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十六 レッスン

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十六 レッスン


@亀島高校近隣/宮川の川原

「へぇ、高校のすぐ近くにこんな川があるってしらなかった。宮川だっけ? 結構広いのね」
「ええ。それにこの場所は町から離れた少し上流だから、人もほとんど来ないの。能力の特訓にいはうってつけよ。ね、拓馬君」

 振り向くと、近くにいたはずの彼の姿がない。

「おっと、ダメですよ。拓馬先輩」
 川原の草木に隠れて逃げようとしていた拓馬を、栗栖がテレキネシスで木に固定している。

「往生際が悪いですね」
「ちきしょう、栗栖きたねぇぞ! 俺はこんなのやらないからな!」
 すると、動けない拓馬に、マミルが妖艶に迫る。
「まぁ、そう言わないで。テンプトアルでは最強と呼ばれるほどの強力な能力を発揮していたわけでしょ。だったら、その力をコントロールできるようにならないと、いずれお互いに困ることになるわ」
「ぬぐぐ……」

 彼女の色香は恐ろしい。二次元以外お断りと豪語する拓馬が、いとも容易く黙るのだ。
 それにマミルの言う事は最もだ。拓馬がダークマ総帥の力を発揮できるようになったとしても、暴走されてはたまったものじゃないし、スキルを自由に使えるようになれば、あの頃の記憶が蘇る可能性もある。
 ダークマ総帥を取り戻すことが目的の私にとっては、好都合だ。

「リリスちゃん。拓馬君がテンプトアルにいた頃に発揮していた能力ってどんなのがあったか覚えてる?」
「総帥はマルチスキルだから、いくつの能力を持っていたかは分からないわ。それに、あの方は能力同士を組み合わせた使い方もしていたみたいだし、なんとも言えないわね。でも、見ていた限り、テレキネシス、結界、重力子反射……う~ん、それに岩石とか素手で簡単に破壊してたから、リアクションキャンセラーのような能力も使っていたような気がする。あと、テレパスね。これはこの間も体感したから間違いないわ。後は未知数だけど、本人もすべての能力を使えるわけではないって言ってたから、限りはあるんだろうね」
「そう、分かったわ。じゃ、順番にやってみましょ。まずは、手始めにテレキネシスね。これは教える先生もいることだし。栗栖、あんたコツ教えなさいよ。リリスちゃんはサポートよろしくね」

 サポートと言っても、この偏屈なヲタ野郎の拓馬にスキル習得させることなどできるのだろうか。少なくとも、私は以前チャレンジしたことはあったが、まったく聞く耳持たずで頑固として動かず、一度諦めた経験がある。
 ここは一つ、栗栖のお手並み拝見と言ったところだ。

 栗栖は、伸ばした指先でさらっと前髪を弾くと、風になびかれて舞い上がり、その下の笑顔をこれでもかと撒き散らす。
 出た。爽やかさもここまでくるとウザいことこの上ない。

「さぁ、拓馬先輩。こうして対象物に意識を集中してください。テレキネシスを集中するために、両手からエネルギーが出ているようにイメージすると分かり易いです。ほら、こうやって」

 栗栖が川原に転がっている頭程の石を宙に浮かせた。両手を開いて石の両サイドに添えてはいるが、そこには二十センチ程度の隙間があり、間違いなく浮遊している。
「残念ながら、僕が持ち上げられるのは自分の筋力で普通に持ちあがる程度のものです。ですから、完全浮遊は二十から三十キログラム程度が限界ですね。これで十五キロ、と言ったところでしょうか。ただし、この能力の利点は手で持ち上げるのと違って、浮かせた物を動かすのに、重さの制約がつかないということです。つまり、持ち上げさえすれば、自由自在。遠くに投げ飛ばすことだって簡単です」
 栗栖はそう言うと、強力な投石器でも使ったかのように、その石を軽々と打ち放った。
 三十メートル程先で川が水しぶきを上げる。

「ええぇ、そんなことできるわけないじゃん……俺、リアタイで観たいアニメあるから帰りたいんだけど」
 拓馬は川原の石をガチャガチャと鳴らしながら装具を着けた左足を投げ出し、座り込んでしまった。

「拓馬先輩ならすぐできますよ。要領があるんです。思い出してください、今期放映中のアニメ『エスポアール真希』の第一期二話、テレキネシス回。高畠くんが真希ちゃんにテレキネシスの特訓をするシーンです。あ、そうそう。二話と言えば、画家のおじいちゃんに真希が金をせびってヌードモデルをするAパートの冒頭は衝撃的でしたね」

 途端に、拓馬の目の色が変わった。
「おおっ! く、栗栖……お前ってやつは! 拙者、やってみるでござるっ」
「その意気です。まずは軽いものからやってみましょう!」

 栗栖が拓馬に魔丸を与える。拓馬はそれを勢いよく口に入れると、少し深呼吸して中空に手をかざした。
「ちょいさぁ!! ――うおぉっ?! あ、上がった、本当に上がった!」

 ”それ”は、本当に、上がった。
 まさかとは思ったが、それはまるで台風で裏返しになった傘のように、軽々と捲れ上がっている。
 ――私のスカートが。

「ってっめぇ~、た~くまぁ~っ!」
「ぐぉびゃ~っ!」

 またしても私の拳が拓馬の顔面を射抜く。もういい加減、この感触にも慣れてきたものだ。

「いやぁ~拓馬先輩、見事でした! とても鮮やかな空色のストライプ柄でしたね」

 ストレイプ――って、それ、私のパンツの柄じゃん!

