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第一章 運命の人
1-19.託された終わりへの切望Ⅰ
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「さてと。で、女神の祈りの間とは……?」
ぴったりと背後から抱き留めるような形で身をひそめたジャスパーはアイリーンに耳打ちした。
しかし、このやりとりが何とも気恥ずかしい。耳に吐息が擽りこそばゆくて仕方ないのだ。
幸いにも、真っ暗闇なので真っ赤になっている事などバレていないだろう。
「反対側の脇に石の階段があります。そこを最後まで下ると石の引き戸があります。扉は私にしか反応しないそうです」
精一杯背伸びしてジャスパーの耳に吹き込むと、彼は黙って頷くが──ひょいと身が宙に浮きアイリーンは小さな悲鳴を漏らしてしまいそうになる。
「この距離じゃ俺が抱えて走った方が早そうだから我慢してくれよ」
もはやこれには頷く他なかった。
静か過ぎる神殿に住んでいるとよく分かるが、男性の足音は地面を蹴りつける力がある所為か少しだけ大きく感じる。片や、サーシャや自分のものは小さいものの歩幅は狭い所為かどこか忙しない。
しかしジャスパーと来たら、忍び込む為とは言え、足音を消すのが上手だった。
たとえ暗闇でも、枯れ枝を踏む失敗などしない。
理由は今彼が目元に装着したもののお陰だろうか。
確か、暗視ゴーグルと説明しただろう。
アイリーンは、ジャスパーを不思議そうな顔を見つめると、その視線に気付いたのか彼はニタリと口角を上げた。
そうして難なく、女神の為の祈りの間まで辿り着く。
アイリーンが扉の前に立った瞬間だった。金色の幾何学模様が走り、正十字に蔓草のリース──エルン・ジオ聖教の紋章が浮かびあがる。
「女神自体が鍵か。どんな仕組みだよ、これ……」
感心した調子でジャスパーは言いつつ、アイリーンの後について祈りの間へ入った。
「出口で待っていても良いですよ……」
「いや、あんた暗いのが怖いだろ? それによく見えないだろ? それにここまで真っ暗だと闇雲に歩かない方が良い」
あと事実、俺でもこれは怖い。彼が言うがアイリーンからすれば真っ暗で空間を把握できない。
「どんなですか……」
「……うーん。ちっと形容しにくいな。まぁ色んな意味で怖いもんは怖い」
あっけらかんとした調子なので大して怖そうにも聞こえないが……。
アイリーンは目を細めて彼の方を見ると、何か気付いたのか彼は軽くアイリーンの手を引っ張った。
「奥に通路があるみたいだ。そこが女神たちの墓地に通じる所か?」
「た、多分……それだと思います」
「分かった。じゃあ行こう」
ジャスパーはアイリーンの手を引いて歩み始める。通路に入るとぼんやりと薔薇色の光が見え始める。ややあって開けた場所へ出た。
光もささぬ密閉された地下というのに、不思議と空間は薄明るかった。室内はまるで緑豊かな森の中のよう。二百年以上誰も踏み入って居ない筈だが床や壁には青々とした苔が生していた。
なぜ室内がこのようになっているのか一つ見当がつく。この室内には明らかに命の気配があるからだ。
恐らく地面や壁に……今は目視できないが多くの視線が静かにこちらを見ている事が分かる。
それをジャスパーも感じたのか、彼は注意深く周囲をぐるりと見渡した。
「すげぇな……森の中みたいだ。土の精霊か?」
「多分そうかと。寡黙で穏やかな性質の彼らは基本的に人前に姿を現しません。私もはっきりと見た事はないです。でも、恐らくこの室内だけで夥しい数がいます」
苔は間違いなく彼らの仕業だ。それどころかよく見れば苔どころか茸やシダ植物まで生い茂っている。
ぴったりと背後から抱き留めるような形で身をひそめたジャスパーはアイリーンに耳打ちした。
しかし、このやりとりが何とも気恥ずかしい。耳に吐息が擽りこそばゆくて仕方ないのだ。
幸いにも、真っ暗闇なので真っ赤になっている事などバレていないだろう。
「反対側の脇に石の階段があります。そこを最後まで下ると石の引き戸があります。扉は私にしか反応しないそうです」
精一杯背伸びしてジャスパーの耳に吹き込むと、彼は黙って頷くが──ひょいと身が宙に浮きアイリーンは小さな悲鳴を漏らしてしまいそうになる。
「この距離じゃ俺が抱えて走った方が早そうだから我慢してくれよ」
もはやこれには頷く他なかった。
静か過ぎる神殿に住んでいるとよく分かるが、男性の足音は地面を蹴りつける力がある所為か少しだけ大きく感じる。片や、サーシャや自分のものは小さいものの歩幅は狭い所為かどこか忙しない。
しかしジャスパーと来たら、忍び込む為とは言え、足音を消すのが上手だった。
たとえ暗闇でも、枯れ枝を踏む失敗などしない。
理由は今彼が目元に装着したもののお陰だろうか。
確か、暗視ゴーグルと説明しただろう。
アイリーンは、ジャスパーを不思議そうな顔を見つめると、その視線に気付いたのか彼はニタリと口角を上げた。
そうして難なく、女神の為の祈りの間まで辿り着く。
アイリーンが扉の前に立った瞬間だった。金色の幾何学模様が走り、正十字に蔓草のリース──エルン・ジオ聖教の紋章が浮かびあがる。
「女神自体が鍵か。どんな仕組みだよ、これ……」
感心した調子でジャスパーは言いつつ、アイリーンの後について祈りの間へ入った。
「出口で待っていても良いですよ……」
「いや、あんた暗いのが怖いだろ? それによく見えないだろ? それにここまで真っ暗だと闇雲に歩かない方が良い」
あと事実、俺でもこれは怖い。彼が言うがアイリーンからすれば真っ暗で空間を把握できない。
「どんなですか……」
「……うーん。ちっと形容しにくいな。まぁ色んな意味で怖いもんは怖い」
あっけらかんとした調子なので大して怖そうにも聞こえないが……。
アイリーンは目を細めて彼の方を見ると、何か気付いたのか彼は軽くアイリーンの手を引っ張った。
「奥に通路があるみたいだ。そこが女神たちの墓地に通じる所か?」
「た、多分……それだと思います」
「分かった。じゃあ行こう」
ジャスパーはアイリーンの手を引いて歩み始める。通路に入るとぼんやりと薔薇色の光が見え始める。ややあって開けた場所へ出た。
光もささぬ密閉された地下というのに、不思議と空間は薄明るかった。室内はまるで緑豊かな森の中のよう。二百年以上誰も踏み入って居ない筈だが床や壁には青々とした苔が生していた。
なぜ室内がこのようになっているのか一つ見当がつく。この室内には明らかに命の気配があるからだ。
恐らく地面や壁に……今は目視できないが多くの視線が静かにこちらを見ている事が分かる。
それをジャスパーも感じたのか、彼は注意深く周囲をぐるりと見渡した。
「すげぇな……森の中みたいだ。土の精霊か?」
「多分そうかと。寡黙で穏やかな性質の彼らは基本的に人前に姿を現しません。私もはっきりと見た事はないです。でも、恐らくこの室内だけで夥しい数がいます」
苔は間違いなく彼らの仕業だ。それどころかよく見れば苔どころか茸やシダ植物まで生い茂っている。
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