一獣一妻 ~異世界へ嫁候補として連れてこられたけど、どうやら人間は憎悪の対象のようです

珠羅

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12 閉ざされた部屋と、古い記憶

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 流れていた涙を拭いながら、世奈はゆっくりとベッドから起き上がった。
 窓の外は明るくて、夜が明けていることを知る。

「・・・・夢・・・」
 マティアスによって、掛けられた鍵の閉まる音で、蘇った恐怖。


 テーブルの上には朝食やその他諸々、お菓子やお茶のポットやピッチャーが置かれている。
 見たくもないのに、扉に視線が行く。

 開かない扉。それを確かめる勇気は今はない。
 ガチャガチャと嫌な音が響く気がして、思わず耳を塞いだ。

 寝ながら泣いたので、瞼が腫れぼったい。
 世奈は顔を洗って、着替えを済ませると、朝食の乗ったカートを覗き込んだ。

 朝食にはパンの実のパンと、超厚切りベーコン、相変わらず少量のサラダに、ミルクと果物。
 食欲がわかなくて、せっかく用意してくれた食事は半分以上手が付けられていないままだ。
 けれど、部屋から出れないのだ。身体を動かすことが無ければ、お腹も減らない。その上、開かない扉はどんどん心を重くさせた。怖くて、扉には近づくことすら出来なかった。



 ソファーにだらしなく座り、クローゼットの方をぼんやりと見つめる。

 アティーネが送ってくれた荷物は、正真正銘世奈の私物だった。
 春色のセーターも、ちょっとお高いコートも。祖母から受け継いだ、着物や宝石も。すべて世奈の物だった。

 着物や宝石は継母に取り上げられたものだ。

 大島紬や江戸小紋に友禅。訪問着や黒留袖もあった。全てそこそこ値が張ると知った継母は自分が着るために、世奈から取り上げようとした。
 母が、あれらの着物を見せてくれた時に、世奈は聞いていた。
『世奈の曾おばあちゃんから受け継いだこの着物はね、女紋っていうのが入っているのよ。これは女親から娘に引き継がれる紋だからね。次は世奈の娘が持つのよ』
 そう聞かされていたのに、継母は、母の形見のものは父がお金を出して購入したものなんだから、すべて継母に権利があると主張したのだ。母の祖母から譲り受けたもので母は世奈に譲ると言っていたと、世奈は主張したが、父は世奈の手から無理やりそれらを奪い取り、世奈の目の前で継母に手渡したのだ。
 着物は当然のことながら継母が自分で着つけが出来ず、売り払われたと、後から知った。 

 知ったときは泣いた。売ってしまうのなら、返してほしかった。たとえ、染みが付いていてもボロボロだったとしても、母との思い出の着物だ。
 七五三の写真には母と着物を着て写っていた。その着物さえ、世奈の手元には残っていない。

 その着物が、綺麗な状態で、たとう紙に包まれてクローゼットから出てきたのだ。



 向こうの世界にすべて置いて来たのだ。良いものも悪いものも全部。相対的に見て、悪いものの方が圧倒的に多かったけれど。
 今更と言う気もする。
 けれど、取り戻せなかったものを、奪われたものが戻ってきたことに対して、嬉しい気持ちもある。


 戻ってたものを見て、世奈は思い出したくない記憶を引きずり出されて、目を閉じた。



 ◇◆◇◆◇                                                                                            



 カチリ
 鍵の開く音で、世奈は何かのスイッチが入ったかのように、瞬きをした。
 一気に現実に引き戻されて、霞みかかった気持ちが晴れていく。

「おかえりなさい」
 扉を開けたマティアスに安堵のこもった笑顔を向ける。
 彼は部屋の中を確認すると、ゆっくりと世奈の座るソファーへ歩いてきた。
 カートに乗せられている食事がほとんど減っていない事に気が付いて、眉を顰める。

「・・・・何か変わったことは?」
「何もないですよ?」
 この部屋からは出られないのだ。何も変わることも、何かをすることもない。

「・・・・体調が悪かったのか?」
 朝食と昼食用にと準備したものはほとんど減っていない。
「いいえ。昨日の夜はご馳走だったから、あまりお腹が減らなかっただけです」
 昨夜の食事量を思い出したのか、彼はそれで納得したようだった。

