欠陥だらけの彼は箱庭で救世主と呼ばれる【イラスト付き】

へっど

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三七 決断(2)

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三七 決断(2)



「多綱さん。お目覚めですね」その声で、魁地は我に返った。

 ……ここは、どこだ?

 魁地はそこがどこか分からず困惑している。どうしてこうなっているのか、記憶を辿っても繋がらない。
 ……まて、徐々に何かが戻ってくる。それは、彼の左手。そこに纏わりつく血が皮膚を通して温かさを伝える。その血は、彼女のものだ。

 そうか、俺、霧生を死なせちまったんだっけ。

「多綱さん、大丈夫ですか?」
 彼は魁地にもう一度声を掛けた。

 魁地は驚いたように首を振り、辺りを見回している。そして、ようやく目の前の彼を見つけた。いや、彼は元々そこにいた。よって、ようやく視認できた、と言う方が正確だ。


 見慣れない服装の少年。だが、その顔には覚えがある。そこに立っているのは紛れもなく信司だった。
「えっ……お前、信司か?」

「いったい、ここは何なんだ? ひょっとして、これが地獄ってやつか?」
 地獄――咄嗟に出てきた言葉ではあるが、ちょうどいい言葉だ。犯した罪を考えれば、俺にはそれがちょうどいい。

 だが、信司から出てくる言葉は、魁地の期待とは異なっていた。

「いえ、ここはアーティファクトのシステムディメンジョン内にあるOS空間です。ここに僕の実態はありません。これはイメージで作り上げられたものですが、顔のデザインは馴染みのあるアバターのものを使っています。服装は私たちの世界のものです。今回の一件で、僕もようやく分かりましたよ。多綱さんの秘めた能力が」

「能力? ……ああ、例の未知な力ってやつか」
 魁地は上の空で機械的に信司と会話をしている。どこを見るでもなく……と言っても、ここには見るものなどないので、信司以外焦点を合わせる対象物などないのである。彼から目を逸らせば、自動的にそういうことになる。

 何もない――その状況は、魁地の気持ちを幾分か和らげた。彼は夢の中で自分を俯瞰するかのように、全てが他人事のように感じられた。

「そうです。今、このアーティファクトは完全に動きを停止しています。多綱さんは五年前の事件を覚えていますか?」
 魁地の中で、その光景が鮮明に浮かび上がる。自己の存在感を失った今の彼には、然程のストレスもなくそれが思い出される。

「ああ、あの時は、いつもより長い予知を見たんだ。十分くらいかな。だけど、俺は何も変えられなかった。全ては予知の通りに動いた。そして、失った。全部俺のせいだ」
「やはり、そうですか。おそらくそれは、予知というより『既視感』と言った方が正確でしょう。定期的に発生する干渉ノイズ、既視感、そして、全てが停止したこの世界。そう考えれば、全ては一致します」

「何と一致するんだ?」
 魁地には信司の言っていることが理解できない。今となってはあまり理解する気もないが、彼は興味もなさそうに惰性でそう尋ねた。

「多綱さんは、アーティファクトのデータリストアを起動しているんです。つまり、復元機能です。まさか、そんなシステムの深部まで入り込む能力が存在していたなんて、僕も予想だにしていませんでしたよ。不正動作はログさえ残りませんから」

「あっそ。そんな物騒な奴は、早く消した方がいいぜ」
 魁地はぶっきら棒にそう答えた。すると、信司は魁地の手を取り、真剣な眼差しで彼を見つめた。
「多綱さん。気持ちは分かります。ですが、この状況を打破するのも、あなたの力が必要なんです。霧生さんをもう一度助けられるのは、多綱さんだけなんです」

「ふざけんなっ! ザルバンに人の気持ちなんて分かるわけねぇだろ!!」
 魁地は信司の手を振り払った。『霧生』という言葉が彼の中に異常なまでのリアリティーを伴って突き刺さってきた。それまで感じていた浮遊感がずっしりと重い実体となって彼に圧し掛かる。

