最後に君が笑ってくれたら、それでいい

香取鞠里

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最後に君が笑ってくれたら、それでいい

 文化祭当日。校舎はいつもより騒がしくて、笑い声と音楽が混じり合って、胸がざわついた。

 私は三年生の教室の窓から、グラウンドを見下ろしていた。  
 文化祭実行委員の先輩──高橋悠斗くんは、ステージの設営を手伝っていた。  
 白いシャツの袖をまくって、友達と笑いながらテープを貼ってる。  
 隣にいるのは、二年生の可愛い子。  
 最近、付き合い始めたって噂の子だ。

 知ってた。  
 知ってたけど、今日まで目を逸らしてた。

「ねえ、ちょっと来てくれない?」

 放課後、屋上への階段で私は彼を待っていた。  
 文化祭の片付けが一段落した頃を見計らって、LINEで呼び出した。

 悠斗くんは少し驚いた顔で現れた。  
「どうした? 珍しいな、お前から呼び出すなんて」

「うん……最後に、話したくて」

 屋上は風が強くて、制服のスカートがはためいた。  
 夕陽がオレンジ色に空を染めていて、なんだか映画みたいだった。

「最後に、1回だけ抱きしめてくれない?」

 言葉が出た瞬間、自分でもびっくりした。  
 こんなこと言うつもりじゃなかったのに。

 悠斗くんは目を丸くして、それから困ったように笑った。

「バカ。お前がそんなこと言うなんてな」

 でも、拒否はしなかった。  
 ゆっくり近づいてきて、両腕を広げて、私をそっと包み込んだ。

 温かかった。  
 シャツ越しに伝わる体温と、心臓の音。  
 少し汗の匂いがして、体育館で走り回った後の匂いだった。

 私は彼の背中に手を回して、ぎゅっとしがみついた。  
 涙が止まらなくて、シャツを濡らしてしまった。

 ──この温度を、ずっと覚えていたい。

 どれくらいそうしていただろう。  
 悠斗くんが、優しく頭を撫でてくれた。

「泣くなよ。文化祭の思い出が台無しだろ」

「ごめん……でも、今日で終わりだから」

 彼の腕が、少し強くなった。

「終わりって、何だよ」

「先輩、もう彼女いるんでしょ?  
 私、邪魔したくない」

 沈黙が落ちた。  
 風の音だけが聞こえた。

 悠斗くんは小さく息を吐いて、私を離した。  
 顔を覗き込んで、いつもの優しい目で見た。

「悪いな……」

「いいよ。片想いだったんだから、仕方ない」

 嘘だった。  
 全然よくなかった。  
 胸が痛くて、息ができなかった。

「じゃあ、もう行かなきゃ。片付け残ってるし」

 私は背を向けた。  
 でも、足が動かなかった。

「待てよ」

 悠斗くんが追いかけてきて、私の手を掴んだ。

「今日の夜、もう一回会えないか?  
 校舎の裏で」

「……なんで?」

「話したいことがある」

 私は頷いた。  
 最後のチャンスだと思ったから。
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