婚約破棄されるはずが溺愛されてしまいました。

香取鞠里

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「それがいろいろあって……」

「わかった! 伯爵のご子息があまりにイケメンだから無理言って一緒に居てもらってるんでしょう?」

 旧友は意地の悪い顔でひらめいたように言った。

 この旧友は、昔から人を陥れて楽しむところがあった。

 本当に性格が悪い。

 隣にいるパトリックに申し訳ない。

 だからといって何も言い返せず唇を噛む私の肩は突如ぎゅっと抱かれた。


「違いますよ。俺が彼女に一目惚れして無理言って一緒に居てもらってるんです」

 パトリックの声に驚いて彼を見上げると、凛とした表情で彼はシェリーの旧友に告げた。

 パトリックの堂々とした振るまいに、シェリーは不覚にもドキリとさせられる。


「そ、そうでしたか……。す、すみません……!」

 旧友は信じられないという顔をしながらも、パトリックに頬を赤く染めていた。


「シェリー、勘違いしてごめんなさい」

 そして旧友はまるで人が変わったようにシェリーに頭を下げたのだった。 

 何だか清々しいのと同時に、シェリーまで頬を赤く染めた。

 *

「さっきはごめんなさい。私の旧友があんなことを言って」

 白馬に揺られるなか、パトリックの背中に声をかける。


「構わない。むしろ、いつまでもシェリーを俺に縛りつけてすまない。そろそろ終わりにするか?」

「……え?」


 あまりに唐突なパトリックの申し出をすぐに理解はできなかった。

 けれど、少ししてシェリーとパトリックの婚約に向けての同棲について言っているのだとわかった。


「どうして……」

「シェリーの気持ちが俺に向かせるためにさらうとか、あまりに勝手すぎるよなと今更ながらに思って。どうだ、俺の気が変わる前に解消してやってもいい」


 シェリーは考えた。

 最初こそいつまでパトリックとの生活は続くのだろうと思っていたけれど、いつの間にかシェリーのなかでパトリックといる生活が当たり前になっていたからだ。

 そして、シェリーは何だかんだ言いつつ、パトリックに少なからず好意を持っている。

 その証拠に、パトリックと離れたくない。そしてその事実を伝えることにいまだかつてない以上にドキドキしているのだから。

 シェリーはパトリックの背中に思いっきり抱きついた。


「いいえ。解消しなくていいわ」

 少し驚いたようにパトリックがシェリーの方に顔を向ける。

「なぜ」

「だって私、いつの間にかパトリックのことが好きになっていたから。離れたくない」

 パトリックが白馬を止める。

 そしてその場にシェリーを降ろすなり、パトリックはぎゅっとシェリーを抱きしめた。

 顔をあげると、濃厚なキスを落とされる。

 今までそばで我慢させていたぶんも気持ちをぶつけられているようだった。


「……パトリック」

 熱をもった吐息混じりの声でささやくと、耳元で甘美な声で告げられる。


「続きは屋敷に帰ってからな。今夜は覚悟してろ」

 パトリックの声だけで体が熱くなる。

 晴れて婚約の条件を満たした二人の甘い生活はここから始まるのだった。


《おしまい》

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