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見落とした違和感②
しおりを挟む何時もより早く屋敷に戻り、彼女の部屋に向かう。
薄暗い部屋は、いつもと同じで明かりが付いていない。
もはや彼女の部屋に明かりをつけるのは、マティアスの仕事になっていた。
静かな部屋に一歩足を踏み入れて、明かりを灯すと、ソファーに座っている彼女が立ち上がった。
昨日は裸のまま逃げるように、バスルームを出たのだ。恥ずかしいやら、情けないやら。そんな感情を認めたくなくて、押し殺して、なるべく、昨日の事を気取られないように、緩む口元を引き締める。
「ただいま」
愛想無いのはいつもの事だ。
彼女は一瞬驚き、眉を寄せたが、その後ニコリと微笑んだ。
昨日の失態に触れられずに、マティアスはホッとした。
世奈の顔色が悪いことが気になったが、彼女はいつも通り、笑顔で返事をすると、台所に向かう。気のせいか、口数も少ない。
心配で、彼女の背中に張り付く。
相変わらず、彼女からはいい香りがして、玉ねぎ攻撃にもめげずに、背中を陣取った。
彼女の作る料理は美味しい。
初めて出される料理に、涎も出そうだが、目が輝く。
昨日のトマトを使った料理もさっぱりして、とても美味しかった。
今日の料理も、米によく合う。あれと一緒なら、この米というのが何杯でもいけそうだ。その米も穀物だと、知り、入手できるかとあれこれ算段する。
穀物類は害蟲の被害にあいやすく、量産されていないので、あまり流通していない。
けれど、世奈がアウロから持ってきたのなら、アウロから輸入と言う手もある。
「穀物はあまり出回っていないからな・・・。心当たりを当ってみよう」
マティアスの言葉に世奈は嬉しそうに笑った。
それよりも、彼女の前に並んだ皿の料理が減っていない事が気になる。
明らかに顔色が悪いのに、無理に笑っている感じがして、落ち着かない。
もしかして、体調が悪いのか?触れて確認したいが、やはり、戸惑う。気にかかるが、気の利いたことも言えない。
何度も何度も、彼女の顔と、一向に減らない皿を見つめた。
何と言って、声を掛ければいいのか、解らずに、思案していると、彼女が立ち上がり、声を掛けてきた。
「―――ごめんなさい、今日は調子が悪くて・・・・部屋に戻って寝ます」
うじうじと悩んでいる間に、彼女は部屋を出て行ってしまい、残されたマティアスは、彼女を追うべきか、どうすればいいのか、解らずに、部屋に取り残された。
調子が悪いとは、どんな感じなんだ?どの程度の不調なのだ?
獣人は体力が命だ。ちょっとしたことで、寝込むことなんてほとんどない。
寧ろ年中元気だ。
一日ゆっくり休んだら、元気になるだろう。
何時もなら、世奈と一緒に台所も片付けるのだが、後で本館に運んで片付けてもらおうと思い、乱雑にカートに皿や残った料理を乗せた。
ここ数日、彼女と一緒に入っていた風呂に、一人で入るのは久しぶりだった。
バスタブに湯を張るのは、世奈だけで、マティアスはいつだってシャワーのみだ。
浮かんでくる煩悩を散らすために、冷たいシャワーを浴びて、身体と頭を洗う。
ふと、手が自分の耳に触れる。
彼女は、自分の耳に触れるときどんな顔をしていただろうか。
嬉しそうに、顔をほころばせて、わしゃわしゃと撫でたり摩ったりしていた。不思議と嫌な気持ちにはならず、寧ろもっと触ってほしいとすら思っていたことに、気が付き、唖然とする。
世奈の手を、指先を思い出すと、居てもたってもいられなくなり、慌ててシャワーを終えると、身体を拭き服を着こんだ。
用事もないのに彼女の部屋に行くのはためらわれ、具合が悪そうだった彼女を思い出し、水の入ったポットと、切った果物を持ち、彼女の部屋に急いだ。
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