「・・・・夕食なんだが・・・」
 世奈はマティアスを見つめると、彼は少し躊躇した後に続けた。
「肉を生のまま貰ってきた。厨房で・・・セナが焼いてくれるだろうか・・・・?」

 昨日の夕食のときの会話を思い出す。
 彼は世奈の言葉を覚えていたのだ。
 ちゃんと、聞く耳を持っていてくれることに、じわじわと胸の奥が暖かくなる。

「はいっ」

 この時世奈はちゃんと笑えていただろうか。




 厨房に移動して、肉を見ると、大きな肉の塊が置かれていた。
 下処理は終わっていて、後は焼くだけの状態だ。
 カートの上には、本日の野菜(超少量)も乗せられている。

「お肉の味付けはいつも塩コショウですか?」
「ああ、そうだな」
 世奈とて、たいして料理が得意なわけではない。
 けれど、二日連続のコテコテの肉は正直つらい。魚やあっさりしたものが食べたい。けれど、世奈と違いマティアスは三食毎日肉でも苦痛じゃないのだろう。
 少しでもあっさりとした味つけを考えて、野菜を見つめる。

「マティアス様、この野菜はもう少しありますか?」
「野菜?野菜は私は苦手なんだが・・・」
「知っていますよ。でも、私が食べたいんです。それにソースに添えるので、マティアス様でも食べられますよ」
「なるほど・・・じゃぁもらってこよう」

 世奈はほかにも必要な調味料をいくつか注文すると、マティアスを送り出した。

 厨房に残された世奈は、エプロンを着けて、手を洗うと、カートから肉と野菜を取り出した。
 戸棚から、ボウルとフライパンを取り出す。
 コンロは、二重丸のようなラインが入っていて、まるでIHのようだ。
「やっぱり、獣人は火が苦手なのかしら。だからコンロはガスコンロのような火が出るタイプじゃなくて、IHのようなものなのかしら」

 まな板に、フライ返し、塩コショウも発見して、取り出したが、肝心の包丁が見つからない。

 世奈は困って腕を組んでため息を吐いた。

「困ったわね、どこにあるのかしら」
「何が?」
 独り言のつもりだったが、厨房の入り口に、マティアスが立っていた。

「おかえり、早かったですね」
 彼に駆け寄り、持ってきてもらった食材を受け取る。

 野菜に、ワイン、酢、オリーブオイル。

「包丁が無いんです」
 世奈の言葉に、マティアスはあぁ、と、小さく呟いた。

 戸棚の奥に鍵穴の見当たらない据え付けの箱がみえる。
 鍵穴はないのに、カチリと小さな音がして、扉が開くと、そこにはナイフが数本入っている。

「すまない・・・貴女一人の時に持たせるわけにはいかないので・・・」
 彼が、耳を伏せて、申し訳ないような顔をするので、世奈は努めて笑顔を返す。
「仕方がないですよ。で、今から料理をするんですが、使っても大丈夫ですか?」

 世奈がマティアスを見つめると、マティアスは世奈の顔とナイフを交互に数回見た後に、ゆっくりとナイフを差し出した。



 トマトは種をとって、賽の目切りに。
 キュウリやセロリも同じく小さく刻む。

「わ・・・私は野菜は苦手なんだが・・・特にセロリは匂いが・・・うわぁつ!!目が!!!」

 世奈の背中に張り付くように立ち、野菜を切るのを見ていたマティアスだったが、玉ねぎを切り出した途端、目に染みたのであろう、変な雄たけびを上げた。
「玉ねぎは目に沁みますから、切っている間は離れててください」

 野菜を手早く切って、塩コショウを振り、オリーブオイルと酢で和える。
 次は、肉だ。
 コンロにスイッチをいれて、フライパンに肉の脂肪を放り込み、熱するのを待ち、肉を投入する。
 ジュゥーと、肉の焼ける音と、匂いが部屋を充満する。

 昨日食べた肉はどちらかと言うとレアっぽかった。世奈にすればレア過ぎて、ちょっといただけない。やっぱりそこも、獣人は生焼けのほうが好きなのだろうか。せめて、ミディアムにしようと、世奈は火を通す。
 焼けた肉を皿に盛りつける。今回は初めから世奈の皿には少量の肉が乗せられている。付け合わせの野菜は別のフライパンを使いバターでじっくりと焼いた、ニンジンとインゲン豆だ。