「霧生は死んだんだ。俺のせいで、あいつは死んじまったんだよ!! もう、ほっといてくれ……」

 突然、彼の頬を衝撃が走る。

 それは魁地が言葉を言い切る前に襲った。
 リアルな痛み。驚きとショックで薄く涙目になった魁地の歪む視界。そこには赤くなった手の平を見つめる信司が映る。
「し、信司?!」

 魁地は俄かには信じられなかった。彼の中の信司は、いつだって完璧なまでの笑顔を見せていた。だが、目の前の彼は違う。その眼は力強さを湛え、癒しを乞う隙を与えない。

「すみません。多綱さん。僕は前に言いました。ザルバンも人間も、同一の構造体だと。僕は、あなたのことを考えて言っているんじゃありません。僕は砂菜さんを助けたい。ただ、それだけです。そのためなら、多綱さんを利用しますし、多綱さんでないとできないんです。これは、命令であり、お願いです」

 俺にしかできない……命令。

 信司に叩かれるなんて思ってもみなかったが、その性で彼は幾分かの冷静さを取り戻した。それでポジティブになれるほど彼は強くはないが、誰のためでもない『命令』という信司の無機質な言葉は、逆に魁地のネガティブな感情を無条件に取り払う理由を与え、彼の身上を軽くするのに一定の効果を発揮した。

 それに、

 『霧生のため』

 という、なんとも神らしからぬ身勝手な個人優遇の不平等さが、人間味溢れていてたまらなくイイ。

 魁地はそこに彼の装飾も取り繕いもない本音を感じた。それは、本当の意味で自分を必要としている、ということだろう。そして、その点については俺だって同意見だ。

「……すまない。お前に従うよ。これは罪滅ぼしだ。霧生のためなら、この身が滅びても、構わない」

 信司はいつもの笑顔に戻り、魁地の手を再びとった。
「ありがとうございます。多綱さんなら、きっとできます」

「ああ……で、どうやったらいい?」

「このアーティファクトは、定期的に復元用のバックアップデータを保存しているんです。それはおよそ二十日に一度、システムだけでなく全パラメーターが圧縮処理されて記憶領域に保管されます。そして、システムディメンジョンからその起動波形が出るとき、いつもどこかから干渉波が反射して返っていました。それが、まさに多綱さんだったんです。多綱さんはバックアップ
が働くとき、何らかのバグでリストア領域を活性化させることができるようです。つまり、五年前に起きた事故の既視感は、実際に体験した事実だったんです。それにショックを感じた多綱さんは、無意識の内に能力を発現し、アーティファクトのリストアを実行してしまいました。それにより、世界は過去に復元され、もう一度繰り返されたんです。結果的に言えば、多綱さんのもう一つの能力は『タイムベント』と言うことができます。ただし、行けるのは過去のみです」
「タイム、ベント……そんなことが、できるわけ」
「多綱さんならできます。あの時は結果を返られなかったようですが、今度は必ず、結果を変えてください」

 魁地は思い出す。両親が死んだとき、なぜ俺は何もできなかったのか。過去を、変えられなかったのか。

 足りなかったものは何なのか。
 何があれば、よかったのか。
 そして、今なら、何ができるのか。

 ……あの時、俺は、信じられなかった。自分と言うものを、その、存在を。だから、本当は思っていたんだ。全てがなくなっても、いいんだと。

 だけど、今は違う。

 何が違う?
 自分はなくなってもいい、ただ、なくしたくないものがある。それは俺を守るために、そこから消えた。だから、俺はそれをもう一度手に入れる。そしてその時には、自分がいなくちゃいけない。彼女のために。

 だから、今なら言える。
 死に代えてでも、自分が、絶対的に、必要なんだと。

 だから、俺は言う。
「俺が、霧生を取り戻す。絶対にだ!」

「多綱さん、よく言ってくれました」
 信司は魁地をそっと抱きしめた。そして、彼は何かを唱えるように口を動かす。
 魁地には信司が何を言っているのかは聞き取れないが、一通り言い終わった彼がニコリと笑顔を溢すと、辺りは眩い光に包まれた。

 光は徐々に強さを増し、魁地の視界を白で埋め尽くして、一切の輪郭を消し去った。
 すると、彼の体は薄く溶け、ただ耳鳴りだけがいつまでも残った。
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