「栗栖も死ねっ!」私は魔丸を口に放り投げようとしたが、栗栖のテレキネシスで横取りされ、スキルを発動できない。
「あっ、ちきしょう」
「いやいや、失礼しました。リリス先輩、冗談、じょ~だん、ですよ。すみません、ちょっと悪ふざけが過ぎましたね」
「あんた、ちょっとじゃないでしょうが。真面目にやってよね。せっかく拓馬が能力使えたんだから」

 地面と仲良くなっていた拓馬がむくりと状態を起こした。
 杖に体重をかけて、ゆっくりと立ち上がる。足の不自由な男子を殴り倒すとか、傍から見たらなかなかえげつない光景だろうが、これはあくまで拓馬が悪いのだ。私は無罪だ。むしろ、この程度で済んでいることを慈悲深く感じてほしいものだ。

「リリス、てめぇ、なんで俺ばっかり! 栗栖も見てたじゃん、お前の汚ねぇパンツ」

 この男、マジでデリカシーがない野郎だ。これだから一次元失ったコミュ障のヲタは嫌いだ。もう一度眠らせてあげようか?

 私が再び拳を振り上げると、マミルに腕を掴まれた。
「ちょっと、みんな仲良くしてよね。ねぇ、拓馬君、あの石持ち上げられる?」伸ばした指の先には拳大の石が落ちている。
 拓馬は首をポキポキしながら、「う~ん」と唸って先程と同じようにテレキネシスを発揮しようとする。だが、石は少し震える程度で、それ以上持ち上がる気配はない。

「――っ、ぷはぁ~っ、ダメだぁ~……」拓馬は洗面器に顔を突っ込んだ後のようにふぅふぅと息を荒げている。
「拓馬君、焦らないで。まだ初めてだし、まずは”あれ”で充分な成果じゃない?」
「そうでござりまするな。拙者、今は”これ”で限界でござる。えいっ」ピラピラ。

 私のスカートが再び捲れ上がる。そして、再び拳が拓馬を貫く。マジ、調子に乗んじゃねぇ、このクソヲタが。
「……もう、暴力三次元女子は勘弁です。早く帰ってアニメ見たい」
「勘弁はこっちのセリフよ、ふざけないでよね」

 駄々をこねる拓馬の手を引き、マミルが彼を引き起こす。
「拓馬君、そんなこと言ってないで、早く起きて。次も確実な線で、テレパスの特訓よ」
 すると、マミルは背後から手品のようにひょいと沙羅を出した。そう言えば、いたんだ。存在感の薄さから、一緒について来ていたことも忘れていた。

 確かに、テレパスなら一度拓馬から流入したことがあった。クソみたいな意識象ではあったが、実際に実績があるのだから、コントロールは容易かもしれない。

「テレパスなら、沙羅の検索能力と呼応するかもしれないわ。あんたらちょっと、そこで抱きしめ合いなさい」
 私の拳が火を噴いた――拓馬に。

「っだからぁ~、なんでさっきから俺ばかり殴られるんだよ、リリス!」
「っさいわね! あんた今ちょっと鼻の下伸ばしたでしょうが! それにマミル、あんた冗談も大概にしなさいよね。沙羅も黙ってないでなんか言ってやんなさいよ!」
「……私は、べつに構わない。やってみる」と言いつつ拓馬に歩み寄る沙羅を私は慌てて引き留めた。

「あんた……どこまで冗談なのよ?! マミルの言う事ほいほい聞いてないで、少しは自分ってものを持ちなさいよね。」
 私より頭一つ程小さい彼女が、下から薄い表情で見上げている。心なしか、その頬は紅色が浮き出て見える。

「先輩は、私たちにとって必要不可欠。大切な存在。その能力を引き出せるなら、喜んで」
 こ、この子は、表情一つ変えずになんて大胆なことを言い出すのよ!

 彼女の眼を見ていると、なぜだか宣戦布告されているように思えてくる。っていうか、なんで私は動揺しているのだろう。ダークマ総帥をとられるから? いやいや、まだこいつはクソヲタの拓馬だし、こいつが何をしようと関係ないじゃん。落ち着け、私。

 深呼吸。私は一旦沸騰した頭を落ち着かせる。
「わ、わかったわよ! ……じゃぁ、沙羅の、好きにしたらいいわ」

「そぉ、わかった」そう言うと、彼女はようやく立ち上がった拓馬に向かう。拓馬は杖でふらふらとバランスをとりながら何事かと目を泳がせている。

 沙羅はゆっくりと彼の胸に両手を添えた。そして、彼の心臓の音を聞くように、耳を当てて目を瞑った。なぜだか居た堪れなくなった私も、それに合わせて目を背ける。

 川のせせらぎだけが聞こえる。少しの静寂が漂った。だが、それは「きゃっ!」という珍しく上擦った沙羅の悲鳴で打ち消された。
咄嗟に目を開くと、彼女が拓馬の胸に埋もれたまま少し怯えた表情をしている。

「そんな……当初の計画より、早まっている……」

 ――計画? 相変わらずのか細い声で分からなかったが、今たしかに、そう言ったように聞こえた。
「なんでもない」私は何のことか尋ねてみたが、彼女はそう言って半ば私を無視するようにマミルの元に歩み寄った。

「――また、発生する。次元リーク……」
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