 フライパンに残った肉汁でソースを作る。みじん切りにした玉ねぎを加え、赤ワインを入れて煮込み、肉に掛ける。
 和えた野菜も小皿に盛り付けた。



「どうぞ」
 テーブルには、あらかじめ準備されていたパンとスープが並び、出来立ての肉が乗った皿がマティアスの前に置かれた。
 世奈はマティアスに勧めると、彼は分厚い肉を、綺麗な所作で一口サイズに切り分けた。

 料理をしている間、肉を焼いているときも、世奈のそばから片ときも離れず興味深そうに、手元を覗き込むマティアスは、世奈が野菜を切ったり炒めたりするたびに、不満そうな顔をする。
「それはなんだ。野菜をソースにするのか」
 本当はニンニクを入れたかったのだけど、代用品として玉ねぎを煮込んだソースを、不安そうにのぞき込むマティアスに、世奈は思わず笑ってしまった。
 赤ワインの赤黒いソースをかけた肉を口に運ぶ。

「!!これは・・・すごいな、野菜の青臭い味がしない!!」
 恐る恐る口に運んだときは耳が倒れていたが、口に入れたとたん耳がぴんと立ち、目を輝かせるマティアスに、世奈はやっぱり笑った。
「野菜の味がしない事はないですよ。玉ねぎはゆっくり炒めれば、甘くなりますし、野菜本来の味だって甘くておいしいハズなんですけどね」

 世奈はトマトとセロリなど野菜をオリーブオイルで和えたモノと一緒に肉を口に運ぶ。
 酢が利いていてさっぱりとした風味が口に広がり、肉の脂っこさを緩和してくれる。

「それは美味しいのか?」
 見た目は生野菜そのままだからだろうか、マティアスは色とりどりの野菜たちを指さした。

「はい」
 フォークに肉と野菜のマリネを乗せて、マティアスの口元に差し出した。
 マティアスの顔が今までかつてないほどに真っ赤に染まる。
 そこで世奈も初めてこれが、『はい、あ~ん』の構図だと気が付くが、一度差し出したものを、やっぱりやめたなど言えない。
「ほら、早く食べてください。零れてしまいます」
 ずいっと口元に更に近づけると、彼は視線を彷徨わせた後、口を開けた。

 フォークの上から肉が消えて、マティアスは俯いたまま、動かなくなった。

 悶える程、口に合わなかったのかと、世奈は静観する。
 人の好みはそれぞれだ。肉が好きなのだから、こってりした味付けの方が彼の好みなのかもしれない。
 プルプルと肩を震わしている様子を、椅子に腰かけたまま、声を掛けもせずに世奈は見つめる。

「そんなに、お口に合いませんでしたか?」
 やっと顔をあげたマティアスに世奈は問いかける。
「いえ、動揺し過ぎて味が解りませんでした」
 きっぱりと、味が解らなかったと告げられて、世奈はやっぱり笑った。

 もう一度味見をさせてほしいと、言われて、世奈は自分の分だけ皿に乗せると、残りをマティアスに渡した。
 赤、緑、白の野菜が小さく刻まれ、オリーブオイルと酢でマリネされた野菜たちは、つやつやと輝いて見える。
 マティアスは自分の皿に切り分けた肉の上に豪快にマリネを乗せると、やっぱり綺麗な所作で口へ運ぶ。

「美味しい・・・本当にこれが野菜だなんて!」

 初めはおっかなびっくり口に運んでいた野菜たちは、あっという間に彼の口の中へ消えていく。
 付け合わせのソテーした野菜も、いつの間にかなくなっている。

「本当に、美味しかった・・・・」
 感慨深げに、フォークとナイフを下ろし、口元を拭うマティアスに、野菜まで綺麗に平らげた空っぽの皿を見た世奈は、嬉しくて頬が緩むのを止められなかった。

 家でも料理はしていたが、美味しいと褒めてもらったことなどない。
 一人暮らしでは、何時だって味気ない食事だった。
 自分の作ったものを美味しいと言って食べてもらえることが、嬉しくて、思わず涙がこみ上げてきそうになるのを、必死で止めた。




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