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第一章 運命の人

1-20.託された終わりへの切望Ⅱ

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 精霊には部屋も鍵が通用しない。どこにだって勝手に入る事ができる。
 それでも生きた人の気配のする建物内を縄張りにする事はない。だからこそこの祈りの間か……ここには遺体しかないのだから。

 敵意を感じない事が幸いだった。
 ただ視線を感じるだけで語りかける様子もない。アイリーンは安心して室内を見渡すが、薔薇色に光る塊を二つ見つけて青ざめた。

 室内が薄明るい原因はこれだ。
 嫌でもそれが女神たちの成れの果てと理解してアイリーンは卒倒しそうになるが、すぐにジャスパーに背を抱かれる。

 その空間には蹲る姿をした乙女と祈る姿をした乙女が向き合って並んでいた。
 まさに石膏の彫刻品のようだった。

 顔を見る限り、十七歳の自分とは変わらない年端と分かる。蹲る娘は長い髪。祈る娘は肩に付くほどの短い髪型の乙女の姿をしている。

 その前には剣と鏡が置かれており、紛れもなく前代、前々代の女神と分かる。

 畏怖に自然と涙がこぼれ落ちた。身体が震えるが、それを悟ったのかジャスパーは痛い程に抱き締める腕の力を強めた。

「女神は朽ちないと象徴するみたいだな……あまりに悲しい」

 ジャスパーの声は僅かに震えていた。
 彼はゴーグルを外すと、アイリーンを丁寧な所作で座らせて、蹲る乙女の石像の前で祈る姿勢を取る。そして、立ち上がると今度はもう一人の女神の前でも祈る姿勢を取った。そうしていくばくか。祈りを終えた彼はアイリーンの方を向く。

「この方があんたの先代みたいだ」

 アイリーンは立ち上がり、彼の示す石像に怖々と近付いた。

 ──三代目は祈る姿勢を取った髪の短い乙女だった。
 彼女は憂いの帯びた面をしているが、その目元は優しげな笑みを浮かべて、あるものを見つめていた。

 視線の先は彼女の膝の近く。置かれていたのは色褪せた封筒だ。宛名には〝四番目の汝へ〟と……見覚えのある書体で綴ってある。

 震えた手でアイリーンが手紙を取り封を切ると、相変わらずに堅苦しい文頭の挨拶から始まった。

 ……内容はジャスパーの発言の答え合わせのよう。リグ・ティーナ人の青年との関わりを記したものだった。

 その男とのなれ初めは、ジャスパーと同じで彼が鳩を使って手紙を送って来たそうだ。だが当時の石英樹海の人間は女神とて文字の概念も持たなかった。

 初めこそは解読不能で困ったらしい。しかし文字は彼女の探究心は刺激した。何を書かれているのか気になり、彼女は下っ端の若い神官に頼んで文字の読み書きを教わったらしい。

 彼、フリント・ヒューズとは約三年文通したそうで、互いに似た者同士だからこそすぐに打ち解けたそうだ。

 クリスタルに蝕まれた女神と錆に蝕まれた忌まれた王子。こんな間近に似た呪いは二つもある。二つの国の歴史と石英樹海の発現など……。

 厄災は人々に語り継がれようが時が経てばあやふやな輪郭になる。それでも、石英樹海の発現、女神ともう一人の呪われの誕生は恐らく密接な繋がりがあるに違いないと二人は真実を探ったそうだ。

 その最中、次第に三代目は彼に憧れを抱き惹かれるようになったそうだ。

 直接話をしたい一度で良いから会いたい、ともに呪いを解きたい。できる事ならば寄り添い生きたい。と文字にしたためてからというものの音信不通になったそうだ。

 三代目は異常な程に直感力が優れていた。
 ましてやこの樹海にはお喋りで気まぐれな精霊や妖精たちがそこらじゅうにいる。

 それ故に、彼が樹海の洗礼に遭って死んだ事はすぐに分かったらしい。

 あんな我が儘を書かなければ良かったと彼女は後悔した。
 しかし、あの執念深い探究心を考えれば、彼はその想いを次代の錆の王子に繋ぎそうだと思ったらしい。
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