうもので……。

「え、どうしたのよ……そんな、まるで本当に生きてた! みたいな顔で」

 まさにそんな風に見えてしまったのだ。
 そっけなく言うが、途端に強い力でハンナに抱き寄せられ、ベルティーナは目を丸くして泣きじゃくる彼女の背を撫でた。

「ちょっと、何を泣いてるのよ、ハンナ……」
「だって、だって……ベルティーナ様、こんな場所に幽閉されて。使用人たちの間では本当は正気に戻らなかったとか……近々葬るだなんて噂もあったほどで」

 その言葉にベルティーナは固まった。
 なんだその噂は……。

「ちょっと待って。ミランから何も聞いてないの? 彼のお陰で理性は取り戻してるわよ。これは彼に課された罰。ただの仕置きよ?」

 驚いてベルティーナが告げると、ハンナはすぐに首を振った。
 しかし、ベルティーナの発言を聞いたリーヌは目を細めたまま顎に手を当てていた。

「いいえ、私たちは何も聞いてません。心配で心配で……無礼も承知で毎日のようにミラン様に聞いたのです。それにリーヌ様にも。でも何も知らないって。……ですが、先ほど即位の決闘に出向かうミラン様が観念して私に見張り塔ベルグフリートの鍵を渡して〝ベルをそろそろ出してやってくれ〟って言ったんです。……それで私が塔に向かう最中、リーヌ様に会いまして、ご一緒に」

 ことの流れを言い切ると、ハンナはリーヌの方を一瞥したが、リーヌはまだ腑に落ちないような表情を浮かべていた。

 考えれば考えるほど頭が痛くなってきた。まさか、とは思うが……ミランは自分を塔の中に閉じ込めていることなど誰にも言っていなかったのだろう。
 確か、仕置きを自分の手で下すと告げると言っていたのに……。

「ねえ、リーヌ。もしかして貴方も私が理性を取り戻した上で、ここにいることを彼から聞いてなかったのかしら?」

 リーヌにけば、彼は目を細めたまま無言で頷いた。

「……え、じゃあ。どういうことなの、これは。彼から何て聞いたの?」
「〝決着はついた。少しベルの容態が良くないから、庭園の塔に閉じ込めて様子を見てる〟……と。それで、ベル様の理性が戻っているかを何度も聞いたものですが、何も答えなかったもので……」

 呆れたため息を一つ吐き出してリーヌは目を細めたが、ベルティーナもまったく彼の意図が理解できずに目を細めた。
 それから数拍置いた後、リーヌはため息をこぼし、緩やかに唇を開く。

「さて。僕が想像できるミランの思考の予想をいいですか?」
「ええ、構わないわ。どうぞ言ってちょうだい」

 ベルティーナの返事に、リーヌは一つ咳払いをした後に話を切り出した。

「……魔に墜ちたベル様と対峙したミランはかなりの手負いでしたよね? ベル様は理性を取り戻していた。で、誰にも言わずこんな手段に出るのは、早く確実に自分のものにしたかったっていう……あの拗れた独占欲ゆえの行動としか思えません」

 ──それで、ベル様を絶対に逃がさないようにするために、こうして既成事実でも作り、女王との決闘に死ぬ気で勝ちに行こうと鼓舞するためとしか思えないもので。

 そう、すべてを言い切ると、リーヌはまたしても深いため息をこぼした。

「そもそもですけど、初対面で僕がベル様にかしずいて手を取ろうとしたとき、あいつ何て言ったと思います? 〝それはやるな。俺もまだ手の甲にさえキスできてないから〟なんて言ってるんですよ」

 ──まったく酷い拗らせぶりだ。
 なんてこぼしつつ、リーヌはやれやれと首を振った。

 それを聞いてベルティーナはさらに頭が痛くなってきた。
 過去にしたことといえば……彼を助けただけだ。たったそれだけのことで……。本当にどうしようもない程に拗れているだろう。
 普段はあんなにすました顔をしているというのに……。

「ええと、殿方にこんなことを殿方にくのははしたないかもしれないけど……魔性の者って婚前に関係を持つことって普通なのかしら?」

 困惑しつつこめかみを揉んだベルティーナはリーヌを一瞥してくと、彼は顔を真っ赤に染めてぶんぶんと首を振った。

「そんなわけないじゃないですか! 基本的には正式なつがいとなってからです。ましてや決闘の前にもっての外。直系の王族はこの辺りは守って当然のしきたりです。ふしだらですよ、さすがに……」

 その言葉を聞いて、ベルティーナの思考は完全に停止した。
 だが、頬に滞った熱はたちまち弾けて、尋常ではない熱さを生む。

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